見返してやる
裏通りの安酒場に、フールはふらりと入った。今夜は、何もかも忘れて飲みたかった。
「フール、いい加減にしなよ」
行きつけの酒場の女将が、心配そうに言った。
「毎日毎日、飲んでばかり。体を壊すよ」
「うるせえよ。俺には、もう他にすることがねえんだ」
「新しいパーティを探せばいいじゃないか。あんたの腕なら、すぐに見つかるだろうに」
「もう、誰かと組むのは、こりごりなんだよ」
フールは、酒を一気に飲み干した。頭の中には、追放された時のことばかりが浮かんでいた。同時に、ミレナやガロンの、あの申し訳なさそうな顔も、脳裏から離れなかった。
――あいつら、本当は、俺を嫌いだったわけじゃないのかもな。
そう思いかけては、フールは頭を振って、その考えを追い払った。今は、誰の顔も思い出したくなかった。
「ワイズ……お前まで、俺を見限ったのかよ」
酔った足取りで、フールは酒場を出た。夜遅く、人通りのない裏路地を、あてもなく歩いていく。
「兄さん、ずいぶん荒れてるね」
隣の酒場から出てきたのか、フードをかぶった老人が声をかけてきた。フールは、面倒臭そうに顔を上げた。
「うるせえ。放っておいてくれ」
「まあまあ。俺も昔、仲間に裏切られたことがあってね。気持ちはわかるよ」
老人は、静かに笑った。その目の奥に、一瞬だけ、奇妙な光が宿った。
「兄さん、何があったんだい」
「……仲間に、追放された。理由なんて、俺には納得できねえよ」
「そりゃあ、辛かったろう」
老人は、うんうんと頷いた。
「怒りってのは、人を強くするものさ。今よりずっと強くなれる方法があったら、兄さんはどうする?」
「そんなもん、あるわけねえだろ」
「いやいや、この世には、色んな不思議なものがあるものだよ。例えばね、この街の裏路地……古い蔦に覆われた小道の奥に、不思議な祠があるって噂を、聞いたことはないかい?」
老人は、意味深に笑いながら、そう言った。
「祠? そんなの知らねえよ。何が言いたいんだ、じいさん」
「いやなに、ただの世間話さ。もし気になったら、行ってみるといい」
フールは、その言葉を、酔った頭で軽く聞き流した。
「そんな怪しい話、誰が信じるかよ。じいさん、あんたも暇だな」
フールは鼻で笑って、酒を飲み干した。老人は、それ以上は何も言わず、ただ静かに笑っていた。
「まあ、そのうち、わかるさ」
老人は、そうつぶやくと、静かに席を立ち、店を出ていった。フールは気にも留めなかった。
翌日の夜、フールはまた一人で街をふらついていた。ふと、見覚えのない小道が目に入った。蔦がからみついた、古い道だった。
「……昨日の、じいさんが言ってたやつか」
半信半疑のまま、フールはその小道に足を踏み入れた。奥には、確かに古い祠があった。祠の中には、一振りの剣が刺さっていた。
剣の刃は、赤黒い色をしていた。柄には、見たことのない模様が刻まれていて、うっすらと光っていた。
「なんだ、こりゃ……。本当にあったのかよ」
フールは、迷わずその剣を握った。
その瞬間――
体の中に、何かが流れ込んできた。剣が、さらに強く光りだした。
『――我を手にした者よ』
頭の中に、声が響いた。
「な、なんだ、この声! お前、何なんだよ!」
『我は魔剣グレイヴ。多くの英雄と、多くの復讐者を生み出してきた剣だ』
「復讐者……?」
『貴様の中にある、その怒り。それが、我を目覚めさせる力になる』
「俺の、怒り……」
『貴様が望むなら、我は力を貸そう。誰よりも強い剣士に、貴様はなれる』
その言葉に、フールの心が、大きく揺れた。
――強くなれる。あいつらを見返してやれる。
そう思う一方で、フールの脳裏には、ふと、ワイズやガロン、そしてミレナの顔が浮かんだ。あの日、円卓を囲んで笑い合った、何気ない時間の記憶が。
――いや、今は、そんなこと考えてる場合じゃねえ。
フールは、頭の中の温かい記憶を、無理やり振り払った。
「俺は……」
フールは、剣を握る手に、力を込めた。
『よかろう。ならば、我が力を貸してやろう』
赤黒い光が、フールの体を包んだ。何かが、確かに変わり始めていた。
しばらくして、光がおさまった。フールは、剣を持ったまま、ぼうっと立っていた。試しに剣を振ってみると、これまでにない、なめらかな動きだった。
「これが、魔剣の力……」
宿に戻る道すがら、フールは、剣から伝わる不思議な熱を感じていた。
『我の力は、気に入ったか』
「……お前、これから、どうするつもりなんだよ」
『貴様が望むなら、我は貴様と共にある。真に強さを求めるなら、その怒りを、我に見せるがいい』
グレイヴは何も答えなかった。だが、胸の中の小さな炎が少しずつ、熱を帯びていくのを感じていた。
「なあ、お前は、本当に俺を強くしてくれるのか」
『もちろんだ。貴様は、これから、誰も文句を言えないほど強くなる』
その言葉に、フールは、少しだけ安心したような気がした。目を閉じると、いつの間にか、深い眠りに落ちていった。




