第14話「返したのは、誰でしょう?」
【公演記録 No.014】
演目:返却奇術
会場:ぱんでむ・劇場区画/売店前
出演者:冥理
立会人:真意
観客:不明
使用物:
銀貨一枚。
備考:
銀貨は、戻ってくる。
誰が返しているかは分からない。
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朝。
冥理ちゃんは帽子を被らずに来た。
脇に抱えている。
真意ちゃんは、それを見て足を止めた。
「珍しい」
「重いんです」
「帽子が?」
「一円分くらい」
「軽いでしょう」
「気分の話です」
帽子の底。
丸い色違い。
その上に、昨日の銀貨。
ぴたり。
真意ちゃんは虫眼鏡を出す。
【銀貨】
【所有者:冥理】
【状態:返却】
昨夜と同じ。
「変化なし」
「はい」
「思い出した?」
「いいえ」
冥理ちゃんは銀貨を摘まむ。
縁。
潰れた一箇所。
細かな傷。
知らない。
それでも、帽子の布だけは知っている。
長い間そこに銀貨があったみたいに。
「真意ちゃん」
「何」
「使ってみても?」
「何に」
冥理ちゃんが廊下の先を見る。
自動販売機。
「お茶」
「検証に飲み物を混ぜないで」
「喉が渇いています」
「そっちが本音でしょう」
「両立しますよ?」
---
銀貨。
投入口。
ちゃりん。
機械が飲み込む。
表示。
百。
冥理ちゃん。
「使えました」
「少なくとも機械は貨幣として認識した」
「では、お茶を」
ボタン。
ごとん。
缶。
落ちる。
同時に。
ちゃりん。
返却口。
真意ちゃんが止まった。
冥理ちゃんも止まる。
「……お釣り?」
「百円の商品」
「百円入れました」
「お釣りはない」
冥理ちゃんが屈む。
返却口。
銀貨。
縁の潰れ。
同じ傷。
「増えてない?」
「一本です」
「お茶は?」
「あります」
「残高」
表示。
ゼロ。
真意ちゃんが虫眼鏡。
【取引:正常終了】
【投入額:100】
【商品:1】
【釣銭:0】
返却口の銀貨。
【所有者:冥理】
【状態:返却】
「機械の記録では返してない」
「でも返ってきた」
「見えたことと起きたことは分けて」
「はい」
冥理ちゃんは缶を取る。
冷たい。
ぷし。
一口。
「普通のお茶です」
「そこは疑ってない」
「大事ですよ」
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二回目。
銀貨を真意ちゃんが持つ。
「私が預かる」
「どうぞ」
掌。
銀貨。
十秒。
二十秒。
何も起きない。
【所持者:真意】
【所有者:冥理】
【状態:返却待ち】
「待ち?」
「昨日はなかった」
真意ちゃんは銀貨を透明ケースへ入れた。
蓋。
施錠。
机の中央。
二人。
一歩下がる。
一分。
銀貨。
ある。
五分。
ある。
冥理ちゃんが椅子へ座る。
「帰ってきませんね」
「あなたがここにいるから?」
「私が待っているから?」
「推測」
「はい」
十分。
冥理ちゃんが立つ。
「では、待たないことにします」
「どうやって」
「お昼にします」
「早い」
「朝から何も食べてません」
「それを先に言いなさい」
冥理ちゃん。
帽子を机へ置いたまま。
部屋を出る。
真意ちゃんはケースを見る。
銀貨。
ある。
扉が閉まる。
三秒。
ちゃり。
真意ちゃんの視線が跳ねた。
ケース。
空。
鍵。
閉じたまま。
机。
帽子。
底。
銀貨。
一枚。
「……」
扉が開く。
冥理ちゃん。
「お財布を忘れました」
「戻った」
「財布が?」
「銀貨」
冥理ちゃんの笑顔が消える。
帽子を覗く。
「なるほど」
「分かったの?」
「いいえ」
銀貨を摘まむ。
「分からないまま、戻りました」
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午後。
赤い箱。
昨日の公演で使われた箱。
冥理ちゃんが机へ置く。
真意ちゃん。
「何する気」
「返します」
「誰に」
「返してきた方に」
「相手が分からないでしょう」
「ですから」
冥理ちゃんは白いカードへ書く。
ありがとうございます。
ですが、これは私の物だと確認できません。
お返しします。
銀貨。
カード。
箱へ。
蓋。
閉じる。
「普通の返却です」
「相手不明の返却は普通じゃない」
「お気持ちです」
「配送先がない」
「手品なら届きます」
「能力使わないで」
「使いません」
冥理ちゃん。
両手を見せる。
何もない。
「では」
指を鳴らさない。
ステッキも振らない。
ただ。
待つ。
一分。
箱。
動かない。
五分。
動かない。
冥理ちゃんが首を傾げる。
「受け取っていただけませんね」
「そもそも相手がいると決まってない」
「そうでした」
箱を開く。
カード。
ある。
銀貨。
ない。
二人。
止まる。
冥理ちゃん。
少しだけ笑う。
「受け取っていただけました」
「まだ」
真意ちゃん。
虫眼鏡。
箱。
【内容物:紙片1】
銀貨。
反応なし。
「今は銀貨を確認できない。それだけ」
「はい」
冥理ちゃんがカードを取る。
裏。
何も。
ない。
「では」
箱を閉じる。
「これで終わりですね」
真意ちゃんは答えない。
でも。
少しだけ肩が下がった。
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夕方。
