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第4話「鏡は嘘をつきません」


【公演記録 No.004】


演目:鏡の中の奇術師

会場:ぱんでむ・劇場区画 第七舞台

観客:2名

使用トリック:RealityTrick

被害:なし

観客満足度:97%


本人の認識:手品


本物だったか:


__________


備考:


鏡は正常。


追記:


鏡に映っていた人物については、確認できていない。




「本日の演目はこちら!」


冥理ちゃんが舞台中央で両腕を広げる。


背後には、


巨大な鏡。


高さ三メートル。


幅五メートル。


舞台のほぼ半分を覆うほど大きい。


「鏡です!」


客席から、


「見れば分かる」


と声が飛んだ。


「はい!」


冥理ちゃんは元気よく頷いた。


「ありがとうございます!」


「褒めてない」


「それでは本日の特別ゲストをご紹介しましょう!」


冥理ちゃんが鏡を指差す。


「私です!」


鏡の中にも、


冥理ちゃんがいた。


当然だ。


黒と茶の衣装。


シルクハット。


ステッキ。


笑顔。


何もおかしくない。


……少なくとも、


最初は。


「さて」


冥理ちゃんは鏡の前に立つ。


右手を上げる。


鏡も右手を上げる。


左手。


同じ。


一歩前へ。


鏡も一歩前へ。


一歩後ろへ。


鏡も一歩後ろへ。


「完璧ですねえ」


「何を今さら」


客席には真意ちゃんがいる。


その隣には、


珍しく夢幻ちゃんも座っていた。


夢幻ちゃんは眠そうに鏡を眺めている。


「鏡って、面白いねえ」


「でしょう?」


冥理ちゃんが嬉しそうに振り返る。


「夢幻ちゃんは分かってくださいますね!」


「うん」


夢幻ちゃんは欠伸をした。


「鏡の中のほうが、たまに先に眠るから」


「……」


冥理ちゃんが止まる。


真意ちゃんが夢幻ちゃんを見る。


「今、何て言ったの?」


「んー?」


夢幻ちゃんは鏡を見る。


「たまにあるよ」


「何が?」


「鏡の中が先に動くの」


「……」


真意ちゃんが立ち上がった。


「冥理ちゃん」


「はい?」


「今日の演目は中止」


「ええ!?」


「確認することがある」


「せっかく練習したのに!」


「鏡を調べるわ」


「普通の鏡ですよ?」


「普通の鏡なら、すぐ終わる」


「……」


冥理ちゃんは少し考えた。


「では」


ニヤリ。


「もっと分かりやすい手品をしましょう」


「嫌な予感しかしない」


「ご覧に入れましょう!」




冥理ちゃんが鏡の前に立つ。


「私が右手を上げます」


右手。


鏡も上がる。


「左手」


左手。


同じ。


「回ります」


冥理ちゃんが一回転。


鏡も一回転。


「座ります」


冥理ちゃんが椅子に座る。


鏡も座る。


「寝ます」


冥理ちゃんが床に寝転ぶ。


鏡も床に寝転ぶ。


真意ちゃんが虫眼鏡を覗く。


「……完全同期」


「でしょう?」


「今のところは」


「今のところ?」


「ええ」


真意ちゃんは鏡のタグを読む。


【鏡】


【反射】


【舞台装置】


【冥理】


【同期】


異常なし。


「問題ないわね」


「ほら!」


冥理ちゃんが起き上がる。


「鏡は嘘をつきません!」


「その言い方、嫌い」


「なぜです?」


「鏡は嘘をつかないんじゃない」


真意ちゃんが言った。


「見えているものを返しているだけよ」


「ほう」


「だから」


真意ちゃんは鏡を見る。


「映っているものが本物かどうかは、鏡には関係ない」


冥理ちゃんが笑った。


「なるほど」


「分かった?」


「ええ」


冥理ちゃんはステッキを回す。


「つまり、鏡に本物を映せばいいんですね!」


「そういう意味じゃない」


「では!」


冥理ちゃんが指を鳴らす。


