カーテンの町
その町はほとんどが一軒家の民家ばかりだった。町を半分に割るように中央を大きな道路が通っていて、その道路脇をほとんど同じ背格好の家々が等間隔で並び、大きなビルやスポーツスタジアム、公共施設のようなものは見当たらず、本当にただ人が住んでいるだけの空間が、数キロ先まで続いている。
そのように書くと、どれほど殺風景な光景広がっているのかと思われるかもしれないが、実際は、その町の光景に私はしばし目を奪われてしまった。
どの民家の窓にも、色鮮やかで汚れのひとつもないカーテンが掛けられていたからだ。
燃えるようなオレンジ、新緑のようなグリーン、青天のようなブルーのカーテンが、一つひとつの家の窓にあり、家の形がほとんど立方体に近いことで、カーテンを遮るものが少なく、その色や模様、形を遠目でもはっきりと確認することが出来る。
そのような家が道路を挟んで四方に広がっている。道路は定期的に自動車が無遠慮に通過し、その風圧で家々カーテンが波打つように揺れる。その光景は、無数のカラフルな旗が一斉にはためいているようにも見える。
カーテンを眺めているだけでいくらでも時間が潰せそうだが、この町に来るまでに丸一週間歩き通しだったことを思い出し、私はフラフラと道路の右側の町に入り込んでいった。
民家しかない場所だが、親切にも部屋を貸してくれるという家族に会い、図々しくもその住居にお邪魔することとなった。あまり広いとは言えない家屋だったが、家具が少なく、よく整理整頓がされた室内は、見た目以上に広く感じる。そこで暮らす子供がまだ幼いことも幸いし、私一人寝転んでもスペースに余裕がありそうだ。
私は窓際に歩み寄り、ガラス越しにあの素晴らしいカーテンを眺めた。この家のカーテンは桜のような淡いピンク色をしていた。だが、じっくり観察していく内にある違和感に気付いた。
この家のカーテンは、「外側」に掛けられている。普通カーテンは、家の内側に掛けられるものだ。部屋の中から窓ガラスを挟んでカーテンを見るなど、本来はないことだ。車の風圧に煽られて、カーテンが旗のように揺れるということも、よくよく考えたら、どの家のカーテンも外にあるから起きる現象だ。
カーテンが家の三方に掛けられていることも気になる。つまり立方体の家の一方が玄関で、残り三方に窓があるということだ。日当たりを良くするという目的があるのかもしれないが、カーテンで覆っていなければ二七〇度の方角から部屋の中を見られることになる。そしてその肝心のカーテンは外側にあるのだ。
一度気になるとそわそわするが、このことを住人に尋ねるのもどうだろう。奇妙に思いこそすれど、摩訶不思議とは言い難い。この程度のことなら、単純に建築の文化が独特なだけかもしれないし、突然来訪した私を快く泊めてくれた家族の、気に障るようなことになれば事だ。
結局私は詮索せず、家族の用意してくれた家庭料理をご馳走になりながら、家の外で不規則に揺れる桜色のカーテンを眺めていた。
その夜。家族の用意してくれた布団で休ませてもらっていた私だが、途中で目が覚めてしまった。
元々眠りは浅い方なのだが、外から大きな音が聴こえてきたのが原因だった。あれは車の走る音だ。町の真ん中を通る道路を、何台もの車が高速で走っているようだ。こんな夜中に迷惑なことだ。この町の住人達は、この家の家族は気にならないのだろうか。
隣で寝る家族の方に目をやると、幼子と添い寝する母親だけで、父親の姿が見えない。家の中のどこにも居ないようだ。外に出て、騒音の文句でも言いに行ったのだろうか。そう考えながら一方の窓を見ると、寝る前はそこにあったはずの桜色のカーテンが消えていた。
いや、消えているのではなく、上に「捲り上げられて」いる。一体どうしてだと考えている内に、別の方角のカーテンも捲り上がっていくのが見えた。外に居る誰かがカーテンを捲っているのだ。さすがに私は布団から這い出て、玄関の外に飛び出した。
外に居たのは父親だった。彼は屋根の上に登り、捲った三方のカーテンを一つに結んでいる最中だった。夜中と言えど、これでは家の中が丸見えではないか。「何をしているんです?」と私は彼に声を掛けた。
父親は私に気付くと、慌てて屋根から降り、私に駆け寄ってきた。
「あんた! 今の時間は外に出てると危ないぞ!」
「え? しかし貴方も……」
「おれは準備してたんだ。ほら、隣でもやってるだろう? そろそろ『でっかいの』が来るからな」
父親が指さす方を見ると、隣の家でも家長らしき男性が外に出て、カーテンを屋根の方に捲ってそれを結んでいるのが見えた。
隣だけではない。町中の家々で、同じようにカーテンを捲って屋根に結び付けている人々が居る。彼らは作業が終わると、みんな足早に家の中へ戻っていく。まるで何かから逃げるように。
その時だった。町を通る道路の向こうから、大きな重低音が響き渡った。
「早く! いそいで!」
父親がそう言いながら私の腕を掴み、家の中に引っ張り込むように戻った。
家の中に入る寸前、私は見た。
道路の向こうから高速で走ってくる、巨大な物体を。
それはパイプだの、歯車だの、あらゆる工業部品がごちゃ混ぜになったようなもので、まるで機械工場そのものが疾駆しているようにも見えた。
父親が私を家に引き込み、玄関のカギを掛ける。
刹那、恐ろしい轟音が町中に響き渡る。あの巨大な物体が横切る音、それによって生じる暴風の音。
「どっかに掴まってろ!」
父親が叫び、私は言われた通り家の柱にしがみつく。風に煽られてなのか、家がガタガタと震えだす。このような環境においても、母親や幼子が起きる気配はない。意外とタフな人達だな、と呑気に考えたところで、次の変化が私を襲った。
それは浮遊感だった。身体が空中に投げ出されるような感覚。私は無意識に窓の外に目をやって、その浮遊感の正体に気付いた。
家が、飛んでいる。
ものすごいスピードで、家が地面から上に遠ざかっていく。あの巨大な物体によって生じた風圧により、上空に吹き飛ばされたのだ。
パニックになりかけた私に父親が声を掛ける。「大丈夫だ。さっきカーテンを張ったから」それを聞いた私は覚束ない足取りで窓のそばに歩み寄った。
天井で結び付けた三方のカーテンが、パラシュートのように膨らんでいた。それは桜色の気球のようにも見えた。
この家だけではない。燃えるようなオレンジ、新緑のようなグリーン、青天のようなブルーの気球に吊るされた家々が、町の上空を飛んでいる。
「朝までには地面に着くから、それまでゆっくりしてな」
そう言って父親は自分の布団に戻っていったが、私は窓から離れることができなかった。
東方がわずかに白みだした大空に浮かび上がる、色とりどりのカーテン気球の様子を、私はいつまでも眺め続けていた。




