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町々  作者: 賽藤点野
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8/12

海に転がる町

 霧のような微小な雨粒が時折思い出したように服を湿らせる。白く明るい曇り空は雲の切れ目が分からないほど延々と続いていて、この海岸線全体が白い箱に詰められた砂と水からなるテラリウムのようにも思える。

 目に映る色は空の白、砂浜の白と灰、海の黒、それだけだ。今までも色々な海岸と港町に訪れてきたが、ここまで静かで、色味の少ない場所は初めてだ。私はここを一人で歩いているが、寂しさは感じない。余計な情報の詰まった私の精神が、無地の世界に流れ、染みつき、溶け込んでいくようで、不思議な爽快感すら覚えている。

 ただ心が安らいでも、身体はそうはいかない。昨日の昼に携帯食料は尽きて空腹だし、ここ数日間ずっと野宿でまともな睡眠も取れていない。あるいはこの海岸なら心地良い眠りに就けるかもしれないが、今私がするべきなのは近くの町を見つけることだ。

 しかし白い砂浜と黒い海が延々と続くこの海岸に、果たして人の居住地があるものだろうか。道端の草木を嚙みながら空腹に耐え、あと何日も歩き続けることになるのか。そう考えていたところで、白と黒の空間の中にある変化を見つけた。

 前方の浜辺に、灰色の岩のようなものがいくつも転がっている場所があった。ただの岩場のようにも見えるが、岩の大きさ形は遠目にも均等に見え、岩同士は一定の間隔を置いて並んでいる。

 あれは人の手が入った場所だ。そう確信した私は荷物を抱え直し、歩く速度を少し上げた。


 果たして、私はそこで人の姿を見ることができた。それも結構な賑わいで、百人にいくかいかないかくらいの住人が、そのコミュニティで暮らしていた。

 砂浜に転がる灰色の岩は、彼らが暮らす家屋だ。内側がくり抜かれた「かまくら」のような形をしていて、中には生活道具や、用途によっては食糧の詰められた壺、漁や大工の道具の入った箱が置かれている。室内はそこまで広いとは言えないが、このような家が砂浜に何個も転がっているため、住む場所には困っていなそうだ。

 住人達は口数少なく表情の変化にも乏しいが、寡黙ながら協力して働いている様子をよく見かけるため、気難しい性格というわけでもなさそうだ。現に今も、アポも無しにいきなり現れた私のような厄介者をどこに泊めてやるか、十人くらいで静かに協議をしてくれている。物静かで働き者の彼らは、この海の土地柄によく合っていると思う。

 やがて一人の男性が立ち上がり、私に目配せした。上裸姿で逞しい身体を晒している。出で立ちや土地柄からして漁師だと思うが、他の港町の漁師と比べるとあまり肌が焼けていない。ここは一年を通して今日のような曇り空で、太陽が出る日は稀なのかもしれない。

 ドルツカと名乗った男性は、岩の家の一つから手製の船を引っ張り出し、私を伴って海へ出た。干し草を編んで作られた船で、船首と船尾が下に細く垂れるような形をしている。一見元気の無さそうな印象を覚える船だが、ドルツカが(かい)を漕ぐと、海面を滑るように進んだ。ドルツカの腕が良いのか船の性能が良いのかは分からないが、波による揺れはほとんど感じない。

 沖に向かって十数分ほど船を進めたところで、ドルツカは櫂を止めた。次に、船に積み込んでいた長いロープを持った。端に大きな釣り針がついていて、身体ごと振るうようにしてそれを海に投げ込む。針の重みでロープが沈んでいき、ある程度時間が経つと、ロープのもう一端を下に垂れる船首の干し草に固く結び付けた。

 それらが済むと、ドルツカは船に座り込み、じっと動かなくなった。私も彼の正面に大人しく座り込んでいるのだが、正直困惑している。

 私は今夜泊まる宿に案内してもらえるものと思っていたのだが、どうして漁を手伝わされているのだろう。働かざる者食うべからずというか、宿泊するなら少し仕事をしていけということだろうか。そうであれば私に拒む理由もないのだが、いかんせんドルツカも他の住人も寡黙故、彼らの真意が分からないのが不安だ。

 そのようにして数分か、数十秒が経った時、船が前方に大きく傾いた。

 船首に結び付けたロープが強く張っていて、船首の干し草の束が海面に向かって大きくしなっている。獲物が掛かったのだ。

 ドルツカが私に向かって怒鳴りつける。言葉の要領は得ないが、おそらくロープを引き上げるのを手伝えと言ったのだろう。

 だが、ドルツカはロープではなく、船首の干し草を抱きかかえるように掴んだ。そして怒鳴りながら、私と自分の背とを交互に目で追っている。

 私はわけが分からないまま、ドルツカの大きな背中を抱きしめた。それを合図のように、ドルツカが船首を思い切り後ろに引っ張る。自然、私はそれをサポートするようにドルツカの身体を後ろに引っ張っていく。

 ドルツカと私の引っ張る力に船首がピンと張り、やがて段々と、後方に向かってしなり始める。

 その時は一瞬だった。大きくしなった船首が、バネが弾いたように、後ろに大きく反り返った。

 その力により、海中に垂らされたロープが一気に引き上げられる。ロープの先端の針に掛かった獲物が宙に浮き、真っ白な曇り空に黒いシルエットを映す。

 そして獲物はロープと共に、船の後方にドスンッと落下した。衝撃で船が後ろに傾き、振り落とされぬようドルツカは船首を固く抱きしめ、私はドルツカの背中を抱きしめる。

 転覆するんじゃないかと思えるほど大きな揺れを十数回繰り返した後、船はようやく平行に安定した。私は恐る恐るドルツカの背中から離れ、自分達が釣り上げた獲物を確認してみた。

 それは、先ほどの砂浜に何個も転がっていた、あの灰色の岩だった。

 呆然とする私を余所に、ドルツカは平然と櫂を漕ぎ始め、元来た海路を戻り始めた。これで仕事が済んだようだ。手慣れたドルツカの様子と、船と、釣り上げた岩を順々に見ながら、私は段々冷静に考えられるようになった。

 この海岸線に並ぶ家々は、みんなこうして釣り上げられたものなのだ。船そのものを使って「家」を引き上げる漁を繰り返していく内、船首と船尾が下に向かって垂れる形に変化していったのだろう。あるいは、他の魚も先ほどのように釣り上げているのかもしれない。

 今釣り上げたこれは、今夜私が泊まるための宿というわけだ。ドルツカはしっかり役目を果たしてくれたのだ。長居するわけでもない旅人の私に、新しい家を用意するという最大限のもてなしで。特に説明も無く、私自身に手伝わせはしたが。


 この町の人達の静かな温かみに触れながら、少し気になった点について考える。それは引き上げた岩の形だ。私はこの灰色の岩の中身を削って、家として住めるような形に加工していると考えていたのだが、それは間違っていた。

 岩は初めから中身がくり抜かれ、出入りができるような穴が開いていた。だから人の手でも、海中から引き上げることが出来る。

 では、海岸に暮らす人々が加工したものでないのなら、なぜこの岩はこのような形をしているのだろう。自然のものにしては、それはあまりに綺麗で、「暮らしやすい」形をしている。私は船の縁から海を見つめた。

 暗い海の底には、均等の大きさの灰色の岩が、一定の間隔で何個も転がっていた。

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