↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/12

第5話「見ないほうが、よく見えます」


【公演記録 No.005】


演目:背中で見る奇術

会場:ぱんでむ・劇場区画 第七舞台

観客:3名

使用トリック:RealityTrick / VanishingAct

被害:なし

観客満足度:94%


本人の認識:手品


本物だったか:


__________


備考:


出演者は、公演中の大半で舞台を見ていなかった。


追記:


それでも演目は進行した。


追加追記:


誰が進行させていたのかについて、出演者は回答している。


その回答が正しいかについては、確認できていない。



---


「本日は」


冥理ちゃんが。


客席に背を向けたまま。


両腕を広げた。


「一切、見ません!」


真意ちゃんが。


客席で顔をしかめた。


「帰るわ」


「まだ始まってませんよ!?」


「だから帰るの」


「待ってください!」


冥理ちゃんは振り返らない。


そのまま。


慌てて両手を振った。


「今日こそ真意ちゃんに必要な公演なんです!」


「私に?」


「ええ!」


「どうして?」


「昨日」


冥理ちゃんが。


少しだけ。


声の調子を変えた。


「鏡の中で、変なことが起きたでしょう?」


真意ちゃんが黙る。


客席。


今日は三人。


真意ちゃん。


夢幻ちゃん。


そして。


なぜか最前列に座っている冥理ちゃん。


「……」


真意ちゃんが。


舞台を見る。


背中を向けて立っている冥理ちゃん。


最前列を見る。


座っている冥理ちゃん。


もう一度。


舞台。


もう一度。


客席。


「ちょっと待って」


舞台上の冥理ちゃんが言う。


「はい?」


「何で既に二人いるのよ」


「手品です」


舞台上。


「手品だねえ」


客席。


真意ちゃんが。


眉間を押さえた。


「第四話の後で、それをやるな」


夢幻ちゃんは。


眠そうに拍手した。


「増えてるねえ」


「夢幻ちゃんは少し危機感を持って」


「二人なら半分ずつ寝られるかな」


「何を?」


「冥理ちゃん」


「寝ませんよ!?」


二人の冥理ちゃんが。


同時に答えた。


真意ちゃんは。


さらに嫌そうな顔をした。


「……それで?」


「はい!」


舞台上の冥理ちゃんは。


やはり客席を見ない。


「昨日、私は考えました」


「珍しいわね」


「いつも考えています!」


「そう」


「昨日の鏡は」


冥理ちゃんが言う。


「私が見ていないところで、勝手に何かをしていました」


真意ちゃんの目が。


少しだけ鋭くなる。


「そうね」


「つまり!」


冥理ちゃんが。


ステッキを天井へ向けた。


「見なければいいのでは?」


「……」


「完璧でしょう?」


「最悪の発想ね」


「なぜ!?」


真意ちゃんが。


虫眼鏡を構える。


「あなたは昨日、自分が理解できない現象を見た」


「はい」


「普通なら調べる」


「はい」


「あなたは?」


「見ない!」


「悪化してるじゃない」


「ですが」


冥理ちゃんが。


楽しそうに笑う。


「奇術師が見ていない奇術」


少し間。


「面白そうでは?」


真意ちゃんは。


黙った。


夢幻ちゃんが。


小さく手を挙げる。


「面白い」


「ですよね!」


「夢幻ちゃん」


「んー?」


「援護しないで」



---


第一幕「見ない」


舞台中央。


テーブル。


その上に。


赤い箱が一つ。


冥理ちゃんは。


箱に背を向けている。


「それでは!」


ステッキを。


肩越しに構える。


「今から、この箱を消します!」


真意ちゃんが言う。


「あなた、本当に見ないの?」


「見ません!」


「鏡は?」


「撤去しました!」


「反射するものは?」


「ございません!」


「客席にいるあなたは?」


真意ちゃんが。


もう一人の冥理ちゃんを見る。


客席の冥理ちゃんが。


笑顔で答える。


「見ています!」


「駄目じゃない」


「こちらは観客役です」


「あなたでしょう」


「冥理ではあります」


「でしょう?」


「ですが」


客席の冥理ちゃんは。


胸に手を当てる。


「今日の出演者ではありません」


「……」


真意ちゃんが虫眼鏡を見る。


客席。


【冥理】


【観客】


【奇術師】


【外商クルー】


舞台。


【冥理】


【出演者】


【奇術師】