鏡の中に、


もう一人の冥理ちゃんが現れた。


真意ちゃんが固まる。


夢幻ちゃんだけが、


「あ」


と言った。


「増えた」


鏡の中。


冥理ちゃんの隣に、


もう一人。


同じ服。


同じ帽子。


同じ笑顔。


「ジャジャーン!」


舞台上の冥理ちゃんが嬉しそうに笑う。


「私が二人!」


「……」


真意ちゃんが鏡へ近づく。


「RealityTrick?」


「もちろん!」


「幻像?」


「もちろん!」


「認識攪乱?」


「もちろん!」


「じゃあ、触れる?」


「もちろん!」


冥理ちゃんが鏡へ手を伸ばす。


鏡の中の冥理ちゃんも、


手を伸ばす。


二人の指先が触れた。


鏡面が波打つ。


そして、


鏡の中の冥理ちゃんが、


鏡から出てきた。


「……」


沈黙。


客席も沈黙。


夢幻ちゃんが、


「おお」


と言った。


真意ちゃんは、


「……」


虫眼鏡を落とした。


カラン。


床に転がる。


冥理ちゃんは嬉しそうに両手を広げる。


「ジャジャーン!」


鏡から出てきた冥理ちゃんも、


同じポーズを取る。


「私が二人!」


「……」


真意ちゃんがゆっくり立ち上がる。


「冥理ちゃん」


「はい!」


「これは何?」


「私です!」


「いや、そうじゃなくて」


「私ですよ?」


鏡から出てきた冥理ちゃんが言う。


真意ちゃんの顔から、


血の気が引いた。


「……」


舞台上には、


冥理ちゃんが二人。


どちらも笑っている。


どちらも黒と茶の衣装。


どちらもシルクハット。


どちらも同じ声。


どちらも同じ顔。


「どっちが本物?」


真意ちゃんが聞いた。


二人が同時に答える。


「私です!」


「……」


真意ちゃんは頭を抱えた。


「最悪」


冥理ちゃんの一人が言う。


「何がです?」


もう一人も言う。


「何がです?」


完全に同じ。


「真意ちゃん」


右側の冥理ちゃんが言った。


「はい?」


「私たちを見分けられますか?」


左側も笑う。


「見分けられますか?」


真意ちゃんは虫眼鏡を構える。


一人目。


【冥理】


【出演者】


【奇術師】


【外商クルー】


二人目。


【冥理】


【出演者】


【奇術師】


【外商クルー】


「……」


同じ。


「完全に同じタグ……」


「でしょう?」


「でしょう?」


「でも」


真意ちゃんは二人を見比べる。


「どちらかは偽物」


「なぜ?」


「二人いるから」


「その理屈なら」


右側が笑った。


「二人とも本物かもしれませんよ?」


「……」


真意ちゃんの目が鋭くなる。


「その可能性はある」


夢幻ちゃんがぽつりと言った。


「夢の中では、二人とも本物だから」


「夢幻ちゃん、今は黙っていて」


「はーい」


夢幻ちゃんは素直に黙った。


真意ちゃんは再び二人を見る。


「冥理ちゃん」


「はい」


「あなたたち、どっちが本物なの?」


二人は顔を見合わせた。


そして、


同時に笑った。


「分かりません!」


「……」


真意ちゃんが絶句する。


右側の冥理ちゃんが言った。


「でも」


左側が続ける。


「手品としては」


二人が声を揃える。


「大成功です!」




その瞬間。


鏡が、


割れた。


パリン。


舞台が静まり返る。


冥理ちゃん二人が鏡を見る。


真意ちゃんも見る。


夢幻ちゃんも見る。


鏡は完全に割れていた。


ただし、


破片一枚一枚に、


まだ二人の冥理ちゃんが映っている。


一枚。


二枚。


十枚。


百枚。


「……」


真意ちゃんが小さく呟いた。


「これ、いつまで増えるの?」


冥理ちゃんが笑った。


「さあ?」


「冥理ちゃん」


「はい?」


「あなたがやったんでしょう?」


「ええ」


「どうやったの?」


