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町々  作者: 賽藤点野
5/5

格子の町

 その町は入る前からあまり良い印象を覚えなかった。

 なにぶん、建物の窓という窓すべてに、金属製の格子がカッチリはまっているからだ。

 なんなら、町そのものが、背の高い鉄の柵で四方を囲まれている始末。遠くから見たら四角い鳥籠のように見えなくもない。

 ここには立ち寄らなくてもいいかな、と私は考えていた。前の町からここまでは半日も掛かっていないし、鞄にはわずかながら食料と水もある。次の町までは問題なく進めるはずだ。

 だが、ここを離れる一歩目を踏み出す前に、正面にそびえる巨大な格子門がギギギと音を立てて開き始めた。

 開いた門から一人の男性が出てきた。赤茶けた灰色っぽい服を着た人で、何やら、四角いものを両手で掲げるように持っている。

 彼は私に歩み寄ってきた。彼との距離が縮まるに連れて、持っている四角いものの正体が分かってきた。それは格子板だった。数枚の薄い格子板が重なってできたもので、それを一つひとつスライドすることで、様々な大きさの格子を作りことができる、格子の形をした定規のような道具だった。

 なぜそれが分かったかと言うと、彼がそいつを私の目の前でカシャンカシャンと動かしてみせたからだ。

「乙ノ5ってところか」

 私の身長と同じくらいに広がった格子を持って彼が言った。私が困惑して何も言えずにいると、彼は「空き部屋があればいいが」と言いながら私の腕をグイッと掴んで、そのまま町の中へと引っ張っていった。

 こうして私は、格子の町に囚われることとなった。


 私は投げ込まれるようにその「部屋」に入れさせられた。

 部屋と言ったが、四方を鉄の格子で囲まれたその空間は、ほとんど牢屋と言って差し支えないだろう。

 ほとんど、と表現したのには理由がある。まず中に置いてあるものが充実しているという点だ。フローリングの床の上に柔らかいマットが敷かれており、人二人が座れそうなソファーが置かれ、ベッドのシーツは清潔であり毛布もある。液晶テレビや小型冷蔵庫などちょっとした家電さえあり、ホテルの一室と考えれば十分過ぎる空間である。

 そして、私をここにぶち込んだあの男はもうどこかへ行ってしまったが、彼は入り口の扉に鍵を掛けていかなかった。極めつけに、鍵は部屋の内側から自由に施錠ができるようになっている。これだけでここは、誰かを閉じ込める目的の空間ではないことが分かる。

 それでも、鉄の格子に囲まれていると、部屋に十分なスペースがあろうが嫌な圧迫感を覚えるし、この部屋と外の廊下らしきところの電灯が妙に薄暗い。何より、あの男が私をここに連れて来た理由が不透明だ。私はソファーに腰かけもせず、鞄を持ったまま部屋の入り口近くで佇んでいた。

 少しでも状況を把握するべく耳を澄ませると、部屋の外、それも四方から、断続的に音が聞こえてきた。床を歩いたり、どこかに座ったり、扉を開けるような音。薄暗くて分かりづらいが、どうやらこの空間には、私が今居るような格子の部屋がいくつか等間隔に並んでいて、私以外の人間もそこに入れられているらしい。

 彼らは私ほど焦ってはいないらしく、本を捲る音や、テレビかラジオの音声も僅かに聞こえるあたり、むしろリラックスしている様子だ。この格子に囲まれた部屋で暮らしているのだろうか? であれば、ここに私を連れてきた男は、私に無償で部屋を与えたということか?

