第12話「見せたのは、何でしょう?」
【公演記録 No.012】
演目:公開奇術
会場:ぱんでむ・劇場区画 第七舞台前
出演者:冥理
立会人:真意
観客:不明
備考:
今回は隠蔽を行わない。
追加備考:
冥理本人の提案による。
---
「駄目です」
「まだ何も言ってませんよ?」
「その箱を置いた時点で駄目」
真意ちゃんは廊下の中央で立ち止まった。
第七舞台の扉から三メートル。
その真正面。
赤い箱。
冥理ちゃんが両手で抱えられるくらいの、ごく普通の手品箱だった。
少なくとも。
見た目は。
「片付けて」
「新品です!」
「そういう問題じゃない」
冥理ちゃんは箱の天板を軽く叩いた。
乾いた木の音。
「今日は」
にこり。
「見せます」
真意ちゃんの目が細くなる。
「何を」
「手品を」
「誰に」
「お客様に」
廊下。
誰もいない。
それでも真意ちゃんは、反射的に虫眼鏡へ手を掛けた。
冥理ちゃんが首を振る。
「探さないでください」
その一言だけ。
真意ちゃんの指が止まった。
「……理由」
「探したら」
冥理ちゃんは赤い箱の留め金を外した。
「向こうも隠します」
昨日。
消えた廊下。
戻った空間。
戻らなかった一本のポテト。
真意ちゃんは虫眼鏡から手を離した。
「で?」
「ですから」
箱を開く。
中。
白い鳩。
一羽。
ぽっ。
「隠さなければいいんです」
---
鳩は箱の縁へ足を掛けた。
冥理ちゃんが指で胸を押し戻す。
「まだですよ」
ぽっ。
「待ってください」
ぽぽっ。
「出演者が勝手ですね」
「あなたに似たんじゃない?」
「心外です!」
鳩が出てくる。
冥理ちゃんが戻す。
真意ちゃんがため息をついた。
異常が始まってから。
冥理ちゃんは少し変わった。
勝手に手品を始めるところは変わらない。
むしろ増えた。
ただ。
一度止められたことだけは。
覚えている。
昨日も。
因果を書き換えなかった。
今日も。
まだ。
使っていない。
「計画を聞く」
真意ちゃんが言った。
「簡単ですよ」
冥理ちゃんは箱を閉じる。
「鳩を消します」
「普通」
「普通です」
「それだけ?」
「それだけ」
「タネは?」
「秘密です」
「能力は?」
「使いません」
「本当に?」
「普通の手品です」
真意ちゃんは冥理ちゃんの顔を見る。
「どうして」
少し間。
「それが対策になるの」
冥理ちゃんは答えず。
箱を。
第七舞台の扉からさらに遠ざけた。
一メートル。
二メートル。
壁際。
「お客様が」
その位置を決めてから。
「見たいものを」
白い手袋で箱を示す。
「こちらで決めます」
真意ちゃんの眉が動いた。
冥理ちゃん。
笑う。
「隠すから探されるんです」
---
赤い箱。
鳩。
ハンカチ。
三枚のカード。
小さな銀貨。
全部。
廊下へ並べられた。
第七舞台前。
なのに。
妙に。
普通の手品会場だった。
「始めますよ」
冥理ちゃんが言う。
「私は?」
「見ていてください」
「それでいいの?」
「はい」
「観測が増える」
「増やします」
真意ちゃんが黙る。
冥理ちゃんはステッキを出した。
「大丈夫です」
「何が」
「今回は」
赤い箱を軽く叩く。
「全部、本当に見せます」
鳩。
箱。
中。
空洞。
底。
側面。
冥理ちゃんは箱をひっくり返す。
何も落ちない。
元へ戻す。
鳩を入れる。
蓋。
閉じる。
「種も」
留め金。
一つ。
「仕掛けも」
二つ目。
「あります」
真意ちゃんが顔を上げた。
冥理ちゃんは満面の笑顔。
「普通の手品ですから!」
「そこは『ありません』でしょう」
「嘘はいけません」
「奇術師が言う?」
「奇術師だからです!」
ステッキ。
一振り。
布。
箱へ。
かぶせる。
廊下の空調で。
布の端が。
わずかに揺れた。
冥理ちゃんが。
指。
鳴らす。
ぱちん。
布。
取る。
箱。
開く。
空。
鳩。
いない。
「……」
真意ちゃんが箱を見る。
「普通?」
「普通です」
「どこへ」
「秘密」
「調べていい?」
「どうぞ」
真意ちゃん。
虫眼鏡。
箱。
【木製箱】
