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11/12

第11話「消したのは、何でしょう?」


【公演記録 No.011】


演目:消失奇術

会場:第七舞台前廊下

出演:冥理、真意

観客:確認不能


備考:


第七舞台は開封されていない。


箱も、見ていない。


それなのに。


一つ、減った。



---


昼過ぎ。


第七舞台の前で、冥理ちゃんは床に座っていた。


膝の上に帽子。


隣に紙袋。


中身は昼食らしく、甘い匂いが封の隙間から漏れている。


「何してるの」


真意ちゃんが来ると、冥理ちゃんは顔だけ上げた。


「お昼です」


「ここで?」


「はい」


「監視?」


「いいえ」


冥理ちゃんは紙袋から細長い揚げ物を一本抜いた。


「留守番です」


「誰の」


一口。


さく。


「中の方の」


真意ちゃんの足が止まった。


扉には昨日の紙が残っている。


観客による観測禁止


その下。


新しい文字はない。


「勝手に役割作らないで」


「だって」


冥理ちゃんは扉を見ない。


向かいの壁を見たまま、もう一口かじった。


「見ないでほしいんでしょう?」


「たぶんね」


「でしたら、誰かが見そうになった時だけ追い払えばいいんです」


「どうやって」


「接客で」


「観客に?」


「お客様なら得意分野です!」


真意ちゃんは眉間を押さえた。


「相手、注文しないでしょう」


「おすすめはできます」


「何を」


冥理ちゃんは紙袋を差し出した。


「ポテト」


「いらない」


「美味しいですよ?」


「そういう意味じゃない」


廊下の空調が鳴っている。


遠くでトレーが重なる音。


第七舞台だけを切り取れば異常の塊なのに、壁一枚向こうでは昼営業が続いている。


冥理ちゃんは三本目を取った。


真意ちゃんが、その手を止めた。


「待って」


「取ります?」


「違う」


床。


冥理ちゃんの左。


紙袋から伸びる影。


右。


帽子の影。


その奥。


扉の下。


黒い線が一本。


真意ちゃんは虫眼鏡を出した。


【影】


次。


【帽子】


次。


扉の下。


何も出ない。


「……」


「どうしました?」


「そこ」


冥理ちゃんは見ない。


「見ていいんです?」


真意ちゃんが一瞬黙った。


その確認が、以前ならなかった。


「床だけ」


冥理ちゃんが視線を落とす。


黒い線。


ゆっくり。


伸びている。


扉の隙間からではない。


壁際からでもない。


何もない床の中央から、生えている。


冥理ちゃんはポテトを袋へ戻した。


「お客様ですか?」


「分からない」


虫眼鏡。


黒い線。


【観測経路】


真意ちゃんの指が止まる。


「経路?」


「何と何の?」


さらに読む。


【接続先:未確定】


黒い線が、一センチ伸びた。


先端が。


第七舞台の扉へ向く。


「来てる」


真意ちゃんが言った。


「何が?」


「観測」


冥理ちゃんは立ち上がった。


帽子を被る。


「観客ではなく?」


「観客そのものは見えない。でも」


線。


もう一センチ。


「見るための道だけ先に作ってる」


冥理ちゃんが扉と線の間へ入った。


「冥理ちゃん」


「はい」


「退いて」


「嫌です」


即答だった。


真意ちゃんが目を上げる。


「理由」


「留守番ですので」


「遊びじゃない」


「知っています」


笑っている。


でも、ステッキは出さない。


帽子にも手を入れない。


「中の方から」


冥理ちゃんは扉を背にした。


「見ないでと言われました」


黒い線。


伸びる。


「ですから」


靴先まで来る。


「見せません」



---


真意ちゃんは線を追った。


観測経路。


物質ではない。


空間でもない。


ただ、見る側と見られる側の間に成立する関係だけが、黒い線として見えている。


切る?


違う。


切った結果を観客が観測すれば、それすら学習される。


隠す?