 ここで立ち尽くしていてもそれ以上の考察は出来ないと判断し、私は鞄を持ったまま部屋の格子の扉を開けて外に出た。廊下に人の姿は無かったが、それが幸か不幸かも分からない。とにかくここを移動して詳細を知るか、穏便に町を出る必要があるだろう。

 廊下を真っ直ぐ進んでいく。私が先程までいた格子の部屋はどこまでも続いていて、薄暗さも相まって刑務所のような雰囲気を醸し出しているが、部屋は連なっておらず一つひとつが孤立し、部屋と部屋の間は私が今歩いているところと同じ幅の通路で区切られている。廊下や通路と表現したが、広い平面の空間に、同規格の格子の部屋が均等に配置されていると言った方が正しいかもしれない。

 しばらく歩き続けたところで、先程まで聴こえていた「生活音」がまったくしていないことに気付いた。廊下の明るさはあまり変わらないが、近くの部屋の室内は真っ暗で、心なしか部屋を構成する格子も錆び付き、傷んでいるように見える。漠然と突き進んでいたら、このきな臭い空間の最も寂しい所に辿り着いてしまったようだ。なんたる不覚か。

 廊下の最奥は無限の彼方のように感じ、私はここで足を止めて暗がりの部屋を調べてみることにした。これらが先程までいた部屋と同じものだとしたら、簡単に部屋に入れるはずだ。室内に人が居て中から施錠をしているなら話は別だが、格子の扉は何の抵抗もなく開いた。

 それにしても暗い。部屋の広さはホテルの一室程度のものだが、入り口から室内の中央の様子すら見通すことができない。私は鞄からペン型のライトを取り出し、前方に向けて点灯する。丸い光の範囲に、砂埃が舞っている様子が見えた。足元にも埃が堆積しているようで、何十年も使用していない倉庫の中といった感じだ。

 襟元を上げて口を覆いながら、部屋の中に侵入する。この部屋から何か重要な情報を得られるだろうか。町のパンフレットでもあるなら完璧だが、前の住人の書置きでも上々だ。そんなことを考えていると、パキッ、と私の足が何かを踏んだ。ライトを下に向けてみる。

 ライトを取りこぼしたり、尻餅を付かなかった自分を褒めたい。

 私が踏んだのは、白骨化した住人の腕であった。

 高鳴る心臓を押さえ、出来るだけ冷静に彼(あるいは彼女)の姿を観察する。室内でもちゃんと服を着るタイプのようで、何年何十年経ったか分からない変色した布地から、わずかに模様や文字が読み取れそうだ。ふと、背中の方に「タグ」のようなものが飛び出ているのを見つけ、少し抵抗があったものの、彼の身体を少し持ち上げて、タグに書かれた文言を読んでみた。

『異邦囚人 第98号 乙ノ5』

 囚人。その文字に私は息を飲んだ。

 やはり私は(我々は)、これらの部屋に囚われの身になってしまったようだ。

 異邦と書かれているからには、彼も私と同じように余所からやって来た旅人なのかもしれない。そして町の入り口で身体の採寸をされ、ここに収容されたのだ。「乙ノ5」とは私をここに連れて来た男も言っていた単語だが、おそらく牢屋の規格のようなものだろう。私が入れられた部屋とこの部屋の広さは同じだからこれは正しいと思う。

 そういえば、このタグは私の背中にも付けられているのだろうか? 管理のためにも囚人には必ず番号を振るはずだ。ライトを持たぬ手で背中を探ってみる。すると案の定、首の後ろ辺りに何か飛び出している物があった。それを引き千切って手元に寄せてみる。果たして私は囚人第何々号にあたるのか。

『異邦()() 第541号 乙ノ5』

 予想外の文字を目にして私は面食らってしまった。

 旅客。囚人ではない、客。

 これは、どういうことだ? 私はここに囚われた罪人ではなかったのか? 甲斐甲斐しくもてなされている大事な来賓なのか? しかしでは、目の前の彼はなぜ囚人とタグ付けられている?