【内部:空】
【異常改変:なし】
冥理ちゃん。
【能力使用:なし】
真意ちゃんが。
ゆっくり虫眼鏡を下ろす。
「本当に普通」
「でしょう?」
「鳩は」
冥理ちゃんは。
何も言わない。
その代わり。
帽子。
とん。
叩く。
中から。
ぽっ。
鳩。
真意ちゃん。
「帽子に移した?」
「はい」
「どうやって」
「手品です」
「今までで一番まとも」
「褒められました!」
---
拍手。
パチン。
一回。
廊下。
空気が。
変わった。
真意ちゃんの肩が僅かに硬くなる。
冥理ちゃんは。
頭を下げた。
「ありがとうございます」
「……来た」
「はい」
白い椅子。
ない。
黒い観測経路。
ない。
虫眼鏡を使わなくても。
分かる。
見られている。
冥理ちゃんは次のカードを持つ。
「では」
三枚。
広げる。
「次です」
真意ちゃんが小声で言う。
「続けるの?」
「そのために始めました」
カード。
赤。
黒。
ジョーカー。
表を。
見せる。
裏返す。
混ぜる。
速い。
指先。
乾いた摩擦音。
一枚。
真意ちゃんへ。
「どうぞ」
「私?」
「お好きなものを」
真意ちゃんが一枚抜く。
ジョーカー。
「当たり」
冥理ちゃんが笑う。
「正解は決めてないでしょう」
「はい」
「じゃあ当たりじゃない」
「今、決めました」
真意ちゃんが一瞬止まる。
冥理ちゃん。
笑顔。
「能力じゃありませんよ」
「……」
「手品師の口です」
「紛らわしい」
「重要なんです」
冥理ちゃんはカードを回収した。
「正解なんて」
三枚。
重ねる。
「後から決めてもいい」
真意ちゃんが。
冥理ちゃんを見る。
その瞬間。
パチン。
二度目。
拍手。
---
冥理ちゃんの手が止まった。
ほんの。
半秒。
真意ちゃんは見逃さない。
「今の」
「はい」
「狙った?」
「半分」
「半分?」
「お客様に」
冥理ちゃん。
カードを箱へ戻す。
「見てほしかったんです」
「何を」
冥理ちゃんが。
第七舞台へ背を向ける。
完全に。
「正解を」
一歩。
真意ちゃんの側へ。
「作らなくても」
また一歩。
「手品はできます」
真意ちゃん。
理解する。
観客が学んだのは。
選択。
確定。
因果。
観測。
隠蔽。
全部。
冥理の超常の側。
だから。
冥理ちゃんは。
それを。
使わない。
「能力じゃない冥理を」
真意ちゃんが言いかける。
「言わなくていいですよ」
冥理ちゃんが遮った。
笑っている。
でも。
真意ちゃんの言葉を。
珍しく。
先に止めた。
「説明すると」
冥理ちゃん。
鳩の頭を。
指で一度撫でる。
「また、問題になります」
真意ちゃんは。
黙った。
その沈黙へ。
三度目。
拍手。
パチン。
---
直後。
第七舞台の扉。
一度だけ。
鳴った。
コン。
二人。
振り返らない。
コン。
もう一度。
冥理ちゃんの鳩が。
羽を膨らませる。
真意ちゃんが。
扉を見ないまま。
「中」
「はい」
「反応してる」
冥理ちゃんは。
ステッキを握った。
でも。
使わない。
コン。
三回目。
その直後。
廊下の照明。
一つ。
消える。
端から。
一灯。
次。
一灯。
こちらへ。
向かってくる。
「冥理ちゃん」
「はい」
「観客?」
「分かりません」
さらに。
一灯。
暗闇。
近づく。
以前なら。
隠される。
消される。
何かが。
見えなくなる。
冥理ちゃんは。
赤い箱を。
廊下の中央へ蹴った。
箱。
滑る。
暗闇との間。
止まる。
「何してるの」
「舞台を広げます」
「は?」
冥理ちゃんが。
声を張った。
「さあ!」
一礼。
「次の演目です!」
照明。
止まる。
暗闇。
箱まで。
あと一灯。
冥理ちゃん。
箱。
指す。
「こちらをご覧ください!」
真意ちゃん。
「本当に誘導する気?」
「今度は」
冥理ちゃん。
笑う。
「堂々と」
暗闇の端。
ちら。
白い何か。
真意ちゃんの指。
虫眼鏡へ。
行きそうになる。
止める。
見ない。
冥理ちゃんは。
銀貨を一枚。
高く。
投げた。
回転。
光。
落下。
箱の上。
カン。