冥理ちゃん。
第七舞台前。
昨日の道具を片付けている。
赤いカップ。
三つ。
玉。
一つ。
カード。
三枚。
最後。
帽子。
被る。
「終わった?」
「はい」
「銀貨は」
「返しました」
「不明」
「返したつもりです」
「それならいい」
冥理ちゃんが笑う。
二人。
歩き出す。
角。
曲がる。
売店前。
冥理ちゃんが急に止まった。
「真意ちゃん」
「何」
「音がしました」
「どこ」
冥理ちゃん。
動かない。
帽子。
その中。
ちゃり。
二人。
見上げる。
冥理ちゃんが帽子を脱ぐ。
底。
銀貨。
一枚。
その下。
白いカード。
昨日までなかった。
真意ちゃんが先に言う。
「触らないで」
「はい」
カード。
文字。
返却しました。
冥理ちゃん。
「……」
真意ちゃん。
虫眼鏡。
【銀貨】
【所有者:冥理】
【状態:返却済】
「済」
「はい」
「返したのに」
「返されました」
「違う」
真意ちゃんの声が低くなる。
「あなたが返したことが、なかったことになってない」
冥理ちゃんが見る。
「どういう意味です?」
「箱から銀貨は消えた。あれは起きた」
「はい」
「その後、またあなたへ返された」
「……はい」
「返却が往復してる」
冥理ちゃん。
銀貨を見ない。
カードを見る。
返却しました。
「では」
少し考える。
「向こうも、自分の物ではないと思っている?」
「推測」
「確定じゃない」
「うん」
冥理ちゃん。
しばらく黙る。
それから。
「困りましたね」
珍しく。
楽しそうではなかった。
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夜。
調査室。
銀貨は机の中央。
冥理ちゃんの帽子は、別の椅子。
距離。
二メートル。
真意ちゃんが記録する。
返却元:不明。
返却先:冥理。
所有者表示:冥理。
本人の所有記憶:なし。
物理的長期所持痕跡:帽子底面にあり。
返却拒否:一度実施。
結果:再返却。
ペン。
止まる。
「所有者表示が正しいなら」
冥理ちゃん。
「はい」
「あなたの物」
「表示上は」
「帽子の痕もある」
「はい」
「でも、あなたは知らない」
「はい」
真意ちゃん。
銀貨を見る。
「証拠は、あなたよりあなたの物だって言ってる」
冥理ちゃん。
少し笑う。
「真意ちゃんが言うと、怖いですね」
「笑うところじゃない」
「笑ってませんよ」
「笑ってる」
冥理ちゃんは頬を押さえた。
すぐ。
戻す。
「では」
銀貨。
指さす。
「私が、私の物ではないと言えば?」
真意ちゃんは答えない。
タグ。
【所有者:冥理】
変わらない。
「証拠と本人が食い違う」
「はい」
「どっちかを捨てる必要はない」
冥理ちゃん。
目を瞬く。
真意ちゃんはノートへ書く。
所有権:未確定。
「タグは確定って言ってますよ?」
「私の記録は未確定」
「いいんです?」
「一致しないなら、一致してない状態を残す」
冥理ちゃん。
銀貨を見る。
「返し続けます?」
「あなたが?」
「はい」
「嫌なら」
「嫌というより」
冥理ちゃん。
銀貨を摘まむ。
今度は消そうとしない。
弾かない。
手品にも使わない。
「受け取った覚えのない物を、受け取ったことにされるのは」
一拍。
「少し、気持ち悪いです」
真意ちゃんはペンを置いた。
「なら受け取らなくていい」
「でも戻ってきます」
「戻ってくることと」
真意ちゃん。
机の端に小さな空箱を置く。
「受け取ることは別」
冥理ちゃん。
見る。
銀貨。
空箱。
「ここに置く?」
「私の帽子ではなく?」
「うん」
「私の物としてではなく?」
「保留品」
冥理ちゃんは。
銀貨を。
空箱へ置いた。
ちゃり。
蓋は閉めない。
「地味ですね」
「調査だから」
「手品なら、もう少し」
「しない」
「はい」
---
翌朝。
空箱。
銀貨。
ある。
帽子。
空。
冥理ちゃんが先に来ていた。
真意ちゃん。
確認。
「戻ってない」
「はい」
「あなたの帽子に」
「はい」
「一晩」
「はい」
銀貨。
【所有者:冥理】
【状態:返却済】
その下。
新しい一行。
【受領:保留】
真意ちゃんの指が止まる。
冥理ちゃんも。
しばらく。
二人とも何も言わない。
やがて。
冥理ちゃんが。
空箱の横へ。
小さな紙を置いた。
持ち主が決まるまで、ここに置いてあります。
真意ちゃんが読む。
「誰向け?」
「分かりません」
「観客?」
「分かりません」
「返した人?」
「それも」
冥理ちゃん。
少し笑う。
「でも」
空箱。
見る。
「誰かが取りに来るかもしれませんから」
真意ちゃんは。
紙を剥がさなかった。
---
【公演記録 No.014】
演目結果:
銀貨の返却元は確認できず。
所有者表示と本人記憶は不一致。
返却行為は、受領を意味しない。
銀貨は現在、冥理の帽子ではなく調査室の保留箱に置かれている。
状態:
【所有者:冥理】
【返却:済】
【受領:保留】
追記:
本記録では、所有者を確定しない。
証拠が不足しているためではない。
証拠と本人が、一致していないため。
本物だったか:
__________
その日の閉店後。
誰もいない調査室。
空箱。
銀貨。
紙。
動かない。
しばらくして。
紙の下。
小さな文字が一行だけ増えた。
では、待ちます。
銀貨は。
戻らなかった。




