第17話 推しの顔が私のおっぱいの間に埋まってる!
「ふひひ~」
今日も紅亜はスマホで澄見歌の歌声を堪能していた。
とは言っても、今日は澄見歌の配信はお休みらしかったので、アーカイブの動画を見ているのだ。
あの日、ダンジョンの出入り口から出ると、警官が数人待ち構えていた。
それだけではなく、マスコミまでもがカメラを持って集まっていた。
澄見歌やシーコは慣れた様子でインタビューに答えていたが、陰キャでコミュ障の紅亜がカメラの前でインタビューなんて無理に決まっていた。
隙を見て全力ダッシュをかまして逃げてきたのだった。
「あ、待って、せめて連絡先を!」
「おい、待て待て、なに逃げちょるん!」
「おーいあんた、事情聴取を……」
澄見歌やシーコや警官の制止を振り切り、新宿の雑踏にまぎれてなんとか逃げおおせた。
基本、ダンジョンの中での出来事に捜査権限は及ばないので、今回の件に関しては任意聴取しかできない。だから、警官が深追いしてこなかったのが幸いだった。
そんなわけでその翌日、つまり今日、紅亜はいつも通り澄見歌の歌声を酒とともに楽しんでいたのだった。
「えへへー小梅ちゃん、このお酒おいしいね!」
「せやろ。これは新潟の〆貼鶴や」
「濃厚な味わい、すっきりとした後味! すっごいおいしい! いくらでも飲めるよ!」
「高いんやからゆっくり味わって飲めや」
その時だった。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
ここはダンジョンだけど、小梅が日常品をアマジョンで買ったりするのでインターホンがついているのだ。
小梅がニヤリと笑って言った。
「お? 宅配やろ。紅亜、ちょっと出て荷物受け取ってくれや」
「ん? でも最近はめんどくさいからって全部置き配にしているのに」
「今日のはクール便やからな。食材はいつも対面やろ? ほらほら出てくれ」
「はーい」
玄関の古びたドアを開け、ごつごつした岩でできたいかにもなダンジョンの区画を通って階段をあがる。
そして多摩川の河川敷に出ると、そこに立っていたのは宅配便のお兄さんではなく――。
二人の、女性だった。
なにかの宗教の勧誘かな、と思ってよく見てみる。
こないだはおばさん二人で来た。
小梅が追い返してたけど。
でもそこにいたのは若い女性。
しかも、なかなかおしゃれな恰好をしている。
自分で着飾るのは恥ずかしいのでパーカーで通しているけど、人のファッションを見るのは好きなので、ついつい観察してしまう。
一人は167センチの紅亜より少しだけ身長が低い。
シースルー袖の白いハイネックトップス、格子のデザインタイツにフロントボタンの赤いAラインミニスカート。それにアンクルストラップの赤いパンプス。
もう一人は青いケーブル編みのオーバーサイズニットに黒いスキニーパンツを合わせてスニーカーを履いている。
「んん? 配達員さん……じゃないよね……?」
そしてハイネックトップスの女性の顔を見た瞬間だった。
紅亜の全身に震えが走った。
明るい色のサイドポニー、きらめいている瞳、見た者の感情をとろけさせる笑顔。
「澄見歌ちゃん!?」
「ほんとにいたーー!!」
喜びの声を上げる澄見歌。
「え、え、え!?」
嘘でしょ、なんで澄見歌ちゃんが!?
さらに澄見歌の隣にいるオーバーサイズニットの女性を見る。
髪を銀色にそめたボブカット、顔のサイズに比べて大きな丸眼鏡をかけているのが特徴的。
でも目がとても大きくて眼鏡に負けていない。
身長162センチくらいの澄見歌より少し背が低く、幼い顔立ちをしている。
「あ、こんにちは。私、奏天寺澄見歌の妹で、奏天寺湯歌っていいます。あの、イモスミです」
ぺこりと頭を下げる湯歌。
「こんなところに住んでいるんだねっ! すごーい!」
澄見歌がニコニコと言う。
「な……なんでここに!? どうしてここが!?」
すると澄見歌が紅亜の手をとった。
「ヒェッ!?」
いきなり推しの女の子に手を握られて、紅亜はビクッとしてしまう。
澄見歌は深い輝きを放つ瞳でじっと紅亜の顔を見てくる。
「………………」
そのまましばらく澄見歌に見つめられてしまって、紅亜はオドオドとしてしまう。
「あの、え? なに?」
「ふふふ。紅亜さんって言うんでしょ? お礼を言いに来たに決まってんじゃん! 命を救われたんだもん」
「でもどうしてここが……」
「Ⅹッターのアカウントにダイレクトメッセージ来てたんだよ。ほら、これ」
澄見歌がスマホを取り出して紅亜に見せてくる。
紅亜がその画面を見ると……。
そこには酒に酔っぱらって寝ている、よだれを垂らした紅亜の写真。
『日野市日野本町、日野駅徒歩15分にある市民の森スポーツ公園の北側、多摩川堤防のすぐ近くにあるダンジョンやで! 遊びに来てや! うちの紅亜は友達がいなくて心配してるんや! 友達になってくれや!』
などというメッセージが添えられている。
紅亜は振り返って階段を見る。
その下では小梅がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「こ、小梅ちゃ~~~~ん!」
「なんや、お前ずっとひきこもりであたしは心配してたんや。とにかく友達つくって外に出てほしいんや。そして男を作って子供百人くらい産んであたしの子孫繁栄頼むで!」
「も~~~! ごめんね、うちのご先祖様が……」
と、澄見歌に向き直ったその時、紅亜を見つめていた澄見歌の瞳が潤んだ。
「紅亜さん……。ほんとに、ほんとにありがとう……。あの時、絶対死んだって思ったんだよ! でも、紅亜さんのおかげで……こうして、こうして……!」
そして、澄見歌は肩を震わせた。
「う、ぐす、ううう! ありがとう! ありがとう! ありがとう!」
ガバッと紅亜に抱き着いてくる澄見歌。
「うひゃ!?」
まさか推しの身体を抱き返すわけにもいかない。
紅亜は両手をバンザイにして全身を硬直させた。
身長は紅亜の方が少し高い。
澄見歌は紅亜のそこまで大きくはないけど小さくもない胸の中に顔をうずめてきた。
「うううう~~~~ありがと~~~~~! 私、何でもお礼をするよ~~~」
推しの顔が私のおっぱいの間に埋まってる!
こ、これは夢? それとも幻覚?
紅亜は感動のあまり、聞き逃すところだった。
「え、何でも?」
何でもだなんて言われたら、お願いすることは一つしかないじゃないか!