「企業秘密です」


「……」


「タネも仕掛けもございます!」


「今のは本当にあるでしょうね」


「もちろん!」


冥理ちゃんは楽しそうに笑った。


その時。


鏡の破片の一つから、


声がした。


「……違うよ」


冥理ちゃんが止まる。


真意ちゃんも止まる。


夢幻ちゃんだけが、


眠そうに鏡を見る。


「今、誰か喋った?」


真意ちゃんが聞く。


「喋ってませんよ」


冥理ちゃんが答える。


「私も」


もう一人も答える。


「じゃあ、今のは?」


「鏡でしょう」


冥理ちゃんが言った。


「鏡が喋るわけないでしょう?」


真意ちゃんが言う。


冥理ちゃんは、


「あはは」


と笑った。


「ですよねえ」


そして、


舞台上の冥理ちゃん二人が、


同時に鏡を見る。


破片の一つ。


そこには、


二人の冥理ちゃんではなく、


三人目の冥理ちゃん


が映っていた。


その三人目だけが、


笑っていなかった。




公演終了。


劇場は閉鎖された。


真意ちゃんは舞台に残った。


冥理ちゃん二人は、


「じゃあまた明日!」


と言って帰っていった。


どちらが先だったか。


真意ちゃんは覚えていない。


彼女は割れた鏡を調べる。


一枚。


二枚。


三枚。


どの破片にも、


冥理ちゃんが映っている。


だが、


三人目の冥理ちゃんだけは、


どの破片にも存在しない。


「……」


真意ちゃんは一枚の破片を拾った。


そこには、


自分が映っている。


冥理ちゃんはいない。


「……?」


もう一枚。


冥理ちゃんがいる。


もう一枚。


いない。


もう一枚。


いる。


真意ちゃんは眉をひそめた。


「鏡が、私を選別している?」


その瞬間。


鏡の破片に文字が浮かんだ。


«観測者:真意»


真意ちゃんは息を止めた。


さらに一行。


«観測対象:冥理»


そして、


その下。


«観測失敗。»


「……」


真意ちゃんは、


初めて虫眼鏡を下ろした。




同じ頃。


冥理ちゃんの楽屋裏。


扉が開く。


冥理ちゃんが入ってくる。


「ただいまー!」


誰もいない。


冥理ちゃんは帽子を脱ぐ。


机の上に、


一枚の鏡の破片が置いてある。


「……?」


こんなもの、


持って帰った覚えはない。


冥理ちゃんは拾う。


覗く。


そこには自分が映っている。


いつもの自分。


笑顔。


シルクハット。


黒と茶の衣装。


「こんばんは、私」


冥理ちゃんが言う。


鏡の中も、


「こんばんは」


と返す。


「今日も楽しかったですねえ」


「うん」


「真意ちゃん、怒ってましたね」


「うん」


「明日は何をしましょう?」


鏡の中の冥理ちゃんは、


少し考えた。


そして、


こう答えた。


「明日は、あなたが見ていないところでやろう」


冥理ちゃんは笑った。


「それは面白そうですね!」


鏡の中の冥理ちゃんも笑った。


「でしょう?」


冥理ちゃんは鏡を机に置いた。


そして背を向ける。


その瞬間。


鏡の中の冥理ちゃんだけが、


ゆっくりとこちらを見た。


笑顔が消える。


そして、


小さく口を動かした。


声は、


もう届かなかった。




【公演記録 No.004・追記】


«鏡は嘘をつかなかった。»


«ただし、鏡が映していたものが何だったのかは記録されていない。»


さらに、その下。


«冥理は二人いた。»


線で消されている。


その横に、


別の文字。


«訂正。»


«冥理は一人だった。»


さらに線で消されている。


最後に、


誰が書いたのか分からない文字。


«冥理は、まだ一人だと思っている。»




本物だったか:


__________

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