昨日の「声の方」と同じことをしても、方法が分からない。


冥理ちゃんがしゃがんだ。


線の先端。


靴先まで数センチ。


「触らないで!」


「触りませんよ」


人差し指を近づける。


触れない。


指先と線。


一センチ。


「なるほど」


「何」


「これ」


冥理ちゃんの笑みが深くなった。


「手品にできます」


「駄目」


「まだ何も」


「その顔の時は大体やる」


「信用がありませんねえ」


「積み上げた結果よ」


線。


冥理ちゃんの靴を避けた。


真意ちゃんが止まる。


左へ。


迂回。


「……避けた」


冥理ちゃんも黙る。


右へ足を出す。


線。


反対へ曲がる。


もう一歩。


避ける。


冥理ちゃん。


笑う。


「私を見たくないみたいです」


「違う」


真意ちゃんの視線が線を辿る。


「あなたが邪魔なんだ」


第七舞台だけを見たい。


冥理ちゃんは対象ではない。


障害物。


なら。


冥理ちゃんが右へ。


線が左へ。


左へ。


右へ。


小さな追いかけっこ。


三度目。


冥理ちゃんが急に止まった。


「真意ちゃん」


「何」


「これなら」


帽子を脱ぐ。


床へ置く。


「消せます」


「何を」


「道を」


「能力は使わないで」


「使いません」


冥理ちゃんは帽子を逆さにした。


普通なら何でも出てくる穴。


今日は。


何も出さない。


ただ。


黒い線の進路上へ置いた。


線。


帽子を避ける。


冥理ちゃんが帽子を動かす。


線も曲がる。


また置く。


避ける。


一歩。


また。


まるで迷路。


真意ちゃんが気づく。


「誘導してる?」


「はい」


「どこへ」


冥理ちゃんは答えない。


帽子。


靴。


紙袋。


廊下にある物だけを使う。


線はそれらを避け続ける。


少しずつ。


扉から離れる。


十センチ。


三十。


一メートル。


真意ちゃんの虫眼鏡越しで。


【接続先:未確定】


揺れる。


冥理ちゃんは最後に。


自分自身を。


線の前へ置いた。


壁。


帽子。


紙袋。


冥理ちゃん。


逃げ道。


一つ。


廊下の奥。


線がそちらへ伸びる。


「今です」


「何をするの」


「何もしません」


冥理ちゃんは笑った。


「ただ」


線。


さらに伸びる。


「出口を用意しただけです」


観測経路が。


角を曲がった。


第七舞台から。


見えなくなる。


その瞬間。


ふっ。


消えた。



---


静寂。


空調。


紙袋から油紙が擦れる音。


真意ちゃんはしばらく虫眼鏡を下ろさなかった。


「……消えた」


「はい」


「因果の奇術は?」


「使ってません」


「空間操作」


「してません」


「じゃあ今の何」


冥理ちゃんは帽子を拾った。


埃を払う。


「普通の手品ですよ」


「どこが」


「お客様の視線を」


帽子を被る。


「別の場所へ誘導しただけです」


真意ちゃんが口を開き。


閉じた。


確かに。


何も消していない。


何も変えていない。


相手が避ける性質を利用して、見たいものから逸らしただけ。


「……手品師」


「はい?」


「初めて役に立った気がする」


冥理ちゃんが胸を押さえた。


「今まで!?」


扉の下。


紙。


すっ。


二人とも止まる。


文字。


ありがとうございます。


冥理ちゃんが嬉しそうにしゃがむ。


真意ちゃんが肩を掴んだ。


「近い」


「読んだだけです!」


文字。


続く。


今の方法は、もう使わないでください。


冥理ちゃんの笑顔が止まる。


真意ちゃんも。


紙を見る。


次。


見られました。


廊下。


冷蔵設備の低い振動だけが残る。


冥理ちゃんが、ゆっくり帽子から手を離した。


「……誰に?」


紙。


しばらく。


何も。


そして。


観客に。


真意ちゃんの指が虫眼鏡を握り直す。


今。


観測経路は消えた。


追い払った。


成功した。


そう思った。


違う。


観客は。


第七舞台を見られなかった。


代わりに。


冥理がどうやって見せなかったかを見た。


パチン。


遠く。


拍手。


一回。


冥理ちゃんが振り返らない。


「覚えられましたね」


真意ちゃんは答えない。


扉の下の紙。


さらに。


一行。


次は、向こうも隠します。


その瞬間。


廊下の角が。


消えた。


壁ではない。


暗闇でもない。


そこに何があったのか。


思い出せない。


冥理ちゃんの紙袋から。


一本。


ポテトが転がった。


ころころ。


床を走る。


そして。


存在しない角へ入り。


消えた。


二人とも。


動かなかった。


しばらくして。


冥理ちゃんが。


紙袋を閉じた。


「真意ちゃん」


「何」


「私」


消えた角を見る。


「手品を教えるの」


一拍。


「上手すぎません?」


真意ちゃんは。


笑わなかった。



---


【公演記録 No.011】


観客は、冥理の「観測対象から逸らす手法」を確認した可能性がある。


直後、同種と思われる現象が発生。


廊下一区画について、


位置。


形状。


接続先。


記憶。


すべてが参照不能となった。


重要:


今回初めて。


観客は。


何かを「見る」ためではなく。


見せないために学習した。


第七舞台は。


まだ開いていない。


箱も。


まだ見ていない。


しかし。


守っている側だけが。


隠せるわけではなくなった。


本物だったか:


__________


翌朝。


消えた廊下は。


戻っていた。


ポテトだけが。


戻らなかった。

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