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町々  作者: 賽藤点野
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6/12

埋もれた町

 乗り合いバスから遠目にその町の外観を見た時は、透明な四角いケースの中に町が入っているように見えた。

 変わってるとは思ったが、異常なものには見えなかった。これまでも森の木々や格子に囲われた町があったし、町ごと地下のシェルターに格納されている場所があるなんて噂も耳にしているので、これも何らかの防備か防災施設、もしくは単なる(大規模な)装飾に過ぎないと思った。

 だが、町の目の前まで来て、それらの考えは吹き飛んだ。町は透明なケースで囲われていたのではなく、地面から一番高い建物の上空10メートルくらいに至るまで、透明なゼリー状の物質に埋もれていたのだ。食品売場にカットした果物が丸ごと入った透明なゼリーが売られてると思うが、その果物が町に置き換わったような光景が目の前に広がっている。

 私は町の入口で立ち尽くしている。いや、正確には入口が見つからなくて立ち尽くしている。四方八方ゼリーの壁で埋まっていて、隙間の一つも見つからない。仮に隙間があったとしても、このゼリーの海に潜って、その中でまともに行動ができるのか?

「お兄さん、どしたんです?」

 後ろから声を掛けられ振り向くと、五十代くらいの小柄な男性が居た。この人には見覚えがある。そうだ、先ほど乗っていたバスの真向かいに座っていたのがこの男性だった。

 男性は私のような旅人の出で立ちには見えない。それでもここで下りたということは、この町の住人なのか?

「いやあの、この町の入り方が分からなくて……」

「はー、あんたここは初めてかぁ」男性が顎を撫でる。「別に入口なんてねぇよぉ。町なんだから道があるとっから入ればいいべや」

「道? しかしどこもゼリーで覆われて……」

 そう言う私の横を男性がトコトコ歩いていき、ゼリーの壁の前に立つ。そこで初めて、男性が背中に細長いリュックのようなものを背負っていることに気付いた。

 男性が背中に手を回し、リュックから何かを取り出し、それをゼリーの壁に振り下ろした。ゼリーは何の抵抗もなく、50センチほどの塊がペロリと捲れて地面に落ちた。

「これで道が出来た。行くべ」

 男性は金属製のシャベルを手にして微笑んだ。

 道が埋まっていれば掘る。なんともシンプルなアプローチだ。


 男性はハルテスと名乗った。作業服にゴム長靴、毛糸のニットといった出で立ちで、そのいずれもボロボロに使い古しているが、不思議とあまり不潔な印象は無い。

 ハルテスはほい、ほい、ほいと軽妙な手付きでゼリーを掘っていき、私はその後ろに続く。

 外からも分かっていたことだが、やはり町の中まで透明なゼリーでぎっしりと埋め尽くされている。自分の居る空間の外が気体ではない物質で埋まっていると思うと、何とも気鬱な圧迫感を覚えるものだ。この透明な壁が全て崩れて、私達を押し潰すのではないかという嫌な妄想まで浮かんでくる。

「あなたはここで暮らしてるのですか?」

 私の質問に「そんなもんだなぁ」とハルテスが答える。

「他の住人の方もシャベルを使うのですか?」

「そうだなぁ。お、ほらあそこに。オーイ!」

 ハルテスがゼリー掘りを止めて大きく手を振る。その視線の先を追うと、前方から彼と似たような格好で、似たようなシャベルを持ってゼリーを掘っている人物が居た。その人も手を止め、こちらに手を振っている。

 私は周囲に視線を向けてみた。すると、さっきまでは気付かなかったが、町のあちこちで黙々とシャベルを振るう人間の姿が見えた。アリの巣の断面図を覗いているような感覚だ。

「今日は中々賑わってるなぁ。天気が良いからな」

 ハルテスが汗を拭いながら空を見上げる。時刻は正午近く、ちょうど真上に太陽が見える。ゼリー状の物質の透光率はガラスよりも高いらしく、外に居るのと同じくらい陽光を肌で感じる。

 ハルテスと一緒に上を見ていると、大胆にもゼリーを階段状に掘って上って、「空」でトンネルを掘っている住人を見つけた。ゼリーは人一人の体重を支えられるほど頑丈なのだろうか。もし彼が私達の頭上に来た時に、ゼリーが崩れたりなどしたらすぐ逃げなくては、と後ろを向いて、私は小さな悲鳴を上げた。

 道が埋まっている!

 入口からここまでハルテスが掘り進んで来たはずのトンネルが、後ろの方からどんどんゼリーに侵食されて埋まってきているのだ。私はそれをハルテスに訴えたが「そういうもんだべ」と涼しい顔で返されてしまった。

 原理は分からないが、ここを埋め尽くすゼリー状の物質の総量は決まっていて、それを掘ったり削ったりしても数十秒で新しいゼリーが生成され、元の形に戻るのだそうだ。外気から何かしらの物質が入り込んでゼリーを作り出しているのか? 動物の細胞が自然に治癒するように、このゼリーも実は生きていて、身体を治しているのか?