【外商クルー】


タグは。


ほぼ同じ。


ただ。


役割だけが違う。


「分身?」


「企業秘密です」


二人同時。


「分身なのね」


「企業秘密です」


「否定しないのね」


「企業秘密です」


「便利ね、その言葉」


舞台上の冥理ちゃんが。


指を鳴らす。


「では!」


赤い箱。


まだある。


「三」


箱。


ある。


「二」


ある。


「一!」


冥理ちゃんが。


ステッキを振る。


「ジャジャーン!」


箱は。


消えなかった。


「……」


沈黙。


冥理ちゃんは。


背中を向けたまま。


得意げに両腕を広げている。


「いかがです?」


真意ちゃんが答える。


「あるわよ」


「え?」


「箱」


「……」


冥理ちゃん。


少し止まる。


「あります?」


「ある」


「夢幻ちゃん?」


「あるねえ」


「私?」


客席の冥理ちゃんも。


見る。


「ありますねえ」


舞台上の冥理ちゃんが。


肩を落とした。


「失敗しました」


真意ちゃんが。


即座に言う。


「当然でしょう」


「なぜです?」


「知らないわよ」


「そこは説明してくださらないんですか?」


「あなたの手品でしょう」


「そうでした」


冥理ちゃんは。


箱を見ないまま。


腕を組んだ。


「では、もう一度」



---


二回目。


箱は。


消えなかった。


三回目。


消えない。


四回目。


少し浮いた。


「浮いたわ」


「消えてません?」


「浮いただけ」


「惜しい!」


五回目。


箱が。


横に一メートル移動した。


「移動した」


「かなり近づいてきましたね」


「消失から遠ざかってるわよ」


六回目。


箱が。


青くなった。


「色が変わった」


「手品としては成功でしょう?」


「演目が違う」


七回目。


箱が。


二個になった。


真意ちゃんが言う。


「増やすな」


冥理ちゃんが。


背中を向けたまま答える。


「私もそう思います!」


「あなたがやってるのよ」


「そうなんですが」


冥理ちゃんは。


首を傾げた。


「今日は、思った通りになりませんねえ」


真意ちゃんが。


その言葉に反応した。


「今、何て?」


「思った通りになりません」


「いつもはなるの?」


「当然です」


冥理ちゃんは。


即答する。


「奇術ですから」


「じゃあ」


真意ちゃんは。


二つになった箱を見る。


「今のは?」


冥理ちゃんが。


少しだけ。


黙った。


「……」


客席の冥理ちゃんは。


笑っている。


舞台の冥理ちゃんも。


笑っている。


「手品です」


「今、一瞬迷ったわね」


「気のせいです」


「昨日もそれをやった」


「昨日とは違いますよ」


「何が?」


冥理ちゃんは。


振り返らない。


「今日は」


少し間。


「私が見ていませんから」



---


第二幕「見ている人」


真意ちゃんが。


立ち上がる。


「中止」


「またですか!?」


「昨日より条件が悪い」


「昨日は鏡でした」


「今日はあなたが二人いる」


「華やかでしょう?」


「そういう問題じゃない」


真意ちゃんは。


客席の冥理ちゃんの前へ行く。


「あなた」


「はい」


「舞台の冥理ちゃんと同じ?」


「もちろんです」


「記憶は?」


「同じです」


「昨日のことは?」


「覚えています」


「鏡から出てきた?」


「ええ」


真意ちゃんの顔が。


止まった。


「……え?」


客席の冥理ちゃんが。


笑っている。


「昨日、鏡から出ました」


舞台上の冥理ちゃんが。


背中を向けたまま言う。


「私も覚えています」


真意ちゃんが。


ゆっくり。


舞台を見る。


「どちらが?」


「何がです?」


「鏡から出てきたのは」


二人の冥理ちゃんが。


同時に答えた。


「私です」


「……」


夢幻ちゃんが。


楽しそうに言う。


「二人とも出てきたのかもねえ」


「一人は最初から外にいたでしょう」


「それ、本当に覚えてる?」


「……」


真意ちゃんが止まる。


昨日。


鏡の前。


最初。


冥理ちゃんは一人。


鏡の中に一人。


RealityTrick。


二人。


その後。


鏡が割れた。


三人目。


笑わない冥理。


真意ちゃんは。


昨日の順序を。


頭の中で再生する。


一人目。


二人目。


どちらが。


最初からいた?


