第18話 紅亜の手をモミモミしながら
数日後。
新宿ダンジョンの地下一階。
南東エリアの一番端っこ。
そこに、紅亜はいた。
もちろん、澄見歌も一緒である。
そこは和室で例えれば十畳ほどの広さの部屋。
「はあ……はあ……」
紅亜は息遣いも粗くその時を待ち構えていた。
目の前に立つ澄見歌がにっこりと笑いかけてくる。
今日の澄見歌は、透け感のあるフリルたっぷりのブラウスに、ハイウエストの華やかなヒラヒラがついている赤いキュロット、足元はガッチリとしたブーツで固めている。
ステージ衣装ほどキラキラ感はないけれど、どこか特別感のある衣装だ。
それでいて探索も十分に行えるほど動きやすい格好。
サイドテールを留めるのは白と黒の大きなリボンだ。
「かわいい……」
キュロットの下には黒い強化タイツを穿いていて、片足にガーターリングをつけている。
それがまたかわいいだけじゃなくて色気まで演出していて、
「はあーーーー! ふうーーーー!」
紅亜の鼻息はさらに激しくなるのだった。
いままでスマホの小さな画面で観ていた推し。
それが、いままさにリアルで目前数メートルのところにいて、しかも自分に笑いかけてくれているのである。
紅亜はもう澄見歌に夢中だった。
澄見歌はマイクを持つと、パチリと紅亜にウインクしたあと、宙に浮かんでいるドローンに話しかける。
「はい、こっちはOKだよ。湯歌はどう?」
イモスミ◆〈うん、こっちも準備できてるよ〉
イモスミ、つまり湯歌はダンジョンの出入り口近くにある喫茶店で、ノートPCを使ってモデレートしている。
なぜ湯歌はダンジョン内に立ち入らないのか、澄見歌に言わせると、
「湯歌って戦闘能力皆無なんだよね……スライムにも負けるくらい。なんならモンスターじゃない昆虫にも負けそう。人には真似できないようなスキル使えるんだけど、あそこまで戦えないと危なくてダンジョン探索はさせられないよ」
ということらしかった。
澄見歌を撮影しているドローンは3台。澄見歌はその位置をしっかり確認すると、
「じゃあ、配信始めるよ! 5、4、3、2、1……。はいみんなこんスミー! 澄見歌だよー! 告知した通り、今日はダンジョンミニライブ!」
配信が始まった。
現在の同時接続者数は35000人。
いや、1秒ごとにどんどん増えている。
あの救助劇で話題になり、登録者も同時接続者も以前より伸びているのだ。
「ふふふ、あ、今4万人になった! こんなにいっぱいの人に聞いてもらえるなんて嬉しい! じゃあ、今日はどんどん歌っていくからね! みんな、こないだはいっぱい心配かけてごめん。私はこんなに元気だよ! それも、シーコさんと……あの人のおかげです! だから、今日は4万人と、……一人のために歌います!」
そう。
これが、『何でも』の正体だった。
ライブを、生で見たい。
そんな紅亜の望みを、澄見歌は二つ返事で了承してくれたのだ。
すぐ目の前にいる澄見歌はとてもキラキラしていた。
いや、キラキラどころではない。
紅亜の目には真夏の太陽と同じくらいに眩しく熱く輝いているように見えた。
「さっそく一曲目行くよ! 最初はこれ! 『赤ずきんちゃんと時計の宝石』!」
やった、最高のカバー曲キタコレ!
紅亜は持ってきてた赤いペンライトを両手で振り回す。
声なんて出せない。
自分みたいな女の声で澄見歌の聖なる歌声を邪魔しちゃ悪いと思うからだ。
でもその代わり、ペンライトをブンブン振って応援する。
「キミの大きな口に食べられたい、食べられたい、食べられたい♪」
澄見歌は歌う。
じっと紅亜の目を見つめながら。
紅亜はもう有頂天になっている。
ほっぺたがジンジンと熱い。
私のために!
私のために澄見歌ちゃんが!
歌っている!
そう思うと、涙まで滲んできた。
さあ次はサビだ、サビ!
一番盛り上がるところ!
『私はオオカミさんに食べられたい♪』
ってとこ!
澄見歌はそのサビを声高らかに歌い上げる。
「私は紅亜ちゃんに食べられたい♪」
「ヒィィィーーーッ」
紅亜は危うく失神するところだった。
いやなんなら半分気絶した。
涙と鼻水とよだれがダラダラ出てきて、夢中になってペンライトを振り回す。
ああ、生きていて良かったぁ!!
ずっと引きこもっていてニートで劣等感にさいなまれて何度も死のうと思ったけど。
生きててマジでよかったぁぁぁ!
★
澄見歌は、恍惚の表情でペンライトを振り回している紅亜を見て、喜んでくれている、と思った。
とても嬉しい。
私の歌で、紅亜ちゃんが喜んでくれている!
私はアイドルをやって輝きたいんじゃない。
私を見る人の心を輝かせたいんだ!
それが達成されていることに、とても深い満足感を覚えた。
もっと、もっと!
もっと紅亜ちゃんを喜ばすんだ!
私はみんなの――いや、紅亜ちゃんの太陽になるんだ!
★
「はあーはあー」
紅亜はぐったりと床に座り込んでいた。
あっという間の30分だった。
人生で最高の30分と言ってもいい。
もう、脳みそのドーパミンとエンドルフィンが充満しまくって、これ以上ないほどの多幸感。
「みんな、アンコールありがとー! また会いましょうーー!」
澄見歌がドローンに――いや、紅亜に向かって手を振る。
「えへへへへー」
よだれを垂らしながら紅亜は手を振り返す。
配信が終わった。
それと同時に、澄見歌がタタッと紅亜のもとに駆け寄る。
突然推しが接近してきて、
「ふひぃ!?」
紅亜の口からは変な声が出た。
そのまま澄見歌は紅亜に抱きついてきた。
バラの香りだ、と紅亜は思った。
「紅亜ちゃん、どうだった?」
「さ、さ、さいこーだった……」
「よかった! これで少しは恩返しできたかな?」
「も、も、もちろん」
澄見歌はいったん身体を離すと、嬉しそうな笑顔で紅亜の手をモミモミしながら、紅亜の目を見つめ、
「私も紅亜ちゃんのためって思ったらいつもよりうまく歌えた気がするよ! えへへー。この手に私は救われたんだね……」
そして紅亜の手の甲に頬ずりする澄見歌。
「ひへ、ひへ、おほ、おほー」
もはや紅亜は自分が奇声を上げていることにも気づかない。
柔らかな澄見歌の頬を感じつつ、紅亜はもう感情が爆発しすぎて魂が抜けそうだった。
澄見歌は続けて言う。
「紅亜さんとシーコさんがあのとき来てくれて……本当に嬉しかった、本当に!」
イモスミ◆〈そのシーコさんだけど、シーコさんも新宿ダンジョンに今潜っているよ〉
「そうなの?」
イモスミ◆〈うん。他の配信者を今日も助けに行ってるみたい。その人の配信で見られるよ〉
「ちょっと見てみよう!」
澄見歌はタブレットを取り出すと、紅亜に肩をぴったりと寄り添わせるようにしてチョコンと座った。
肩越しに澄見歌の体温を感じて、もう紅亜の意識は多幸感どころか天国に行っている。
そして、澄見歌が配信画面を表示させる。
そこに映し出されたのは、シーコが膝の上から足を切断される、その瞬間だった。