 このゼリーが生き物だとしたら、私は巨大な生き物の身体の中を進んでいるということになるのか。そう考えると少しだけ背筋がゾッとした。

「……ところで、この町で泊まれる場所はありますか?」

「え? ……ああ! あんた旅人だもんなぁ」

 ハルテスは「こっちだ」と言って、先程からずっと掘り進んでいた道を右に曲がり始めた。私はその後に付いていく。

 ゼリーに埋もれているとはいえ、この町は建物の数が多い。最低でも三つ四つくらいのホテルはあるだろうが、私はまだこの地方の文字に慣れていないため、どの建物が正解かはハルテスに尋ねる他無い。懐に余裕があるとは言い難いが、とんだボロ宿に案内されぬことを私は祈った。

 だが、ハルテスはまったく予想外の場所に私を連れて来た。そこはほぼ町の中央に位置する場所で、半円状にゼリーを掘り抜いて出来た広い空間であった。

 空間の中は十名にも満たない人が駐留していて、簡易ベッドやランタン、食料品などが詰められた袋を床に乱雑に広げ、それはホテルと言うよりも緊急で拵えたキャンプと表現した方が正しい。

 四方の壁は木の板でコーティングされている。ゼリーの浸食を防ぐのが目的のようだが完全ではなく、数人が壁際のゼリーを掘りどかしているのが見えた。

「寝袋は数が限られてっから使うときは他の奴に許可をとってくれ。あと二時間毎に『壁掘り』係を交代して……」

「ちょ、ちょっと待って」

 ここに泊まることが着々と決定されそうになったため、慌ててハルテスを静止する。

「いやあの、タダで泊まれる所じゃなくてもいいんです。どこか近くの建物の、ホテルのような施設はないでしょうか」

「建物? 建物にゃ入れねぇよ」

「入れない?」意外な返事に私は目を丸くした。「入れないとはどういう……」

「戻ったぞー!」

 その時、大きな声を上げながら一人の男が入ってきた。

 ハルテスと同じような出で立ちで、肩には黒いビニール袋のようなものを担いでいる。袋は何かでパンパンに詰まっている。

 待て、この男はさっき私達の頭上を掘っていた者ではないか? そう気付いたのと同時に、ハルテスが私を押しのけて「見せてみろ!」と男に詰め寄った。

 男はニヤニヤ笑いながら袋に手を突っ込み、中の物を無造作に取り出した。

 それはゼリー状の物質だった。この町を埋め尽くすゼリーとまったく同一のもの。

 私はそれを見て拍子抜けしたが、ハルテスや、いつの間にか集まってきていた周りの人達は歓声を上げて持っていたシャベルを高々と掲げた。

「こりゃいい! 汚染が少ねぇし塊のまとまりも悪くねぇ!」

「やっぱ上層は穴場なんだよ、上層は!『あいつら』もきっとそこら辺には手を伸ばさないんだ!」

「だがこれだけならともかく、大量に確保するとなると人員も足場も必要になるぞ。重量は持つのか?」

「まあそれは追々考えようぜ。それで今日はどうする? こいつを売りに帰るか? もっと掘るか?」

 男達は私を差し置いて、ゼリー状の塊を中心にあれやこれや意見を言い合っている。まったく状況が読み込めないが、それでもなんとなく分かるのは、ハルテスが彼らのリーダー的存在だということと、彼らはこの町のゼリーを掘って生計を立てているだろうことだ。

 だが……何か引っかかる。「あいつら」とはいったい誰のことだろう?

 仲間との会話に夢中になっていたハルテスだったが、やがてハッと思い出したように私の方へ顔を向けた。それからしばらく逡巡したかと思うと、袋からゼリーを掌一杯に掬い取り、それを私の目の前まで持ってきた。

 周りを構築する他のゼリーと、掌の上のゼリーとで何が違うのか、やはりよく分からない。だがハルテスは微笑して、ゼリーを持ってない方の手で私の方を叩いた。

「どうだい? 一泊とは言わず、あんたもここでしばらく俺達と一稼ぎするってのは──」


 ポツッ。


 ハルテスの言葉は、頭上から聴こえてきたその音によって急停止した。

 さらにポツッ、ポツッと立て続けに音が鳴り、その場に居る全員が顔を上に向けた。

 どこの町でも聞き馴染みのあるその音は、天井から、いや、遥か空の彼方から来たものによって生じていた。分厚いゼリーの天井に一粒、また一粒と、水滴がぶつかっては流れ落ちていく。