「……」


一瞬。


答えが出なかった。


冥理ちゃんが。


舞台から声をかける。


「真意ちゃん?」


「黙って」


「はい」


虫眼鏡。


客席の冥理ちゃんを見る。


【冥理】


【観客】


【奇術師】


【RealityTrick】


さらに深く。


【生成原因】


文字が。


揺れる。


【冥理】


「……」


舞台上。


【冥理】


【出演者】


【奇術師】


【RealityTrick】


【生成原因】


揺れる。


【冥理】


同じ。


「どっちも、冥理が作った?」


真意ちゃんが呟く。


客席の冥理ちゃんが。


にこにこしている。


「そうかもしれません」


舞台の冥理ちゃんも。


「そうでしょうねえ」


真意ちゃんが。


顔を上げる。


「あなたたち自身が分からないの?」


「何がです?」


「どちらが元なのか」


二人。


顔を見合わせる。


そして。


笑う。


「必要ですか?」


真意ちゃんが。


少しだけ。


言葉に詰まる。


冥理ちゃんが続ける。


「観客から見て」


舞台。


「私が冥理で」


客席。


「こちらも冥理なら」


二人同時。


「公演には困りません!」


真意ちゃんが。


深くため息をつく。


「私は困る」


「そうですか?」


「ものすごく」


夢幻ちゃんが。


ぽつり。


「じゃあ真意ちゃんが見分けるまで、二人なんだね」


「……何?」


「見分けられたら一人になるかも」


真意ちゃんが。


夢幻ちゃんを見る。


「どういう意味?」


夢幻ちゃんは。


眠そうに。


二人の冥理ちゃんを見た。


「夢って」


欠伸。


「起きるまで、いっぱい本物があるから」



---


第三幕「拍手」


結局。


公演は続行された。


真意ちゃんの条件。


「冥理ちゃんは二人とも、舞台を見ないこと」


「厳しい!」


「あなたが言い出したのよ」


「確かに!」


二人の冥理ちゃんは。


今度は。


客席側を向いて立った。


つまり。


背後に舞台。


二人とも。


見ていない。


「演目を再開します!」


赤い箱。


二つ。


さっき増えたまま。


真意ちゃんが。


虫眼鏡を構える。


夢幻ちゃんが。


半分寝ている。


「今度こそ」


冥理ちゃんが。


指を鳴らす。


「消失です!」


箱。


二つ。


一つ。


消えた。


「……」


真意ちゃんが。


目を細める。


「一個消えた」


「成功!」


「まだ一個ある」


「半分成功です!」


もう一人の冥理ちゃんが。


指を鳴らす。


残った箱も。


消える。


「ジャジャーン!」


二人。


振り返ろうとする。


「駄目!」


真意ちゃんが叫ぶ。


二人の動きが止まる。


「見ない約束でしょう」


「そうでした!」


「危ない危ない」


二人とも。


舞台へ背を向け直す。


真意ちゃんは。


消えた箱の痕跡を見る。


一個目。


【箱】


【状態:観測外】


【実行者:冥理】


二個目。


【箱】


【状態:観測外】


【実行者:冥理】


「……」


正常。


少なくとも。


タグは。


普通のRealityTrick。


真意ちゃんが。


少し安心する。


「今のは、あなたたちの手品ね」


「もちろんです!」


冥理ちゃんたちが。


同時に胸を張る。


「なら戻して」


「承知しました!」


一人目。


指を鳴らす。


一個。


戻る。


二人目。


指を鳴らす。


もう一個。


戻る。


二つ。


ある。


「……正常」


真意ちゃんが言う。


「ほら!」


「やればできるじゃないですか!」


二人の冥理ちゃんが。


互いに褒め合う。


「自分で自分を褒めないで」


「大事なことですよ?」


その時。


客席の後ろ。


誰もいない場所から。


拍手。


パチン。


一回。


全員。


止まる。


冥理ちゃん二人も。


止まる。


真意ちゃんが。


振り返る。


誰もいない。


