魔剣の正体
夜の路地で、フールとワイズは向かい合っていた。
「話って、何だよ」
「お前を追放したこと、本当に悪かったと思ってる」
「今さら、謝ったって、何も変わらねえよ」
「わかってる。それでも、言わせてくれ」
ワイズは、フールをまっすぐ見た。
「フール、覚えてるか。俺たちが初めて会った日のこと」
「……忘れるわけ、ねえだろ」
「俺は、小さい頃から魔法が使えた。それだけで、村のみんなに気味悪がられてた。誰も、俺に近づこうとしなかった」
「ああ、覚えてる。俺が話しかけたら、お前、すげえびっくりした顔してたよな」
「あの時、お前だけが、俺を怖がらなかった。それどころか『一緒に世界一の冒険者になろうぜ』なんて、強引に誘ってきた」
「懐かしいな、それ」
フールの表情が、少しだけ和らいだ。
「あの時から、お前は俺にとって、かけがえのない親友だったんだ。だから、追放したことも、ずっと後悔してる」
「……」
「フール、ミレナもガロンも、お前を心から心配してる。俺だけじゃない。みんな、お前のことが心配なんだ」
その言葉に、フールの心が、大きく動いた。あの日、拠点を出て以来、ずっと胸の奥に抱えていた寂しさが、少しずつ溶けていくようだった。
「フール、その剣を、俺に見せてくれないか」
フールは、少し迷った。だが、剣を鞘から抜いて、ワイズに見せた。
「フール、この剣……」
ワイズの顔が、みるみる青ざめていった。
「なんだよ、知ってるのか」
「昔、本で読んだことがある。持ち主の怒りや憎しみを力に変える代わりに、持ち主の命を、少しずつ奪っていく呪われた剣の話だ」
「命を、奪う……?」
フールの声が、震えた。
「そうだ。その剣を使い続ければ、お前の寿命は、どんどん削られていく」
「そんな……嘘だろ」
「嘘じゃない。信じてくれ」
その言葉に、フールは、体の力が抜けるのを感じた。
――そんなこと、聞いてない。
「なんで、俺に何も言わなかったんだよ……」
フールは、剣に向かって、小さくつぶやいた。
「フール、聞いてるのか? その剣を持ち続ければ、お前は死ぬんだぞ」
「なんで、今さらそんなことを言うんだよ。お前らが俺を追い出さなければ、俺はこんな剣、手に入れなかった」
フールの声に、怒りがにじんでいた。
「それは……」
ワイズは、言葉に詰まった。
「悪かったよ。俺の判断が、間違ってたのかもしれない。でも、今は、お前の命が大事なんだ」
「今さら、命が大事とか言われてもよ」
フールは、剣を強く握りしめた。
そのとき、フールの持つ剣が、赤黒い光を放ちはじめた。
『――邪魔が入ったな』
「な、なんだ、この光は……」
『我の正体を知った以上、貴様を生かしておくわけにはいかぬ』
「フール、その剣を離せ!お前を操ろうとしてるんだ!」
『貴様の怒りは、まだ消えておらぬ。ならば、我はまだ、貴様の中で生き続けられる』
「うるさい……」
フールは、地面に膝をついたまま、荒い息をついていた。剣は、まだ赤黒く光っていた。
『何を迷っている。貴様には、我の力が必要なはずだ』
「うるせえ……」
フールは、剣を握る手に、力を込めた。だが、その手は、震えていた。
「フール、その剣を手放すんだ」
ワイズが、フールの前にしゃがみこんで言った。
『こうなっては仕方がない。貴様の体はいただくぞ!』
グレイヴの声が、勝ち誇ったように響いた。次の瞬間、フールの視界が、真っ赤に染まった。
――な、なんだ……体が、熱い……!
フールの意識は、深く暗い場所に、引きずり込まれていった。気づくと、フールは、真っ暗な空間に、一人で立っていた。
『ここは、貴様の心の中だ』
赤黒い光をまとった、巨大な影が、フールの目の前に立ちはだかった。それは、剣の姿ではなく、まるで牙をむいた獣のような、恐ろしい姿をしていた。
「お前……グレイヴ、なのか」
『そうだ。もう、遠慮する必要はない。貴様の体は、我がもらった』
「ふざけるな! 俺の体は、俺のものだ!」
フールは、影に向かって、拳を振り上げた。だが、拳は、影をすり抜けるだけだった。
『無駄だ。ここでは、貴様に、我を止める力はない』
影の獣が、大きく口を開けた。フールを、丸ごと飲み込もうとするかのように。
「くそ……くそっ……!」
フールは、必死にもがいた。だが、体は、少しずつ、影に飲み込まれていく。
現実の世界では、真っ赤な目をしたフールの体が、剣を構えたまま、ワイズに向かって、まっすぐ突っ込んでいった。
「フール!?」
ワイズが、驚いて後ずさった。
赤い目をしたフールが、剣をワイズに振り下ろそうとした、その瞬間。
「危ない!」
横から飛び出したミレナが、ワイズを突き飛ばした。剣は、地面を大きく抉った。
「ミレナ? みんな、どうしてここに……」
ワイズが、驚いて声を上げた。そこには、ミレナ、ガロン、そしてグレンの姿があった。
「ワイズの様子が、最近おかしかったから。こっそりついてきたのよ」
ミレナが、油断なく剣を構えながら言った。
「正解だったみたいですね」
ガロンも、杖を構えた。
「あれが、噂の覆面の剣士……フールさんでごわすか」
グレンが、緊張した面持ちでつぶやいた。
「フール、正気に戻れ!」
ワイズが叫んだ。だが、赤い目をしたフールは、何も答えず、再び剣を構えた。
『無駄だ。この体は、もう我のものだ』
グレイヴの声が、フールの口から漏れた。
――くそ、体が、動かねえ……!
フールの意識の中では、まだ、闘いが続いていた。真っ暗な空間で、影の獣に組み敷かれながら、フールは、必死にもがいていた。
『諦めろ。貴様の怒りは、我にとって、極上の糧だ』
「うるさい……うるさい! 俺は、まだ……!」
「フール! 俺の声が、聞こえるか!」
ワイズは、必死に叫び続けた。仲間たちが、フールの動きを食い止めようと、次々に立ち向かっていく。
「くっ……この動き、明らかに人間の出せる速さじゃなかと!」
グレンが、剣を受け止めながら、うめいた。額から汗が、いく筋も流れ落ちていた。
「フール、思い出せ! 『世界一の冒険者になる』って、お前が言った夢を!」
ワイズの叫びが、戦いの中に響き渡った。