「こんな所に来るもんじゃないぞ541号」

 背後からの声に私の思考が中断された。振り向くと、先程私を部屋に押し込んだあの男が立っていた。

 警察官と軍人の間のような恰好をしていて、右手に大きな布袋を持っている。腰に巻いたホルスターには、私の身体を採寸したあの格子板が短く畳まれ、収まっていた。

「ここら辺は()()()が済んでないんだ。何分広すぎるんでな」

 そう言いながら彼は私の横を通り過ぎ、白骨化した住人を担ぐと、持ってきた布袋に乱暴に押し込んだ。バキバキと骨の割れる音が聴こえた。

「……その人は、囚人だったのですか?」

「そうだ。五十年くらい前のな」

「……私は何なのですか?」

 混乱によりなんとも間抜けな質問をしてしまった。男は布袋をよっこら担ぐと「客だ」と事も無げに答えた。

 袋の中の人物は罪人だが、私は客。なんだか頭が混乱してきた。

 男が私の方を向く。彼の態度はおおよそ客人にするようなものではないが、私を見るその目は罪人に向けるようなものでもない。

「昔ここは町全体が巨大な監獄だった」

 私が尋ねるでもなく彼が言った。私の疑問に答えるためか、それを説明する決まりがあるからなのかは分からない。

「近辺の町はいずれも大集落で、その人口に比例して犯罪者も多かった。だからそいつらをまとめて隔離できる場所が必要だった。そしてこの町が作られた。

 ここには犯罪者とわずかな看守だけを住まわせる決まりが出来た。それ以外の人間はそもそもの立ち入りを禁止された。そういう決まりが出来て数年数十年経つ内に、ここに来る人間は無条件で牢屋に入れられる『習慣』が出来た。たまたまここに流れ着いた旅人だろうと、町に入る前に身体の採寸を行い、そいつに合った格子の部屋にぶち込むようになった」

 私はこの町に来たときのことを思い出した。彼が折り畳みの格子で私の採寸をしていたのは『習慣』に基づいてのことだったらしい。彼はまだ話を続ける。

「だがある時期から、この町に連れてこられる罪人の数が極端に減り始めた。近辺の町が平和になったから、ではない。滅びたからだ。代わりに、自らこの町に来る人間の数が増えた。そいつらはみんな旅人だった。周囲の町が無くなり、泊まれる場所はもうここにしか残ってなかった。それがホテルではなく牢屋とも知らずに。

 何人もの旅人を収監したところで、この町の正規の住人、看守達は考えた。もう自分達に金を払う相手……罪人を連れてくる人間は居ない。ここに訪れる連中を自主的に捕まえ、閉じ込めても、町のスペースが減るだけで一銭にもならない。

 そしてその日から、ここは罪人を捕らえる監獄ではなく、客人を向かえる宿泊地として運用するようになった。看守達が、住人が、この町で生き永らえるために」

 彼は話し終えると、私のことをスッと指差し「だからお前は客だ」と言った。「もう何十年も前からここに来る奴はみんな客」

 彼が部屋から廊下へ出る。私もそれに続く。格子の扉をカシャンと閉めると、彼は私に向き直った。

「部屋に戻るんなら連れてくぞ。金さえ出すなら好きなだけ泊まればいい」

「……いや、少し見学したら出ていきます。最近懐も寂しいもので」

「ケチな奴だ」そう呟いて彼は私に背を向けて歩き出した。「ここから出るなら右の廊下を50部屋歩いたところで左に行け」

 彼の姿が廊下の暗闇に消えてからも、私はしばらくそこに立ち続けていた。

 監獄から宿泊地へ転身した町。昔の習慣がそのまま今にも残り、訪れる客人は全員身体を採寸され、番号を振られ、一人ひとりのための格子の部屋に押し込まれる。

 看守の子孫達は、明日もその習慣を続けていくことだろう。そしてその子供達も習慣を引き継いでいく。何十世代にも渡って。この町が、周囲の町の後を追うその日まで。

「……やっぱ、なんかなぁ」

 私は頬を掻くと、右側の廊下を歩き出した。

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