第13話「次は、誰の手品でしょう?」
【公演記録 No.013】
演目:招待公演
会場:ぱんでむ・劇場区画 第七舞台前
出演者:不明
観客:冥理
立会人:真意
備考:
冥理は演じない。
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朝から、赤い箱の前に椅子が二脚あった。
昨日まではなかった。
冥理ちゃんは片方へ座り、もう片方に帽子を置いていた。
「そこ、私の席?」
背後から真意ちゃん。
「違います」
「じゃあ誰の」
「鳩です」
帽子の中から。
ぽっ。
「鳩、座ってないでしょう」
「予約席です」
真意ちゃんは冥理ちゃんの手元を見る。
白いカード。
すぐ裏返された。
「それ」
「私宛です」
「昨日の?」
「はい」
「何て書いてある?」
「企業秘密です」
「見せて」
「嫌です」
昨日と同じ。
でも今日は、冥理ちゃんの笑顔が少し硬い。
真意ちゃんはカードへ手を伸ばさなかった。
代わりに赤い箱を見る。
「今のは推測。確定じゃないけど」
「はい」
「何か待ってる?」
冥理ちゃん。
一拍。
「また明日、と」
カードを指で挟む。
「書いてありました」
「誰が?」
「分かりません」
「観客?」
「分かりません」
「中の人?」
「それも」
冥理ちゃんはカードを胸ポケットへしまった。
「分からないことだけ分かりました」
真意ちゃんは眉を寄せたが、それ以上は聞かなかった。
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昼。
何も起きない。
冥理ちゃんは普通のカードを切り始めた。
ぱら、ぱら。
「何してるの」
「待ち時間です」
「手品は禁止」
「練習です」
「同じ」
「全然違いますよ」
カードが一枚、指の間から消える。
次の瞬間には袖口。
真意ちゃんが見る。
冥理ちゃんが笑う。
「普通の手品から試しましょう」
「何も起きてないのに?」
「だからですよ」
ぱら。
また一枚。
午後三時十七分。
赤い箱の留め金が。
かち。
二人の手が同時に止まった。
箱の蓋が、指一本分だけ開く。
中から白いカード。
床へ落ちる。
表。
今日は、私が見せます。
冥理ちゃんの目が丸くなる。
真意ちゃんは虫眼鏡を出しかけ。
止めた。
カードの下に。
もう一行。
座ってください。
冥理ちゃん。
「……」
真意ちゃん。
「嬉しそう」
「いえ?」
「顔」
「気のせいです」
「嘘」
冥理ちゃんはもう座っていた。
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廊下の照明が一灯だけ落ちた。
赤い箱の上。
銀貨。
一枚。
誰も置いていない。
真意ちゃんは虫眼鏡を上げる。
【銀貨】
【物質】
【異常改変:なし】
「触らないで」
「触ってませんよ」
冥理ちゃんの両手は膝。
銀貨が立つ。
縁で。
ゆっくり。
一周。
ころ。
倒れる。
次に。
赤いカップが三つ。
箱の中から滑り出した。
小さな玉。
一つ。
カップの下。
右。
中央。
左。
手はない。
糸も見えない。
それでも道具は、昔から誰かがそうしてきたみたいに動いた。
冥理ちゃんの笑みが消えていく。
怖がっている顔ではない。
見逃すまいとしている顔。
カップが止まる。
冥理ちゃんが中央を指した。
「ここです」
真意ちゃん。
「正解を決めないで」
「決めてません」
中央。
空。
右。
空。
左。
空。
玉は。
冥理ちゃんの帽子のつばに乗っていた。
「……」
冥理ちゃんが帽子を脱ぐ。
玉。
ころり。
掌へ。
「上手ですね」
パチン。
拍手。
一回。
遠い。
観客。
来ている。
だが公演は止まらない。
白いカードがもう一枚。
次です。
真意ちゃんが低く言う。
「見られてる」
「はい」
「続ける?」
冥理ちゃんは玉を箱へ戻した。
「私が演じているわけではありません」
「だから聞いてる」
少しだけ間。
冥理ちゃんは前を向いた。
「見ます」
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次はカード。
三枚。
全部ジョーカー。
冥理ちゃんが吹き出す。
「雑ですねえ」
一枚が裏返る。
赤。
もう一枚。
黒。
最後。
白紙。
冥理ちゃん。
「なるほど」
「分かったの?」
「いいえ」
白紙を指す。
「演出か異常か、判定は一拍置きます」
白紙。
文字が浮く。
ありがとうございます。
冥理ちゃんが少し黙った。
真意ちゃんは何も言わない。
その時。
パチン。
観客の拍手。
今度は近い。
白紙の文字が消える。
代わりに。
まだ見ないで。
前とは違う筆跡。
真意ちゃんの指が虫眼鏡へ掛かる。
冥理ちゃんが首を振った。
「今は触らない方が、舞台としてはきれいですね」
「あなたまで言う?」
「私の台詞です」
「そうだった」
観客の拍手。
もう一回。
パチン。
すると。
全ての道具が止まった。
照明まで。
音まで。
一瞬だけ。
厨房の換気音も。
遠い話し声も。
ない。
冥理ちゃんの右手が。
閉じる。
本人が驚いて見る。
「……真意ちゃん」
「開かないで」
「はい」
「何かある?」
「あります」
「いつから?」
「分かりません」
真意ちゃんは拳を見る。
タグ。
【冥理・右手】
【内容物:1】
「私が確認するまで開かないで」
「承知しました」
三秒。
五秒。
周囲の音が戻る。
換気扇。
食器。
遠くの呼び出しベル。
白いカード。
最後の一行。
どうぞ。
真意ちゃんが頷く。
冥理ちゃんが。
ゆっくり指を開いた。
銀貨。
一枚。
最初に箱の上にあったものとは違う。
古い。
縁が少し潰れ。
表面に細かな傷。
冥理ちゃんは笑わなかった。
「知ってる?」
「……いいえ」
真意ちゃん。
虫眼鏡。
【所有者:冥理】
【状態:返却】
【取得時刻:____】
その下。
読み取れない。
ノイズ。
「返却」
冥理ちゃんが小さく復唱する。
真意ちゃん。
「消えたと決めるのは早い」
「はい」
「あなたのだった証拠はタグだけ」
「はい」
「記憶は?」
「ありません」
「なら」
虫眼鏡を下ろす。
「今は不明でいい」
冥理ちゃんが銀貨を親指で弾いた。
高く。
一回転。
受け止める。
「では」
ようやく。
少し笑う。
「預かっておきます」
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【公演記録 No.013】
出演者:
不明。
観客:
冥理。
公演内容:
通常奇術に類似。
因果改変の直接証拠なし。
最終演目で冥理の右手内部へ銀貨が出現。
銀貨タグ:
【所有者:冥理】
【状態:返却】
由来:
不明。
冥理本人に所有記憶なし。
本物だったか:
__________
記録を閉じたあと。
冥理ちゃんは自室で帽子を逆さにした。
銀貨を入れようとして。
手が止まった。
帽子の底。
布地の一箇所だけ。
丸く色が違っていた。
銀貨を重ねる。
ぴたりと合った。