夢幻ちゃんも。


後ろを見る。


「今の」


真意ちゃん。


「誰?」


沈黙。


冥理ちゃんが。


舞台へ背を向けたまま言う。


「私ではありませんよ」


もう一人も。


「私もです」


「夢幻ちゃん?」


「拍手してないよ」


誰もいない。


客席。


最後列。


空席。


「……」


真意ちゃんが。


虫眼鏡を向ける。


椅子。


床。


壁。


空気。


タグ。


異常なし。


「昨日も」


真意ちゃんが言う。


「誰もいない劇場で拍手があった」


冥理ちゃんが。


少しだけ。


静かになる。


「そうなんですか?」


「知らないの?」


「私は帰っていましたので」


真意ちゃんが。


二人の冥理ちゃんを見る。


「二人とも?」


「もちろん」


同時。


真意ちゃんは。


何も言わない。



---


再び。


パチン。


拍手。


一度。


今度は。


舞台側。


全員が。


そちらを見る。


ただし。


冥理ちゃん二人だけは。


約束通り。


振り返らない。


そして。


その瞬間。


舞台中央。


二つの赤い箱の間に。


何かが現れた。


白い。


小さな。


椅子。


子供用くらいの。


小さな椅子。


真意ちゃんが。


目を見開く。


「……」


夢幻ちゃんが。


眠そうに言う。


「席が増えた」


「冥理ちゃん」


真意ちゃんの声が低くなる。


「はい?」


「椅子を出した?」


「いいえ」


「本当に?」


「私は箱しか準備していません」


もう一人。


「私もです」


「見るな」


二人が振り返りそうになる。


止まる。


真意ちゃんは。


椅子へ近づく。


虫眼鏡。


【椅子】


【木製】


【白色】


【客席】


【使用者:____】


空欄。


「使用者がない」


「新品ですか?」


冥理ちゃんが聞く。


「違う」


「では?」


真意ちゃんは。


さらに深く読む。


【設置時刻:現在】


【設置者:____】


空欄。


「原因がない……」


第2話。


トランプ。


原因がなかった。


第3話。


箱。


観測に応じて存在した。


第4話。


鏡。


観測失敗。


そして。


今日。


椅子。


「……」


真意ちゃんが。


小さく。


息を吐く。


「冥理ちゃん」


「はい?」


「今だけは、振り返らないで」


声が。


さっきまでと違った。


冥理ちゃんも。


それを感じたのか。


ふざけなかった。


「分かりました」


二人とも。


前を向いたまま。


じっとしている。


夢幻ちゃんだけが。


白い椅子を見ている。


「誰か座るのかな」


「やめて」


「だって」


夢幻ちゃんは。


首を傾げる。


「椅子って、誰かが座るためにあるでしょ?」


その瞬間。


白い椅子が。


少し。


沈んだ。


ぎ。


木が軋む。


誰も。


座っていない。


なのに。


座面が。


誰かの重さで。


沈んでいる。


真意ちゃんの顔から。


完全に笑みが消える。


冥理ちゃんが。


背中を向けたまま聞く。


「何か起きました?」


真意ちゃんは。


椅子を見る。


「……」


答えない。


「真意ちゃん?」


「まだ見ないで」


「はい」


珍しく。


冥理ちゃんは。


素直だった。



---


第四幕「観客」


白い椅子は。


そこにある。


見えない何かが。


座っている。


真意ちゃんが。


タグを読む。


【椅子】


【使用中】


「使用中……」


「誰が?」


夢幻ちゃん。


「分からない」


「でもいる?」


「……タグ上は」


真意ちゃんが。


ゆっくり。


虫眼鏡を。


椅子の上。


空中へ向ける。


何もない。


【空間】


【舞台】


さらに。


深く。


何もない。


さらに。


深く。


文字が。


一つ。


浮かぶ。


【観客】


真意ちゃんの指が。


震えた。


「……」


