家具背負いの町
町にはその町独特の文化があり、そこで暮らす住人の姿も千差万別だ。今まで見てきた中で、私の持つ常識の範疇外の格好をした人や、そもそもの生物相が異なると言える人々も少なくなく、ちょっとやそっとの奇抜な服装くらいでは私も驚かなくなってきた。
しかしこの町の住人は、私の中の予想外の辞書に一項を加える格好、文化を持っていた。
道行く人の一人ひとりが、何らかの「家具」を背負って歩いているのだ。
幼き子供たちは小さな可愛らしい椅子を背負い、体格のしっかりした大人はテーブルや大きな箪笥をさほど重そうにも見えずに堂々と背負っている。小さな軽い家具を背負っている大人も少なからず居る。
遠目だと、あらゆる家具が地面から一メートルほど浮かんで道々を飛び交っているように見え、少し近づけば、家具を背負った人々の姿が大きなヤドカリの群れにも見える。
ただ単に、引っ越しや避難等の理由で、家財道具を運んでいるだけという可能性も考えたが、人々は家具を背負ったまま何食わぬ顔で建物の正面玄関(家具の高さを考慮してか縦に長い)から室内に入り、飲食店では家具を下ろさずに食事をしながら談笑し、子供たちは背負った家具の上からさらにランドセルを背負って学校に向かっている。これはもう、こういう町の文化なのだと私はすぐに理解した。
不思議なのは、人々の家具の「背負い方」だ。
どの家具も、遠目にはっきり種類が分かるくらい、きれいに背負われている。正確に言うと、紐や風呂敷などで縛られているわけではなく、まるで人の背中にぴったりくっついているような形で背負われているのだ。住人が片腕や両腕で家具を支えているわけでもない。あれはどのように行っているのだろう?
町の案内所に赴き、そこで一人のガイドを雇う。艶のある黒い木製の椅子を背負った、若い女性だ。名前はアリーブという。
アリーブは初対面で握手を交わした後、私の背を不思議そうに見つめた。これは彼女に限らず、この町の住人の誰もが私に示す反応だ。アリーブは「失礼ですが、あなたの家具は?」と尋ねてきた。
「持ってません。家財はこれだけです」
そう答えて手提げ鞄を見せると、アリーブは「それはお気の毒に」と呟いた。嫌味でも嘲笑でもなく、純粋な憐れみが籠っているように感じた。この町では家具を背負うことは当たり前のことであり、精神的にも大切なことのようだ。
アリーブの案内を受けながら町を歩く。先ほどは住人の姿にしか目が行かなかったが、建物も中々に奇妙なものだった。ほとんどの建物に看板が掲げられているが、いずれも何らかの家具の形をしていて、その看板は花や色紙によって飾り付けられ、中には看板の上に食べ物が置かれているものもあった。アリーブに尋ねると、あれは「お供え物」だと答えた。
この町は「家具」を崇拝しているのだ。
住人達にとって家具は単なる日用品ではなく、物理的にも精神的にも自分達を支える大切な存在であり、外に居る時も肌身離さず持ち歩くようにしている。
アリーブに「あなた達はいつから家具を背負っているのですか」と尋ねると、「生まれてすぐに家具を背負います」と彼女は答えた。
「子供が出来ると、親は乳児用の小さな家具を作ります。自分で作れない時は友人や職人にお願いして。そして生まれてきた我が子に、一番出来の良い家具を背負わせるんです」
「しかし……どれだけ軽く小さい家具でも、赤子には担げないでしょう?」
話しながら、アリーブが背負う黒い椅子に目をやる。案内所から数百メートルほど歩く中で、椅子は彼女の背中から微動だにせず、本当に背にくっついているようだ。
「あなたもその重そうな椅子を、手も使わずに楽々と背負われてますが、それはどうやっているのですか?」
私は先程の疑問をアリーブに投げかけてみた。すると、彼女はキョトンとした表情になった。
「……? 普通に『背の手』で持っておりますが」
