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第19話 左足が地面に転がる

 クッソ、やられた!

 シーコは自分の左足が地面に転がるのを見た。


 ここは新宿ダンジョンの地下五階。

 要救助者を目の前にして、とんでもないことになっちまった。

 クソッ!

 切断されたのは膝上だ。

 目の前が一瞬火花で覆われるほどの痛み。

 痛みというより、熱さと言ったほうが近いのかもしれなかった。

 血が吹き出す。

 一気に血液を失って頭がクラッとした。


「ラブリーウイップ!」


 スキルを発動する。

 手に持ったムチが伸びて、切断された部位のすぐ上に巻き付いた。

 そして強く締め付けて止血する。

 その後、ムチの根元がプチっと切り放された。

 ムチはすぐに復活して持ち手から伸びていく。

 一本だけでなく、何本ものムチが生成されていった。

 これがシーコのスキルなのである。

 

 敵が迫ってきた。

 ミニユニコーンのユニーがシーコの前に立ちはだかって敵からシーコを守ろうとしている。

 敵――〈〈そいつ〉〉は口から無数の糸を吐き出している。

 その糸がシーコやユニーを狙い、うなりを上げてこちらに飛んでくる。

 それをシーコはムチで叩き落としていく。


「シャシャシャシャ……」


 不気味な声を出す黒髪前髪パッツンのセーラー服を着た女子高校生。

 こいつこそが、今シーコの足を切り落とした敵であり――要救助者だった。


 シーコはムチを振るう。

 それは音速を軽く超えるスピードで地面を叩く。

 敵の足が止まった。


「殺すだけなら容易いが――」


 だが、殺すわけにはいかない。

 こいつの母親に頼まれているのだ。

 まさか助けに行った自分が返り討ちに遭って要救助者の命を奪うなんてこと、あってよいわけがない。

 ウチは助けにきたっちゃ。殺すわけにいかんけん。

 絶対に、命を救う。

 それがスーパーボランティアとしてのシーコが持つ矜持だった。


 井上アカリ。

 それが彼女の名前だ。

 

 なんでも親の離婚と破産、それに自分の失恋で希望を失い、自殺を企図してダンジョンに潜った女子高校生らしい。

 自殺配信と称してダンジョンの中で配信を行い、そして操作型のモンスターに襲われた。


 死にたいやつが死ぬのはかまわないが、15歳は早すぎる。

 もう数十年はあがいてからいいじゃないか、とシーコは思う。

 人間は希望がなければ生きられない。

 だが生きていなければ希望も生まれないのだ。


 絶対に助けて説教してやる。

 そう思っていたのに。


 いま、アカリの意識はおそらくないだろう。

 自身の身体を糸で操られているのだ。

 アカリの向こう側の通路には無数の糸が張られている。

 さらに奥を見れば、そこに敵の本体がいた。

 クモだった。

 

 巨大なクモが天井にはりつき、糸を通路中に張り巡らしている。

 アカリは身体を支配されているようだった。

 どんな仕組みかわからないが、おそらく糸をアカリに接続しているのかもしれない。

 全身の神経を支配して、アカリを自在に動かしているのだろうか?


 あの本体を叩ければいいのだが、あいにくシーコのムチの射程ではそこまで届きそうになかった。


 シーコは転がった自分の足を引き寄せた。

 綺麗に切断されていて、いますぐ手術でもすればくっつくかもしれない。

 もちろん、そんなことができる状況ではないが。


 シーコは地面においてあるタブレットをチラッと見る。

 そこにはアカリの配信が映し出されていた。

 ツノを向けているユニー、その奥に足を切り落とされた自分の姿。

 

 アカリが首にかけているスマホから配信されているのである。


〈おいおいまさかこんなことになるなんて〉

〈俺は女子高生が死ぬとこを見に来たんだぞ邪魔しやがって。はよ死ね〉

〈くそ、パンツ脱いで死ぬとこ待ってたのに。まずはお前で一発抜くから早く死ね〉

〈まさかあのシーコの邪魔が入るとは思ってなかった〉

〈でもシーコも死にそうだな〉

〈シーコで一発、女子高生で一発。猟奇的オナニーが捗りそう〉


 世の中はクソばかりだ。

 世界的な大不況、ダンジョンを利用した自殺、他殺。

 そんなニュースばかりが溢れている。

 

 日本だけでも、ダンジョン内で年間何百人が死んでいることか。

 警察は動かず、民間団体に救助を要請すれば何千万円もの請求。

 そんな世の中に抗おうと、シーコはボランティアで人助けを続けていたのだ。


「おい、気をしっかりもて! 井上アカリ! 目を覚ませぇ!」


 シーコはあらん限りの声を出して叫ぶ。

 その声はアカリに届いてないようだった。


 縛ったおかげで足の切断面からの出血はかなり少なくなった。

 しかし、完全に止まったわけではない。

 じわじわと傷口から血液が流れ出て、床に血溜まりをつくっていく。

 出血多量で意識を失うのも時間の問題だろう。


 クソ、ジリ貧だ。

 アカリを殺さずにこの状況を切り抜ける方法が思い浮かばない。

 ダメか?

 ダメなのか?

 ここでウチの人生はついに終わるのか?


 生きるために必要な希望。

 それをシーコは失いつつあった。


 タブレットに表示された一つのコメントを見るまでは。


〈奏天寺澄見歌です。今、ホウキの人と一緒に新宿ダンジョンにいるの。今からそこに行きます〉





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