夢幻ちゃんが。


覗き込む。


「観客?」


「ええ」


「人?」


「分からない」


「誰?」


「分からない」


舞台上の冥理ちゃんが。


背を向けたまま。


小さく笑った。


「観客が増えたんですね」


「笑い事じゃない」


「でも」


冥理ちゃんの声は。


少し嬉しそうだった。


「公演中ですよ?」


真意ちゃんが。


冥理ちゃんを見る。


本人は。


見ていない。


白い椅子も。


見えない観客も。


何も。


見ていない。


ただ。


舞台の前に立ち。


客席へ顔を向けている。


「冥理ちゃん」


「はい?」


「今」


真意ちゃんは。


言いかける。


誰かが。


座っている。


原因不明の椅子。


観客。


昨日の追記。


「明日は、あなたが見ていないところでやろう」


言うべきか。


迷う。


もし。


冥理ちゃんに伝えたら。


冥理ちゃんは。


その存在を。


知る。


知ったことは。


観測になるのか。


「……」


真意ちゃんは。


初めて。


何も言わなかった。


「真意ちゃん?」


「何でもない」


冥理ちゃんが。


少し不思議そうな顔をする。


でも。


振り返らない。


「では」


ステッキを。


高く上げる。


「せっかく新しいお客様もいらっしゃったことですし」


真意ちゃんが。


固まる。


「……何で?」


「はい?」


「何で今」


「何がです?」


「新しい客がいるって言ったの?」


冥理ちゃんが。


止まる。


「……」


数秒。


「拍手が増えましたから」


「拍手は二回だけよ」


「ええ」


「それで?」


「二回とも」


冥理ちゃんは。


背を向けたまま。


笑う。


「同じ人の拍手に聞こえました」


真意ちゃんは。


何も言えなくなる。


夢幻ちゃんが。


白い椅子を見る。


「冥理ちゃん」


「はい?」


「その人、見えてない?」


「見えてませんよ」


「じゃあ」


夢幻ちゃんが。


眠そうに笑った。


「どうして一人だって分かったの?」


「……」


冥理ちゃんが。


答えなかった。



---


第五幕「今日の主役」


「演目を変更します」


冥理ちゃんが。


突然言った。


真意ちゃんが。


嫌な顔をする。


「何をする気?」


「簡単です」


「あなたの簡単は信用してない」


「本日の主役を」


冥理ちゃんが。


帽子を脱ぐ。


「消します」


真意ちゃんが。


舞台を見る。


箱。


二つ。


白い椅子。


「どれ?」


「私です」


沈黙。


「……何?」


「私を消します」


「駄目」


「即答!」


「当たり前でしょう」


「でも奇術師の消失は古典ですよ?」


「今日は駄目」


「なぜ?」


「状況が異常だから」


「ぱんでむですよ?」


「その万能回答をやめなさい」


冥理ちゃんは。


少し笑った。


「大丈夫です」


「何が?」


「普通のVanishingActです」


「保証は?」


「私」


「今、一番信用できない対象が保証人になったわね」


「ひどい!」


それでも。


冥理ちゃんは。


舞台中央へ立つ。


もう一人の冥理ちゃんも。


隣に立つ。


二人。


背中合わせ。


「どちらが消えるの?」


真意ちゃん。


二人同時。


「こちらです!」


互いを指差した。


「帰る」


「待ってください!」


夢幻ちゃんが笑う。


「いいねえ」


「よくない」


結局。


二人のうち。


客席にいた方が。


消えることになった。


「では!」


赤い布。


舞台上の冥理ちゃんが。


もう一人へかける。


本人は。


布を見ない。


真意ちゃんだけが。


見る。


夢幻ちゃんも。


見る。


白い椅子の。


見えない観客も。


たぶん。


見ている。


「三!」


冥理ちゃん。


「二!」


真意ちゃんは。


虫眼鏡。


「一!」


布が。


落ちる。


中身。


なし。


冥理ちゃんが。


一人。