鳴る。
「消えます!」
冥理ちゃん。
手。
かぶせる。
離す。
銀貨。
ない。
パチン。
拍手。
今度は。
すぐ近く。
そして。
照明。
一つ。
戻る。
次。
戻る。
暗闇が。
後退していく。
「……効いてる」
真意ちゃん。
冥理ちゃん。
笑う。
「見たいものがあるなら」
次の銀貨。
「見せてあげればいいんです」
---
銀貨。
カード。
鳩。
ハンカチ。
小箱。
くだらない。
普通の。
手品。
一つ終わるたび。
照明が戻る。
観客は。
それを。
見る。
第七舞台を。
見ない。
少なくとも。
今は。
最後。
冥理ちゃん。
帽子を脱ぐ。
「それでは」
底。
見せる。
空。
「最後の演目」
真意ちゃんが見る。
冥理ちゃんの手。
僅かに。
震えている。
疲労。
ではない。
次に。
何を見せるか。
考えている。
観客を。
飽きさせないために。
観客を。
第七舞台へ戻さないために。
延々。
手品を続けるつもりだった。
「冥理ちゃん」
「はい?」
「終わり」
「まだできますよ」
「終わり」
「でも」
「それ」
真意ちゃん。
冥理ちゃんの手首を掴む。
「いつまでやる気」
冥理ちゃん。
答えない。
「一晩?」
「……」
「一週間?」
「……」
「ずっと?」
冥理ちゃん。
笑う。
それで。
十分だった。
真意ちゃんが。
帽子を奪った。
「終わり」
「真意ちゃん」
「これは」
帽子。
抱える。
「あなた一人が隠す話じゃない」
冥理ちゃんが。
珍しく。
すぐには取り返さない。
廊下。
静か。
拍手。
ない。
真意ちゃんは。
第七舞台を。
見ない。
「帰る」
一拍。
冥理ちゃん。
「はい」
---
二人。
歩き出す。
赤い箱。
そのまま。
カード。
銀貨。
ハンカチ。
全部。
散らしたまま。
冥理ちゃんが。
三歩。
歩いて。
振り返りそうになる。
真意ちゃんが。
袖を引く。
「見ない」
冥理ちゃん。
前を向く。
「片付けが」
「後」
「カードが」
「後」
「鳩が」
ぽっ。
帽子の中。
真意ちゃんの腕から。
鳴く。
「連れてる」
「良かったです」
二人。
角。
曲がる。
その瞬間。
第七舞台前。
誰もいない。
赤い箱。
カード。
銀貨。
ハンカチ。
普通の手品道具。
その向こう。
扉。
閉じたまま。
しばらく。
何も起きない。
やがて。
赤い箱の蓋が。
ひとりでに。
開く。
中。
一枚。
カード。
冥理ちゃんが。
入れていない。
白紙。
そこへ。
文字。
浮かぶ。
もっと見せてください。
少し。
間。
その文字の上へ。
別の筆跡。
一本。
黒い線。
横切る。
消す。
代わりに。
一行。
今日は、もう終わりです。
その下。
さらに。
小さく。
また明日。
---
翌朝。
冥理ちゃんは。
第七舞台前で。
赤い箱を拾った。
カード。
一枚。
中。
真意ちゃんが。
横から見る。
「何て書いてある?」
冥理ちゃん。
しばらく。
黙る。
カードを。
裏返す。
「内緒です」
「見せて」
「嫌です」
「調査」
「駄目です」
「冥理ちゃん」
冥理ちゃんは。
カードを。
胸元へ。
隠した。
「これは」
少しだけ。
嬉しそうに。
「私宛ですから」
真意ちゃん。
眉間に皺。
「……勝手にしなさい」
「はい!」
歩き出す。
冥理ちゃん。
追う。
真意ちゃん。
振り返らない。
冥理ちゃんは。
カードを。
もう一度だけ。
見る。
また明日。
その文字。
端。
小さな。
黒い指紋。
一つ。
冥理ちゃんは。
それを。
指で消さなかった。
---
【公演記録 No.012】
結果:
第七舞台への観測集中を、通常奇術によって一時的に逸らすことに成功。
因果改変。
空間操作。
未使用。
観客は。
超常現象だけを求めているわけではない可能性。
ただし。
終了後。
第七舞台前に残した道具内部へ。
未知のカードが出現。
記載内容:
未記録。
冥理が。
記録を拒否。
本物だったか:
__________
真意は。
その空欄だけを書き。
ペンを置いた。
今回。
追及しなかった。




