大事な仲間だから
それから数週間、フールの噂は、冒険者ギルドの中で静かに広まっていった。
「聞いたか? 最近、一人で高難度の依頼をこなしてる冒険者がいるらしいぜ」
「ああ、赤黒い剣を持った、覆面の剣士だろう」
酒場のあちこちで、そんな会話が交わされていた。誰も、その剣士の正体を知らなかった。
「なんでも、邪魔する奴には容赦がないらしい。魔物だけじゃなく、邪魔になった盗賊団まで、一人で壊滅させたって話もある」
「怖い話だな。冒険者っていうより、まるで殺し屋みたいじゃねえか」
そんな噂は、やがて『飛竜の爪』の耳にも届くことになる。
「最近、変な噂を聞いたんだけど」
ミレナが、そんな話を切り出した。
「赤黒い剣を持った覆面の剣士の話? 私も聞いたわ」
「へえ、そんな凄腕がいるのか」
ガロンが感心したように言った。だがワイズだけは、その噂を聞いた瞬間、なぜか胸騒ぎを覚えていた。
「……赤黒い剣、か」
「ワイズ、どうかしたの?」
「いや……何でもない。ただ、その剣士のこと、少し気になってな」
ワイズの頭の中に、あの夜、拠点の窓から見た、路地裏に光る赤黒い光の記憶が、うっすらと蘇っていた。
「もしかして、フールと関係あると思ってるの?」
ミレナが、鋭く言い当てた。
「ワイズ、あんた、思ったこと、ちゃんと口に出しなさいよ。一人で抱え込むのが、あんたの悪い癖なんだから」
「……そうだな。すまない」
ワイズは、素直に頭を下げた。ミレナのまっすぐな指摘に、少しだけ、心が軽くなった気がした。
「もし本当にフールが関わってるなら、絶対に、見過ごすわけにはいかないわ。あいつは、私たちにとって、腹の立つことも多かったけど……大事な仲間だったんだから」
ミレナの言葉に、ガロンも深く頷いた。
「私も同じ気持ちです。フールの身に、何か良からぬことが起きているのなら、力になりたいと思います」
その言葉に、ワイズの胸が、じんと熱くなった。
――俺だけじゃない。みんな、フールのことを、ちゃんと想ってくれてたんだ。
翌朝、ワイズはギルドへ行き、受付嬢に、覆面の剣士について尋ねてみた。
「その方が使っている剣、赤黒く輝いていて、少し禍々しい印象があるんです」
その言葉に、ワイズの胸が、大きく波打った。
「……ありがとう。参考になった」
ワイズは礼を言うと、重い足取りでギルドを後にした。拠点に戻ると、ミレナとガロンが、心配そうに出迎えてくれた。
「どうだった?」
「フールかもしれない。噂の剣が、赤黒く光る禍々しい剣らしいんだ」
「そう……。ワイズ、あんた、フールを探しに行くんでしょ」
ミレナが、静かに聞いた。
「ああ」
「なら、私たちも協力するわ。何かあったら、すぐに知らせて」
「私も、いつでも駆けつけます」
二人の言葉に、ワイズは、深く頷いた。一人で抱え込まなくていい。そう思えることが、これほど心強いとは、ワイズは、初めて知った気がした。
その夜、ワイズは一人で、拠点を出た。行き先は、覆面の剣士がよく現れるという、街の外れの酒場だった。
店の隅、フードを深くかぶった男が、一人で座っていた。ワイズは、まっすぐその男に近づいた。
「……フールだろう」
男は、ゆっくりとフードを外した。そこにいたのは、確かにフールだった。だが、その目つきは、以前とは違っていた。
「よう、ワイズ。久しぶりだな」
「フール、お前、いったい何をしてるんだ。噂は聞いてるぞ」
「別に、お前には関係ないだろ」
「関係ないわけないだろ! お前は、俺の――」
「親友、とでも言うつもりか?」
フールは、皮肉っぽく笑った。
「親友なら、あんな形で追い出したりしないだろ」
「あれは、パーティのために――」
「パーティのため、パーティのため。お前はいつもそう言うよな。俺の気持ちは、一度でも考えたことがあるのか?」
フールの声が、少し大きくなった。
「もういい。お前とは、話すことなんてねえよ」
フールは立ち上がり、剣を手に取った。
「待て、フール。その剣、どこで手に入れたんだ」
「関係ないだろ」
「関係あるんだよ! その剣、絶対に普通のものじゃない。それに、ミレナやガロンだって、お前のこと、ずっと心配してたんだぞ」
その言葉に、フールの足が、一瞬止まった。
「……あいつらが、俺のことを?」
「当たり前だろ。ミレナは『腹の立つことも多かったけど、大事な仲間だった』って言ってた。ガロンも、お前の身を案じて祈ってた」
フールの胸に、小さな痛みが走った。だが、まだ素直になれない自分がいた。
「うるせえ。もう関係ねえって言ってるだろ」
フールは、店を出ていった。ワイズは、その後を追いかけた。
「フール、待ってくれ!」
夜の路地で、ワイズはフールに追いついた。
「フール、頼む。話を聞いてくれ」
ワイズの真剣な声に、フールは、少しだけ足を止めた。




