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15/15

第15話「待てない人は、どうしますか?」


【公演記録 No.015】


演目:保留

会場:ぱんでむ・調査室/手荷物預かり所

出演者:冥理

立会人:真意

観客:不明


使用物:

銀貨一枚。

預かり札一枚。


備考:

待つことに同意したのは、銀貨だけである。


---


朝。


保留箱。


銀貨。


ある。


昨日と同じ場所。


横の紙も、そのまま。


持ち主が決まるまで、ここに置いてあります。


その下。


では、待ちます。


冥理ちゃんは箱の前に、小さな砂時計を置いた。


真意ちゃんが入ってくる。


止まる。


「何それ」


「待っている感じが出ます」


「いらない」


「三分です」


「何が」


「砂が落ちます」


「知ってる」


冥理ちゃんは砂時計を返した。


さらさら。


「銀貨は?」


「動いてません」


「タグ」


真意ちゃん。


虫眼鏡。


【所有者:冥理】

【返却:済】

【受領:保留】


変化なし。


「では」


冥理ちゃんが椅子へ座る。


「今日も待ちましょう」


真意ちゃんは答えず。


保留箱の横に、昨日の記録を置いた。


その時。


調査室の外。


足音。


急いでいる。


一人。


扉。


二回。


こん、こん。


「失礼します」


知らない女性だった。


制服ではない。


灰色の上着。


肩に大きな鞄。


片手に、白い札。


「手荷物預かり所はこちらですか」


真意ちゃんが顔を上げる。


「違います」


「え」


「ここは調査室」


冥理ちゃん。


「預かり所なら二つ先ですよ」


「ありがとうございます」


女性は頭を下げる。


出ていく。


三秒。


戻ってくる。


「すみません」


「はい?」


「向こうで、こちらへ行けと言われました」


真意ちゃんと冥理ちゃん。


見る。


女性の手。


白い札。


角が欠けている。


中央に。


丸い穴。


銀貨と。


ほぼ同じ大きさ。


---


手荷物預かり所。


小さな窓口。


金属棚。


番号札。


奥に、茶色い旅行鞄が一つ。


女性が指す。


「あれです」


係の端末。


画面。


《返却保留》


真意ちゃんが眉を寄せる。


「いつから?」


「今朝です」


「理由は?」


係員が画面を見せる。


《担保札の構成物が不足しています》


女性の白い札。


穴。


冥理ちゃんが覗く。


「ここに何か付いていたんですか?」


「銀色の丸いものです」


女性。


「昨日、預けた時にはありました」


真意ちゃんの目が止まる。


「どんな」


「古い硬貨みたいな」


「傷は?」


「ありました。端が少し潰れてて」


冥理ちゃんの笑顔が。


消えた。


女性は続ける。


「それがないから、鞄を返せないって」


「鞄の中身は?」


真意ちゃん。


女性は時計を見る。


「帰るための書類です」


「帰る?」


「今日、ここを出るんです。十二時の便で」


現在。


十時四十七分。


冥理ちゃんが。


真意ちゃんを見る。


真意ちゃんは。


何も言わない。


---


調査室。


保留箱。


銀貨。


女性。


三人。


銀貨を見た瞬間。


「あ」


女性が一歩出た。


真意ちゃんの手が先に箱を押さえる。


「触らないで」


女性が止まる。


「それです」


「確認します」


「私のです」


「確認します」


真意ちゃん。


虫眼鏡。


【所有者:冥理】

【返却:済】

【受領:保留】


女性。


見る。


「冥理?」


冥理ちゃんが小さく手を上げる。


「私です」


「あなたの?」


「分かりません」


「え?」


「私は覚えていません」


女性の顔から。


困惑だけが残る。


「でも、それがないと」


「はい」


冥理ちゃんは帽子を脱いだ。


底。


丸い痕。


銀貨と同じ。


女性の札。


丸い穴。


銀貨と同じ。


二つの痕跡。


一枚の銀貨。


真意ちゃんが確認する。


札。


【預かり札】

【発行:昨日】

【構成物:不足1】

【返却権:停止】


「昨日、誰から受け取った?」


「窓口です」


「銀貨が付いていたことは?」


「覚えてます。変わった札だと思ったから」


「その前は?」


「知りません」


真意ちゃん。


冥理ちゃんへ。


「あなたは?」


「知りません」


「帽子の痕は?」


「前からあったのかも分かりません」


女性が時計を見る。


十時五十三分。


「すみません」


声が。


少しだけ速くなる。


「調べるのはいいんです。でも、何時までかかりますか」


真意ちゃんは答えない。


女性。


「十二時に出ないといけないんです」


冥理ちゃんが銀貨を見る。


昨日。


返しても戻った。


保留したら。


止まった。


待つと書かれた。


それで。


うまくいった。


少なくとも。


二人にとっては。


「真意ちゃん」


「何」


「この方は」


冥理ちゃん。


女性の白い札を見る。


「待てません」


---


十一時十分。


検証。


銀貨は保留箱。


女性の札を横へ置く。


変化なし。


十一時十五分。


札を銀貨へ近づける。


一センチ。


端末。


《構成物:不足1》


十一時二十分。


銀貨を札の穴へ重ねる。


ぴたり。


端末。


音。


ぴ。


《構成物:正常》


女性が息を吐く。


真意ちゃん。


「まだ取らないで」


銀貨を離す。


《構成物:不足1》


冥理ちゃん。


「鍵ですね」


「担保」