 雨が降ってきた。いつの間にか空には分厚い雲が掛かり、辺りは薄暗くなっている。

 次の瞬間、空気がささくれ立つような感覚を覚えた。

「────なんで」

 その声がハルテスのものだと気付くのに一瞬間が生じた。先程までの快活な声とは正反対の、小さく細いすきま風のような声だった。

 視線をハルテス達に戻す。全員の顔から血の気が失せ、大事に抱えていたゼリー入りの袋が腕から滑り落ち、ドサッと床に落下する。

 ハルテスが顔を歪ませ、肺の奥から海鳴りのような叫び声を上げた。

「太陽が消え……っ!」


 ゴドンッ。


 ここからそれほど遠くないところで、重いものが落ちたような音がした。

 ほとんど反射行動のように、音がした方へ視線を向ける。

 そこは、町の中にある建物の内の一つだった。ちょうど、あれがホテルだったら良いなと考えていた綺麗な外壁の建造物。


 だが私の意識は建物の壁なんかには向かなかった。

 建物の入り口の扉から、巨大な白い手の()()()ものが飛び出していたのだから。


 急に周りの空気が軽くなったと思い振り向くと、ハルテス達がシャベル以外の持ち物を全て捨て置き、必死の形相でゼリーを掘り進んでいた。彼らの行動が意味することを理解し、私もコンマ数秒遅れでその後に続いた。私はシャベルを持っていないためハルテスが掘るトンネルに飛び込んでその背中を追う。彼の傍まで来ると「なんで急に雲が湧いたんだ」「今日はずっと晴れだと聞いていたからここに来たんだ」「いやだ」「たすけて」「死にたくない」といった意味合いの言葉を息継ぎもせず叫び続けていた。上空の雨はさらに強まりダダダダダと頭上のゼリーを強く叩く音が鳴り響く。それと同時に、背後からドンッ、ゴドッ、ドッと重々しい音が連続で聴こえた。後ろを振り向こうとは思わなかった。音の正体をはっきりと見てしまったら、正気を失ってしまう気がした。

 視界の端で白い何かが「ゆったりと高速で」横切った。それは先程の白い手の()()()もので、私の目の前にいるハルテスの身体を鷲掴みにし、後方に引っ張った。私の真横を通過するハルテスの叫び声がドップラー効果のように抑揚した。私はハルテスが引っ張られた先を見ず、彼が落としていったシャベルを拾って全力ゼリーを掘り始めた。

 後方から、真横から、少し前方から、重い何かが空気を切る音と抑揚する絶叫が鳴り響く。そこで私は、先ほどハルテス達に覚えた違和感の正体に気付いた。

 この町の本当の住人は、今後ろから迫ってきている白い手の()()()ものだ。

 この町を埋め尽くすゼリーは彼らの餌なのか、あるいは呼吸するための大気なのかは分からないが有益なもので、ハルテス達はそれを掘って売るためにやって来た「密漁者」なのだ。

 この町の住人達はおそらく太陽が沈んだ後、夜に活動する。そのため密漁者は陽の出ている昼間の内にゼリーを掘って外部に持ち運び、夜が来る前にこの町を退散する。

 本日もそのつもりだったが、予期せぬ雨雲が現れた。分厚い雲に陽光が遮られ、太陽が消えたと判断した住人達は目覚め、この町に点在する住処から出てきた。そこには自分達の大切なゼリーを盗む不届き者がおり、彼らは「駆除」を始めた。

 そして私はそれに巻き込まれた死ぬほど運の悪い旅人というわけだ。

 だが本当に死ぬわけにはいかないため、私は今も必死にゼリーを掘り進んでいる。もう、私以外にゼリーを掘り進んでいる者は居ない。だが密漁の首謀者が成敗されてめでたしめでたしとはならない。寝起きの住人達からすれば残った私も例外なく駆除対象だ。

 ゼリーを掘り続ける。普段ろくに使わない腕の筋肉が悲鳴を上げるが、さらにスピードを上げろと酷使を続ける。私の背後に存在する気配は消えずにどんどん近づいて来る。町の入り口はまだ遠い。私の目の前にはゼリーの壁だけが存在する。それを掘っても掘ってもゼリーが出てくる。後ろから轟音が聞こえる。私の口から悲鳴が漏れ出る。私の首筋に白い指先の()()()ものが触れた。


 私の頭上が急激に明るくなった。

 天を仰ぎ見る。いつの間にか雨が止んでいた。雲の切れ間から昼間の陽光が私の身体に降り注ぐ。


 その瞬間、私の背後に存在していた気配が一瞬の内に消滅した。

 後には乱暴に掘られたゼリーのトンネルと、シャベルを持って呆然と立ち尽くす旅人の姿だけが残った。

 太陽の光に包まれながら、数秒だけ、身体中にまとわり付いたゼリーをどうするか考えたが、

 首筋に一瞬だけ触れた何かの感触を思い出し、全て地面に払い落とした。

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