消えた。


「……」


タグ。


【VanishingAct】


【実行者:冥理】


【対象:冥理】


【状態:観測外】


正常。


真意ちゃんが。


少しだけ安心する。


「普通の手品」


「でしょう?」


残った冥理ちゃんは。


振り返らない。


「戻しますよ」


「待って」


「何です?」


「戻す前に」


真意ちゃんは。


VanishingActの対象を追う。


消えた冥理ちゃん。


観測外。


そこにいる。


確かに。


タグがある。


【冥理】


【観測外】


【待機】


「いる」


真意ちゃんが言う。


「消えた先に、ちゃんといる」


「もちろんです」


「戻して」


「はい!」


冥理ちゃんが。


指を鳴らす。


「ジャジャーン!」


赤い布が。


膨らむ。


中から。


冥理ちゃん。


「ただいま戻りました!」


成功。


「……」


真意ちゃんが。


肩の力を抜く。


「正常」


「当たり前ですよ」


「今日は当たり前がありがたいわ」


「珍しいですねえ」


その時。


夢幻ちゃんが。


白い椅子を指差した。


「でも」


「何?」


「一人増えてるよ」


真意ちゃんが。


ゆっくり。


振り返る。


白い椅子。


その隣。


いつの間にか。


もう一脚。


同じ。


白い椅子。


二つ。


両方。


座面が。


沈んでいる。


「……」


冥理ちゃん二人は。


まだ。


そちらを見ていない。


真意ちゃんが。


虫眼鏡を向ける。


一脚目。


【観客】


二脚目。


【観客】


二つ。


「……二人」


冥理ちゃんが。


小さく言った。


真意ちゃんが。


振り返る。


「何で分かるの?」


「……」


「冥理ちゃん」


二人の冥理ちゃんが。


顔を見合わせる。


「今」


真意ちゃんが。


ゆっくり言う。


「あなたたちは、椅子を見ていない」


「はい」


「夢幻ちゃんも、二人になったとは言ってない」


「はい」


「私は」


真意ちゃんは。


息を止める。


「声に出してない」


冥理ちゃんの。


笑顔が。


ほんの少し。


固まった。


「では」


真意ちゃん。


「どうして二人だと思ったの?」


沈黙。


一秒。


二秒。


三秒。


冥理ちゃんが。


笑う。


「手品師の勘です!」


真意ちゃんは。


笑わなかった。


「嘘」


「おや」


「今のは嘘」


「そうでしょうか?」


「ええ」


真意ちゃんは。


二人の冥理ちゃんを見る。


「あなたも分かってない」


冥理ちゃんの笑顔が。


一瞬。


消える。


本当に。


一瞬。


そして。


「……」


白い椅子の方から。


パチン。


拍手。


二回。


パチン。


パチン。


冥理ちゃん二人が。


同時に。


深々と。


頭を下げた。


舞台を。


見ないまま。


「ありがとうございます」


二人同時。


公演は。


そこで。


終わった。



---


終演後


劇場封鎖。


真意ちゃんが。


白い椅子を調べる。


二脚。


普通の木製椅子。


製造番号なし。


搬入記録なし。


舞台設備登録なし。


使用履歴。


本日だけ。


「……」


夢幻ちゃんは。


先に帰った。


「眠いから」


と言って。


冥理ちゃんも。


二人とも帰った。


途中で。


廊下の角を曲がった。


次に見た時。


一人になっていた。


どちらが消えたのか。


真意ちゃんには。


分からなかった。


「……」


劇場。


白い椅子。


二脚。


真意ちゃんは。


公演記録を書く。


【公演記録 No.005】


演目:背中で見る奇術。


観客:


最初。


三名。


冥理。


真意。


夢幻。


真意ちゃんのペンが。


止まる。


「……」


冥理は。


出演者でもある。


観客役でもあった。


そこへ。


椅子の。


見えない二人。


では。


観客数は。


何人?


