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第13話 唾液と粘膜が奏でる音だけが響いた

 奏天寺澄見歌(すみか)、20歳。

 意識はあった。 

 褐色の女が自分の身体をなでさすっていたときも、食人植物に全身を包まれたときも。

 でも、それはふわふわとした夢の中にいるような、あいまいな意識でしかなかった。

 ただ、自分がもう死ぬんだな、ということだけは分かった。

 植物のモンスターにすべてをじわじわと吸い取られていくのを感じる。

 心臓が痛い。

 手足の感覚はなくなった。

 貧血になったときみたいに、すうっと脳みそが冷えて、ああ、今私はこの植物の一部になっていっているんだな、と思った。

 もう私の心も身体も私のものじゃなくなってしまうんだ。


 ダンジョン配信者を始めたときから覚悟してた。

 いつかは死ぬと思っていた。

 でもこんな暗い世の中で、花火みたいに輝いて生きようって、そう思っていたんだ。

 でも、本当の本当のところを言うと、すぐに消えていく花火じゃなくて、ずっと輝き続ける太陽になりたかったなあ。

 やっぱり、無理だったんだなあ。

 ざーんねん。

 

 いつか来ると思っていた死。

 それがついにやってきただけ。

 だから、それから起こった出来事も、自分自身の願望が生んだ夢なんだと思った。


 澄見歌(すみか)を襲ってきた褐色の女を、とんでもない美人が安っぽいプラスチックのホウキでぶん殴って吹っ飛ばした。

 ふふふ。

 夢の中くらい、いいよね。

 そんなおもしろいこと、現実にはあるわけないのに。


 ルセッシュが撒き散らされ、バラの匂いに包まれる。

 なんだこれ、ルセッシュって。

 夢ってほんと、意味わからないよね。

 ああ、この人、すっごく好み。

 気だるげで、でも瞳には輝きがあって。

 最後にこんないい夢を見られて良かった。

 湯歌(ゆか)ちゃん、バカなお姉ちゃんでごめんなさい。

 じゃあ、みんな、バイバイ。

 あれ!?

 え!?


 美人さんが私にキスしてくる……。

 やったあ!


 最期にいい夢を見られたよ……!


 そして、なにかトロリとした液体が、澄見歌(すみか)の中へと流れ込んできた。



     ★



「う……うう……」


 紅亜(くれあ)澄見歌(すみか)がうめくのを聞いた。

 だらりとしていた手足がピクピクと動いた。


「いける!」


 紅亜(くれあ)はもう一口妖命酒を口に含み、再び澄見歌(すみか)に口づけする。

 コク、コク、と力なく妖命酒を飲み込む澄見歌(すみか)の喉の音が聞こえた。

 そして、澄見歌(すみか)の腕はふらりと動いて――。

 紅亜(くれあ)に抱き着いてきた。


「え? え? 待って、澄見歌(すみか)ちゃん、もっとこれを飲まないと!」

「えへへへへ……」

澄見歌(すみか)ちゃん! しゃべれるようになったの!?」

「うひひひひ。美人さんだあ……」


 そう呟いて澄見歌(すみか)はぎゅうっと紅亜(くれあ)に抱き着いてきた。


イモスミ◆〈お姉ちゃん! よかった! よかった! よかった!!!!〉


 澄見歌(すみか)はイモスミのコメント読み上げには反応せず、紅亜(くれあ)の首の辺りに自分の鼻を押し付けると、


「えへへへーバラのいい香りがするぅ。っていうかこれ、ルセッシュの香りだぁ」

澄見歌(すみか)ちゃん、良かった! でももう少しこれ飲んで! 飲むと治るから!」

「え~~~? また飲ませてよお。ほら、ほらぁ」


 目を閉じ唇を突き出す澄見歌(すみか)

 紅亜(くれあ)にしてみればどうこう言っていられない。

 妖命酒を口に含み、再び唇を重ね合わせる。


 紅亜(くれあ)の身体はしびれてきていた。

 だって、あの澄見歌(すみか)ちゃんと私、口移しでお酒を飲ませてる!

 私のファーストキスだよこれ!


 澄見歌(すみか)の温かさがダイレクトに伝わってくる。

 カサカサだった唇はいまやプルプルに回復していて、チュ、チュ、と音を立てて紅亜(くれあ)の唇を吸っていた。


 これじゃあ、ほんとのキスじゃないの!


 でも紅亜(くれあ)ももう止まらない。

 澄見歌(すみか)の上半身を抱き起こし、ぴったりと身体と身体を重ね合わせて、チュパチュパと唇をむさぼる。


 あれえ? 私、いつから夢を見てるんだろう?


 紅亜(くれあ)はそう思った。

 お互いに夢の中にいるつもりで、二人はただ唇を重ね、しまいには舌まで絡め始めた。

 静まり返ったダンジョンに、二人の唾液と粘膜が奏でる音だけが響いた。


「……ぷはあ……」


 やっと口を離す。

 紅亜(くれあ)の唇と澄見歌(すみか)の唇を、一本の糸のようなものがつないでいる。

 澄見歌(すみか)のトロンとした瞳が紅亜(くれあ)を見つめている。


「もっとぉ……」


 澄見歌(すみか)紅亜(くれあ)のほっぺたにそっと手をあて、撫でながらそう言った。


「う、うん……」


 妖命酒はまだ半分残っている。それをまた口に含み、澄見歌(すみか)の大きな瞳に視線を奪われながら、紅亜(くれあ)はゆっくりと顔を近づけた。


イモスミ◆〈え、ちょっとなんかちがくないですか?? え、やりすぎでは?〉


 その時だった。

 遠くから、カッ、カッ、カッ、という音が聞こえてきて、それがだんだんと近づいてくる。

 いやもうそんなのはどうでもいい、もっと澄見歌(すみか)ちゃんとキスがしたい。

 ああ、澄見歌(すみか)ちゃん、いい匂い。とてもおいしい澄見歌(すみか)ちゃんの唇――。


 カッ、カッ、カッ、カッ。

 カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。


 それは蹄鉄が床を叩く音だった。

 ダンジョンの通路、その闇の向こう側から、白い馬が走ってきたのだ。


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