魂喰い
「世界一の、冒険者……」
赤く染まったフールの目が、一瞬、揺らいだ。
意識の中の暗闇で、影の獣に組み敷かれていたフールの耳に、その言葉が、微かに届いた。
――世界一の、冒険者……。
「そうだ! お前が、俺を誘ったんだろ! 二人で、世界一になろうって!」
ワイズは、剣で受け止められながらも、叫び続けた。
「あの時のお前は、誰よりも眩しくて、俺を仲間に選んでくれて……。俺は、その夢を、今でも忘れちゃいない!」
『……黙れ!』
グレイヴの声が、焦ったように響いた。意識の中の影の獣も、フールを押さえつける力を、一瞬、緩めた。
――ワイズ……そうだ、俺たちは、まだ、道の途中だったじゃねえか。
フールは、暗闇の中で、必死に手を伸ばした。指先に、微かな光が触れた。
「うおおおおおおお!」
フールの叫びが、暗闇に響き渡った。影の獣の体を、内側から突き破るように、フールの意識が、光となって弾けた。
現実の世界でも、フールの動きが、少しずつ鈍くなっていった。
「フール! 思い出せ!」
「ワイズ……お前と、一緒に……」
フールの声が、少しずつ、自分のものに戻っていった。
「世界一の……冒険者に……なるって……約束、しただろ……!」
フールは、震える手で、剣の柄を握った。目に、赤い光ではなく、フール自身の、強い意志の光が戻っていた。
「お前の力なんか、もう、いらねえ!」
フールの叫びと共に、剣から、フールの体が、引き剥がされるように離れた。剣は、地面に転がった。
「フール!」
ワイズが、駆け寄った。フールは、地面に座り込んだまま、荒い息をついていた。
「ワイズ……俺、お前を、傷つけようと……」
「お前のせいじゃない。あの剣のせいだ」
「フールさん、本当に、正気に戻ってくれて、良かったでごわす」
グレンが、心底ほっとした様子で言った。
「あんたが、無事で、本当に良かった」
ミレナも、目に涙を浮かべながら、フールの肩に、そっと手を置いた。その温もりに、フールの胸が、じんと熱くなった。
だが、安心したのも束の間だった。地面に転がった剣から、黒い影のようなものが、じわじわと立ち上がってきた。
「まだ、消えてない……!」
黒い影は、みるみるうちに、巨大な獣のような姿へと膨れ上がっていった。
『我が真の姿を、見せてやろう。我は、ソウルイーター。強き魂を喰らい、復活するために、貴様を器として選んだのだ』
「ソウルイーター……!? まさか、そんな伝説の魔物が……」
ワイズが、驚愕の声を上げた。
「みんな、油断しないで! こいつは、正真正銘、本物の化け物だ!」
ミレナが、仲間たちに叫んだ。ガロンも、武器を構えて身構えた。
「フール、あなたは、少しでも体を休めてください」
ガロンが、力強く言った。その言葉に、フールの胸が、また熱くなった。
「くっ、どこを攻撃しても、効いちょる感じがせんとです!」
グレンが、剣で斬りつけながらも、うめいた。だが、そのとき、グレンの目が、何かに気づいた。
「待てよ……こいつ、心臓の辺りだけ、色が違うでごわす!」
グレンが叫んだ。よく見ると、黒い影の胸の辺りに、小さく赤黒い光が、脈打つように光っていた。
「あれが、弱点か……!」
フールが、よろめきながら立ち上がった。
「フール、無理するな!」
「いや、俺がやる。あいつを、ここで終わらせる。みんな、俺のために、ここまで闘ってくれたんだ。今度は、俺の番だ」
フールは、拳を握りしめた。剣はもう、手放している。だが、フールの中には、まだ、確かな力が残っていた。仲間たちの想いが、フールの背中を、力強く押していた。
「グレンさん、ミレナと一緒にフールとワイズが、攻撃できる隙を作りましょう」
「わかりもした! ミレナさん、合わせて行きもんそ!」
グレンとミレナが、示し合わせたように、左右からソウルイーターへと斬りかかった。
「くらいなさい!」
ミレナも、身を低くして懐に飛び込み、鋭いナイフを、その脚に突き立てた。
『ぐ、ぐああああ!』
三人がかりの猛攻に、巨大な影は、たまらず、大きくのけぞった。ほんの一瞬、胸の弱点が、無防備にさらされる。
「今よ、フール! ワイズ!」
ミレナが、叫んだ。
「フール、合わせてくれ!」
「へっ、お前が俺に合わせろよ!」
ワイズが杖を掲げ、フールが拳を固く握りしめる。
「うおおおおお!」
フールの拳が、黒い影の弱点――胸の赤黒い光に向かって、渾身の一撃を放つ。
それと同時に、ワイズの杖から放たれた光の魔法も、寸分違わず同じ場所へと撃ち込まれた。
拳と魔法が、同時に、光の中心を貫いた。
『ば、馬鹿な……我が、人間ごとき力に……!』
黒い影は、大きな悲鳴を上げながら、少しずつ、消えていった。地面に転がっていた剣も、粉々に砕け散った。