背の手? と私が言った時、視界の隅に大きな影が映った。
影はのそりのそりと、ゆっくりとした動きで近づいて来る。影の差す方向に顔を向けると、そこには「家具の塔」が聳え立っていた。
椅子、机、箪笥、テーブル、本棚にベッドなど、あらゆる家具が高く積まれ、建物と建物の間の道をゆっくりと進んでいる。それは龍が直立した状態で飛行しているようにも見える。
「大背正様です」
アリーブがそう言ったと思うと、地面に膝を付いて、家具の塔に向かって深々と頭を下げた。
周りの住人達も皆同じように地面に屈して頭を下げ、私も遅ればせながらその行動に習った。
頭を下げながら、私はちらりと視線を前に向けた。私達が頭を上げているものの正体は、ただ家具が高く積まれたものではなかった。家具の塔の一番下で、高齢の男性が手を合わせながら歩いている。家具の塔は、すべて男性が背負っているものだ。
高く一直線に積まれた家具は、アリーブ達の背負うものと同じで微動だにせず、男性──大背正の背にくっつくように、共にゆっくりと進んでいる。大背正は上裸で、背中に何かを結んだり、貼り付けたりするようなものは一切見当たらない。なら、一体どのようにして大量の家具を一度に背負っているのか?
答えは明白だった。大背正の背負う家具の一つひとつに、「手」がくっついていたのだから……大背正の背中から生える、何十本もの手が。
私は隣で頭を下げるアリーブの背中に視線を移した。服を着ていて分からなかったが、よく見れば彼女の背中からも一対の手が生えていて(服の背面にはその手用の袖もあった)、彼女はその手でもって黒い椅子を背負っていた。
この町に住む人々は皆、背中に手を生やして生まれてくるのだ。だから生まれたばかりの赤子でも小さな家具を背負うことができる。背中に手があるから家具を背負うようになったのか、それとも家具を背負う生活をしていく内に身体が進化したのかは分からない。少なくとも「背の手」が存在することは、住人達にとっては当たり前のことなのだろう。
それにしても、驚くべきは大背正だ。彼の背中から生える手は一対どころではない。一つの手でいくつ家具を持てるのかは分からないが、少なく見積もっても二十以上の手は生えていることだろう。生える手の数は、住人の中でも個人差があるのだろうか? それとも大背正が特別なのだろうか?
そこで、私は大背正と目が合ったことに気付き、慌てて視線を地面に戻した。
家具の塔の影はゆっくりと、しかしまっすぐ、私の方へ向かってくる。ジロジロ身勝手に観察をしていたことを咎められるのだろうか。身構えていると、コトッ、と何かが置かれる音が聴こえた。
顔を上げると、私の目の前に小さな円形の机が置かれていた。さらに視線を上に向けると、大背正が私のことをじっと見つめていた。
大背正は小さく会釈をしたと思うと、ゆっくりと背を向け、その場から立ち去って行った。彼が背を向けると、私の視界には家具の塔しか映らなくなった。家具の塔が町の奥へ歩き去るまで、住人達はずっと頭を下げていた。
私の目の前には、円形の机だけが残された。
私は今、その机でこの文章を書いている。アリーブの案内したホテルには立派なテーブルが備え付けられていたが、なんとなくこの机を使ってみたかった。
机は天板も脚も分厚い木材で構成されているが、見た目の割には軽く、脚は折り畳むことが出来る。余程足場が悪くなければ、外で使うことも可能だろう。
大背正は、私が旅人だということを見越してこれをくれたのだろうか。ただ単に、家具も持たないみすぼらしい男に同情して、適当なものを与えたのだろうか。
いずれにせよ、これを持ち運ぶには紐か、今よりも大きな鞄を買わなくてはならない。明日の出発前にアリーブに店を教えて貰おう。そんなことを考えながら、窓の外を見やる。
重い家具を軽々と背負って歩く人々を見て、私は背中に手がある彼らをなんだか羨ましく思った。