「でも、開く」


「機能することと所有者は別」


「はい」


女性。


「じゃあ、それを付けて返してもらえますか」


真意ちゃんが黙る。


タグ。


【所有者:冥理】


証拠は。


はっきりしている。


昨日より。


むしろ増えた。


冥理の帽子に痕がある。


女性の札にも痕がある。


銀貨は両方へ適合する。


「保留を続ければ」


真意ちゃん。


「少なくとも、誤って渡すことはない」


女性。


「私の鞄も返ってきません」


静か。


砂時計。


さら。


冥理ちゃんが持ってきたもの。


半分まで落ちている。


真意ちゃんがそれを見る。


昨日。


保留は。


正しかった。


返却を止めた。


銀貨も戻らなかった。


誰も。


無理に所有者を決めなかった。


その正しさが。


今。


窓口を閉めている。


「真意ちゃん」


冥理ちゃん。


「私、昨日は」


帽子を持つ。


「受け取りたくありませんでした」


「うん」


「今も、私の物だとは思ってません」


「うん」


「でも」


女性を見る。


「この方の物だとも、証明できません」


「そう」


「なら」


冥理ちゃんは銀貨へ手を伸ばさない。


「どうします?」


真意ちゃん。


答えない。


十一時二十八分。


女性が。


先に言った。


「間違っててもいいです」


二人が見る。


「私の物じゃなくてもいい」


白い札を握る。


「鞄を返してもらえれば」


「それだと」


真意ちゃん。


「あなたが、他人の物を持っていく可能性がある」


「はい」


「あとで本当の持ち主が来るかもしれない」


「はい」


「返せないかもしれない」


女性は。


少し黙った。


「それでも」


時計。


「私は今日、帰ります」


---


十一時三十二分。


真意ちゃんがノートを開く。


昨日の行。


所有権:未確定。


その下。


新しく書く。


使用権:暫定許可。


冥理ちゃんが覗く。


「いいんです?」


「良くない」


「では」


「良くないまま決める」


真意ちゃんは銀貨を取った。


女性へは渡さない。


白い札。


穴。


そこへ。


はめる。


かち。


ぴたり。


端末。


《構成物:正常》

《返却権:有効》


「鞄を返す」


真意ちゃん。


「銀貨の所有者は確定しない」


女性。


「はい」


「銀貨は札の一部として、退店まであなたが使う」


「はい」


「出る時に返せるなら返して」


「返せなかったら?」


真意ちゃん。


一拍。


「記録に残す」


「それだけ?」


「それ以上、今は決められない」


女性は。


初めて。


少し笑った。


「分かりました」


---


手荷物預かり所。


端末。


ぴ。


茶色い旅行鞄。


棚から出る。


女性。


両手で受け取る。


重い。


肩が下がる。


それでも。


すぐ時計を見る。


十一時四十一分。


「間に合います」


白い札。


銀貨。


付いたまま。


女性は二人へ頭を下げる。


「ありがとうございました」


冥理ちゃん。


「お気をつけて」


真意ちゃん。


「札」


「はい」


「なくさないで」


「はい」


女性。


走っていく。


廊下。


角。


消える。


冥理ちゃんが。


隣で言う。


「真意ちゃん」


「何」


「昨日より、怖いですね」


「何が」


「手品なら」


冥理ちゃんは。


空になった保留箱を見る。


「間違えたら、失敗で済みます」


真意ちゃん。


「これは?」


「誰かの物を」


少し間。


「間違えて渡したかもしれません」


真意ちゃんは答えない。


---


夕方。


調査室。


保留箱。


空。


帽子。


空。


銀貨は戻らない。


真意ちゃん。


記録。


所有者:未確定。

使用者:来訪者一名。

使用目的:手荷物返却。

結果:返却成功。

銀貨:未返却。


冥理ちゃん。


「帰れたでしょうか」


「確認してない」


「確認します?」


真意ちゃん。


少し考える。


「しない」


「珍しい」


「追えば、使用許可じゃなく監視になる」


冥理ちゃんが。


目を瞬く。


それから。


「では」


砂時計。


ひっくり返す。


「待ちます?」


真意ちゃんが見る。


昨日なら。


待つことは。


何も決めないための方法だった。


今日は違う。


もう。


一つ決めた。


間違っているかもしれないまま。


「待つ」


真意ちゃん。


「でも、保留じゃない」


冥理ちゃん。


少し笑う。


「難しい手品ですね」


「手品じゃない」


「はい」


さらさら。


砂が落ちる。


---


【公演記録 No.015】


演目結果:


銀貨の所有者は未確定。


ただし、所有者未確定を理由として全ての利用を停止することはしなかった。


来訪者一名へ、手荷物返却に必要な範囲で暫定使用を許可。


結果:


手荷物返却成功。


来訪者は銀貨を装着した預かり札とともに退去。


銀貨は現在、冥理の帽子へ戻っていない。


追記:


保留は中立ではない。


決めないことで守れるものがある。


決めないことで失われるものもある。


本物だったか:


__________


記録を閉じる。


その時。


調査室の机。


昨日の紙。


では、待ちます。


その下に。


新しい文字は。


増えなかった。


代わりに。


冥理ちゃんの帽子の底。


銀貨の丸い痕だけが。


少しずつ。


元の布の色へ戻り始めていた。

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