真意ちゃんは。


「3」


と書く。


少し考える。


消す。


「5」


と書く。


消す。


「不明」


と書く。


また。


消す。


最後。


空欄。


そこへ。


知らない筆跡が。


ゆっくり。


浮かんだ。


«観客:3名»


真意ちゃんの手が止まる。


「……三人?」


最初からいた。


真意。


夢幻。


観客役の冥理。


それなら。


三人。


普通。


何もおかしくない。


だが。


その下。


もう一行。


«出演者は観客に含まれません。»


真意ちゃんが。


息を止める。


では。


三人。


誰。


真意。


夢幻。


あと一人。


白い椅子は。


二脚あった。


計算が。


合わない。


さらに。


文字。


«一名は途中退席しました。»


「……」


真意ちゃんが。


ゆっくり。


白い椅子を見る。


二脚。


片方だけ。


座面が。


元に戻っていた。


もう片方。


まだ。


沈んでいる。


誰かが。


まだ。


座っている。


「……誰?」


返事。


なし。


真意ちゃんが。


虫眼鏡を向ける。


【観客】


その下。


初めて。


もう一つ。


タグ。


【出演者を観測中】


真意ちゃんの背筋を。


冷たいものが走る。


「出演者って」


冥理ちゃん?


そう思った瞬間。


タグが。


変わる。


【観測対象:真意】


「……」


真意ちゃんが。


虫眼鏡を下ろす。


白い椅子。


誰もいない。


なのに。


こちらを。


見られている。


公演記録の。


最後の欄。


本物だったか:


__________


その空欄へ。


インクが。


一滴。


落ちた。


文字にはならない。


ただ。


一点。


黒い染み。


真意ちゃんは。


何も書かなかった。



---


同じ頃。


冥理ちゃんの楽屋。


一人。


冥理ちゃんが。


帽子を脱ぐ。


「いやあ」


鏡は。


布をかけてある。


昨日。


真意ちゃんに。


使用禁止と言われたから。


冥理ちゃんは。


鏡を見ない。


「今日は大成功でしたねえ」


返事はない。


机の上。


カード。


一枚。


冥理ちゃんは。


それを拾う。


表。


ジョーカー。


裏。


文字。


観客二名、ご来場ありがとうございました。


冥理ちゃんが。


首を傾げる。


「二名?」


今日の客。


真意ちゃん。


夢幻ちゃん。


冥理ちゃん自身は。


観客役だった。


「……」


二名。


合っている。


「なあんだ」


冥理ちゃんは笑う。


「普通ですね」


カードを。


机へ置く。


背を向ける。


その瞬間。


カードの文字が。


変わった。


一名、まだお帰りになっていません。


冥理ちゃんは。


見ていない。


鏡には。


布がかかっている。


部屋には。


誰もいない。


そのはずなのに。


冥理ちゃんの背後。


床に。


いつの間にか。


白い椅子が。


一脚。


置かれていた。


ぎ。


座面が。


ゆっくり。


沈む。


冥理ちゃんは。


振り返らない。


「……」


少しだけ。


笑った。


「いらっしゃいませ」


誰に向かって。


言ったのか。


本人にも。


分かっていなかった。


【公演記録 No.005・最終追記】


«冥理は、観客を見ていない。»


«観客は、冥理を見ている。»


«したがって、この公演において観測されていなかったのは、観客ではない。»


一行空白。


«では、誰だったのか。»


本物だったか:


__________

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。