心地よい黒い力
魔剣を手に入れてから、フールの生活は変わり始めていた。フールは毎日、森へ通うようになった。
森の中で、フールは剣を抜き、素振りを始めた。以前なら、すぐに息が上がっていたはずの動きも、今は驚くほど楽にこなせた。
「よし、次はあいつだ」
木々の間から、狼のような魔物が現れた。フールは、迷わず斬りかかった。
一閃。
赤黒い光が、空を切った。魔物は、あっという間に倒れた。
「……こんなに、簡単だったか」
『どうだ、我が力は』
「ああ、正直驚いてる。これなら、一人でやっていけるかもしれねえ」
『そうだろうとも。貴様はもはや、あの程度の仲間を必要とはしない』
その言い方に、フールは少しムッとした。
「あの程度、って言うな。あいつらは、俺の――」
『仲間、か。だが貴様を切り捨てたのは、その仲間たちだったはずだ』
図星を突かれ、フールは黙り込んだ。
「……確かに、そうだけどよ」
『貴様には、もう仲間なんて必要ない。我さえいれば、貴様は誰よりも強くなれる』
「誰よりも、強く……」
その言葉が、フールの心に、深く染み込んでいった。だが同時に、心のどこかで、小さな声が、そっと囁いていた。
――本当に、それだけでいいのか?
「……うるせえ、黙ってろ」
フールは、自分自身に向かって、そう吐き捨てた。頭の中の温かい記憶を、無理やり押し込めるようにして。
森からの帰り道、フールはギルドの前を通りかかった。掲示板には、いろんな依頼が貼られていた。
「討伐対象:大型の熊型魔物。単独での討伐は危険。パーティでの受注を推奨」
以前なら、素直にパーティを探しに行っただろう。だが今のフールは、その注意書きを見て、ただ笑うだけだった。
「……一人で、十分だな」
その夜、宿の鏡の前で、フールは自分の顔を見つめた。目の奥に、以前にはなかった、冷たい光が見えた気がした。
『いい顔になってきたな』
フールは、何も答えなかった。ただ、剣を握る手に、これまでにない力強さを感じていた。
「はは……こいつは、たまらねえな」
フールは、思わず笑みをこぼした。誰にも文句を言われず、思う存分に力を振るえる。それは、これまで感じたことのない、確かな充足感だった。
腰の魔剣が、フールの高揚に応えるように、かすかに脈打っていた。
翌日、フールは一人で、あの熊型魔物討伐の依頼へ向かった。魔剣を持ったフールにとっては、もう大した障害ではなかった。
森の奥で、フールは巨大な熊型魔物と出会った。フールは剣を構え、静かに間合いを詰めた。熊が飛びかかってくる。フールはそれを冷静に見切り、剣を一閃させた。
赤黒い光をまとった刃が、熊の体を切り裂く。何度か斬りつけると、あれほど強かった魔物は、地面に倒れた。
「……終わったな」
剣をおさめながら、フールは深い満足感に包まれていた。
強くなっていく自分。誰の指図も受けず、思うがままに剣を振るえる自由。フールは、この感覚に、確かな心地よさを覚え始めていた。
『気に入ったようだな』
「ああ。こんなに簡単に片が付くなら、これまでの苦労は何だったんだって話だ」
フールは、討伐した魔物の素材を持って、ギルドへ向かった。
ギルドで報酬を受け取ると、思っていたよりずっと高い金額だった。
「あなた、ずいぶん腕を上げましたね」
「……今は、一人でやってる」
フールは、それだけ答えて、報酬を受け取ると、ギルドを出た。
宿への帰り道、フールは報酬袋の重みを感じながら、これまでにない満足感に浸っていた。
「……悪くない人生じゃねえか」
そう呟きながらも、ふと、フールの脳裏に、以前のことが浮かんだ。依頼を終えたあと、みんなで拠点に戻り、ガロンが淹れてくれるハーブティーを飲みながら、その日あった出来事を、他愛もなく話し合っていたことを。
――一人でも、平気なはずだ。
そう自分に言い聞かせながらも、フールの胸の奥には、埋めきれない何かが、確かに存在していた。
宿に戻り、フールは自分の体を確かめてみた。ただ、ほんの一瞬、腕の付け根に、しびれのような違和感を覚えた。
「……気のせいか」
すぐにその感覚は消えた。フールは、それ以上気にしなかった。
『これからも、我と共に励むがいい』
「ああ。お前のおかげで、俺は変われた気がする。ところでこの痺れみたいなの、気にしなくていいんだよな?」
『気にすることはない。少し力を使いすぎただけだろう』
「そうか。ならいいや」
フールは、鏡に映る自分を見つめて、小さく笑った。この力に、どんな意味が隠されているのか――そんなことは、フールは深く考えなかった。ただ、強くなっていく自分自身が、今は何よりも心地よく感じられていた。




