第12話 甘くておいしい口移し
目の前に澄見歌ちゃんがいる!
「澄見歌ちゃん! 澄見歌ちゃん! 大丈夫? わかる?」
だが澄見歌は返事をしない。
植物のモンスター、ヴォブローノに寄生され、その生命力を吸い取られたのである。
まだ死んではいない。
ミエスタの言によれば、意識もあるはずだ。
傍らにいるヴォブローノが、二枚貝のような器官をパクパクさせて、
「ギチ……ギチチ……」
とおかしな音を立てた。
そして二枚貝が澄見歌の方へと伸びていく。
――こいつのせいで!
紅亜はカッとなってヴォブローノの二枚貝をホウキでぶったたく。
ブジュッ! と液体を撒き散らして二枚貝は床に叩きつけられた。
「この! この! この! 枯れちゃえ!」
そのヴォブローノに紅亜はルセッシュのハンドルを握ってかけまくる。
毒々しい緑色をしていたヴォブローノの茎はあっというまに茶色く変色し、枯れ落ちていく。
それを見届けると、紅亜はすぐに澄見歌のそばへ。
かすかに呼吸はしているが、その顔色は真っ青だ。
チェックのブラウスは腹部のあたりでやぶけており、大量の固まった血液でどす黒くなっている。
傷口は修復されているが、ケロイドのように引きつっていて痛々しい。
「澄見歌ちゃん! 澄見歌ちゃん!」
紅亜は治癒魔法など使えない。
そもそもダンジョンに入ったのだって小梅の部屋を除けば今日が初めてだ。
でも、とっておきのアイテムがある。
紅亜は穿いているワイドカーゴパンツのサイドポケットに手を入れる。
そこにあるのは栄養ドリンクくらいの大きさのビン。
というか、キャップにはふつうに『ルポビタンP』と書いてあった。
ラベルには『妖命酒』と手書きの文字。
キャップをひねって開けようとするが、気持ちが急いていてうまく手が動かない。
あやうく取り落としそうになった。
落ち着け、落ち着け。
深呼吸しながら金属製のキャップを回す。
フタが外れると、とんでもなく独特な臭いが漂った。
小梅の言葉を信じるのなら、これを飲ませれば澄見歌は助かるはずだった。
紅亜は澄見歌の上半身を抱き起こす。
温かい。
明るい髪色をしたサイドテールの毛先が腕をくすぐる。
なんだろう、すっきりとしたとてもいい匂いがする。
でも、それと同時に生臭い血の匂いが混じっていた。
こんなにかわいい女の子を!
死なせてたまるか!
「澄見歌ちゃん! これ! これ飲んで!」
妖命酒のビンを澄見歌の唇に当てる。
だけど、身体を動かせない澄見歌が飲めるわけもなかった。
妖命酒がだらりと澄見歌の唇からあごへと垂れ落ちる。
その液体は毒々しい青紫色をしていて、ミエスタに塗りたくられた澄見歌自身の血と混じり合いながら、あごから首へと流れ落ちていく。
なんなの、いったいなんなの!
小梅ちゃん、飲ませれば治るとかいってたけど、そもそも飲ませらんないじゃん!
バカご先祖様!
イモスミ◆〈それ飲ませれば助かるんですか?〉
タブレットからコメントが聞こえてくる。
ほかのコメントは聞こえない。
おそらく、モデレーターでもあるイモスミが自分以外のコメントの読み上げを切っているのだろう。
数万人の同時接続者がいる中で、自分のコメントが他のコメントに埋もれないようにそうしたのだ。
「だと思う! ご先祖様がそう言ってた!」
イモスミ◆〈それなら早くお願いします!〉
「でも飲んでくれないんだもん!」
半分涙声で紅亜が言うと、
イモスミ◆〈口移しでもいけませんか?〉
口移し!?
この汚らしい無職ニート酒飲み女の私が、神々しく清らかで美しい澄見歌ちゃんに口移し!?
「そんなことしたら……」
イモスミ◆〈お願いだから! お姉ちゃんを助けてあげて!〉
家族としては当然の願いだろう。
とにかく、命を救わなければ。
紅亜は一度澄見歌の身体を床に戻す。
そして、意を決して妖命酒を口に含んだ。
あれ。
どちゃくそまずいだなんて小梅ちゃんは言っていたけど、甘くて案外おいしい……いや、今はそれどころじゃない!
澄見歌の唇に視線をやる。
文字通り、血塗られた唇だった。
でもよく見ればカサカサになっていて生気がない。
澄見歌ちゃん、ごめん! と心の中で謝りながら、紅亜は澄見歌の唇に自分の唇を重ね合わせた。
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