濃い口調の新しい前衛
一方その頃、『飛竜の爪』の拠点では、ワイズが書類を見て、難しい顔をしていた。
「やっぱり、前衛が足りないな……」
フールが抜けたことで、パーティの力は下がっていた。そして案の定、ランクも下がってしまった。
「ワイズ、あんまり根詰めないでよ」
ミレナが、そっとお茶を淹れて、ワイズの前に置いた。ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、そういう細やかな気遣いを、誰よりも欠かさないのがミレナだった。
「ありがとう、ミレナ。……悪かったな。フールを辞めさせるとはいえ、あんな態度取らせて」
「ワイズが一番辛いはずでしょ。私が嫌われる程度で済むならいくらでも嫌われてやるわ」
ミレナは、そう言って、少しだけ微笑んだ。その優しさに、ワイズの肩の力が、わずかに緩んだ。
「それなんだけど」
ミレナが、一枚の紙を差し出した。
「知り合いのギルド職員から聞いたの。いい戦士がいるって。名前はグレン。腕は確かだし、慎重な戦い方をするタイプなんだって」
「会ってみよう。今のうちに、パーティを立て直さないと」
数日後、拠点にグレンがやってきた。整った顔立ちに、鋭い目つき。見るからに腕が立ちそうな、精悍な雰囲気をまとった青年だった。
「はじめもす。グレンと申しもす。よろしゅう頼んもす」
その一言に、拠点は、一瞬、静まり返った。
「……えっ?」
ミレナが、思わず、間の抜けた声を上げた。ガロンも、ワイズも、ぽかんとした顔で、グレンを見つめていた。
見た目の鋭さと、口から出てきた、のんびりとした訛り。その大きな落差に、誰もが、頭の中が追いつかなかったのだ。
「あの……グレン、今の喋り方、何?」
ミレナが、恐る恐る聞いた。
「ああ、これでごわすか。おいどんは、東の海の向こう、島国の生まれでごわしてな。こん国とは、言葉の訛りが、だいぶ違うとです」
「東の、島国……」
「そこは、剣術がとても盛んな国でごわす。おいどんも、そこで剣を鍛えもした」
「そ、そうなんだ……」
見た目の凛々しさとは裏腹の、のんびりとした喋り方に、ミレナは、思わず笑いをこらえるように口元を押さえた。
「なんか、ちょっと、面白いとこあるのね、あんた」
「お、面白い、でごわすか……? そげん風に言われたのは、初めてでごわす」
グレンは、少し照れくさそうに、頬をかいた。その仕草もまた、精悍な見た目とは不釣り合いなほど、素朴なものだった。
「よろしく、グレン。俺はワイズだ。パーティのリーダーをしている」
「グレン、腕のほうは、期待していいのかしら」
ミレナが、値踏みするように聞いた。
「口で言うても、伝わらんでごわしょう。まずは、この目で見てもらうのが、一番早かとです」
その言葉通り、初めての依頼で、グレンの実力は、はっきりと示されることになった。
依頼は、洞窟に巣くう、大型の岩トカゲの討伐だった。硬い鱗に覆われた岩トカゲは、並の武器では歯が立たないと言われている魔物だった。
「みなさんは、下がっとってくいやい。おいどん一人で、十分でごわす」
グレンは、そう言うと、剣を構えたまま、岩トカゲに向かって、静かに間合いを詰めていった。その眼光の鋭さに、先ほどまでの、のんびりとした雰囲気は、もうどこにもなかった。
「一人で大丈夫なの? あの鱗、生半可な攻撃じゃ、傷一つつかないのよ」
ミレナが、心配そうに声をかけた。
「見ちょってくいやい。鱗が硬かなら、鱗のない場所を、突けばよかだけの話でごわす」
岩トカゲが、大きな尾を振り回してきた。グレンは、それを紙一重でかわすと、トカゲの懐に、するりと入り込んだ。
「ここでごわす!」
グレンの剣が、トカゲの喉元――鱗の生えていない、唯一の弱点を、正確に貫いた。岩トカゲは、大きな咆哮を上げると、そのまま地面に崩れ落ちた。
「な……! 一撃で、急所を……!」
ワイズが、驚きの声を上げた。
「弱点さえわかれば、これほど硬か相手でも、そう時間はかからんとです」
グレンは、涼しい顔で、剣についた汚れを拭った。その立ち姿は、まさに一流の戦士そのものだった。
「グレン、さっきの判断、助かったよ。無理に力押しせず、ちゃんと弱点を見極めてから動いてくれて」
ミレナがそう声をかけると、グレンは静かに頷いた。
「無理に突っ込んでも、良かことはなかとです。よう見て、よう考えて動く。それが、一番の近道でごわす」
「……あんた、戦ってるときは、めちゃくちゃ格好いいのに、喋ると台無しよね」
ミレナが、思わず本音を漏らした。
「た、台無しでごわすか……。すんもはん、生まれつきの訛りは、なかなか直らんとです」
グレンが、しゅんとした様子で頭を下げた。その落差に、ガロンも、思わず声を上げて笑った。
「グレンさん、その謙虚さも、あなたの美点だと思いますよ」
ガロンが、優しく声をかけた。グレンは、照れくさそうに頭をかいた。
「やっぱり、グレンを迎えて正解だったな」
「うん。危なっかしさがない分、安心できるわ」
夕食の席で、ガロンが笑った。
「フールがいた頃は、毎回ヒヤヒヤさせられてたからな。今のほうが、よっぽど安心して依頼を受けられる」
「そうね。正直、フールがいなくなって清々してるところもあるわ」
そう言いながらも、ミレナの声には、どこか、無理に明るく振る舞っているような響きがあった。
ワイズだけは、その会話に加わらず、黙って食事をしていた。
「ワイズ、どうしたの? 浮かない顔して」
ミレナが尋ねると、ワイズは首を振った。
「いや……何でもない。フールのやつ、今頃どうしてるかと思ってな」
「私だって、気になってないわけじゃないわよ」
ミレナが、ぽつりとつぶやいた。
そのとき、グレンだけが、じっと窓の外を見ていた。
「グレン、どうかしたか?」
「……いいえ、何でもなかです。ただ、少し嫌な気配を感じた気がして」
「嫌な気配? どんな感じだ」
「うまく言葉にできんとですが……以前、別の街で、似た気配を感じたことがあって。そん後、その街で、よからんことが起きたとです」
「よからんこと、って何だよ」
ガロンが、心配そうに聞いた。
「気のせいかもしれもはん。すんもはん、変なことを言うて」
グレンは、それ以上は語らなかった。
食事のあと、ワイズは一人、拠点の窓辺に立ち、夜の街を見下ろしていた。その視線の先、遠くの路地裏で、赤黒い光がかすかに光っていたことに、ワイズはまだ、気づいていなかった。




