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町々  作者: 賽藤点野
3/5

生える町

 地面から生えてくるものは植物だけではない。

 山深くの木の根本からは多種多様のキノコが生えるし、暗い洞窟の奥底は美しい宝石の結晶が壁一面に生え渡っている。

 多くの町、多くの土地を旅してきてそのような光景を幾度となく見てきた。

 だが、「町」そのものが地面から生えてくるのをお目にしたのは、今回が初めてだった。


 長く続く白樺の森を歩いていたときに、その町に辿り着いた。

 最初は町に入ったことにも気付かなかった。すっかり葉の落ちた枝ばかりの白樺は、天を突き上げる白い槍のようで、その槍が無数に立ち並ぶ様子を眺めながら歩いていると、いつからか、槍の表面に四角い模様のようなものが現れた。

 それは窓だった。白樺の幹に、枝に、規則的な並びで窓が付いていた。

 そしてよく見れば枝付きも不自然なほど規則的で、そこでようやく自分が見ているものが木ではなく、建造物だということに気付いた。

 素材は金属製で、曇り気味の冬の光を白く反射している。鋭く尖った角錐状の部屋がいくつもくっついている構造をしていて、それが上へ上へと続き、樹木のような高い建物を形作っている。

 だが、建物だとしたら妙な部分もある。確かに窓は存在するのだが、建物に入るための扉らしきものは見当たらない。それに人々が暮らすには建物の幅が狭く、人が三人立ちながら入って一杯になる、という塩梅だ。家屋ではなく、オブジェ的な芸術作品という可能性もあるかもしれない。

 いずれにせよ人工物には違いなく、これらを作った人間に出会って話を聞ければスッキリできるだろうが、四方を見回しても白樺とこの尖った建物が連綿と続く森ばかりだ。少々名残惜しいが、風景を手帳にスケッチすると、私は森を抜けるべく足を踏み出した。

 その時、私の頭上くらいの高さにある窓が開いた。

 窓から覗く建物の中は暗く(照明を消しているのか?)どうなっているのか分からなかったが、その中で蠢く塊のようなものが見えた。

 住人が顔を出す。そう思った私は、足を止め、開いた窓を注視した。やがて窓の奥から一つの塊がぬっと顔を出し、陽光がその正体を明かした。

 私は思わずあっと声を出しそうになった。

 そこから出てきたものは、人間のようなものだった。

 「ようなもの」としたのは、通常の人の姿とは大いに異なっていたからだ。

 肌は青白く滑らかで、頭髪らしきものは一本も生えていない。茶色っぽい衣を身に纏っているが、それは服と言うよりも、白く細い糸を何層も身体に巻き付け、外側のものから劣化しているような感じである。

 そして何よりも特徴的なのが、その身体が、蛇のように細長いということだ。

 全長五メートルはあるだろうか。長く細い胴をうねらせ、そいつは窓から這い出て来た。最初この生き物に手足のようなものは無いように思えたが、移動する度に衣の内側がゴソゴソと動くため、短いながらも四肢は存在するらしい。そう、手足の数は人と同じなのだ。

 建物を巻くように蠢くその姿は巨大な芋虫のようでもあり、しかし人間のような特徴も少なからず持っている。私は困惑した。こいつは、いや彼は、この町の住人と考えるべきなのだろうか? 眼下にいる私にはまだ気づいていないようで、私は試しに「おーい」と声を掛けてみた。

 住人(あえてそう表現する)が私の方に顔を向ける。黒い点のような目と口があり、鼻らしきものは見当たらない。私の言葉が通じたのか、それとも単に音に反応しただけなのか、彼は何も言わずにジッと私を見つめている。しかし十数秒もするとプイッと顔を背け、建物の上の方へと行ってしまった。

 なんだか意図的に無視されたようで、寂しい気分になった。そう思うのは、やはり彼を謎の生物ではなく、住人として考えているからだろうか。だがどの町であろうと、どのような住人がいようと、会話を無視された旅人に為す術はない。元よりここの建物に泊まれるとは思ってないが、私は今度こそ諦めてここから立ち去ろうとした。


 その時であった。足元がにわかに揺れたのだ。

 地震。最初はそのように思ったが、それにしては奇妙な揺れ方だ。まるで地面の下で大蛇がのたうち回っているような、暴力的な振動。

 やがて、バキバキバキという音が聴こえてきた。最初はこの町を囲む白樺の木々が折れる音かと思ったが、その音は私の足元、地面の底から聴こえてくるようだ。

 そこで私は町の、その尖った建物群の異変に気付いた。建物の根元の地面がどんどん盛り上がっていき、表面の土がこぼれ落ちると、光沢のある金属製の肌を覗かせた。

 建物の新しい部屋が、地面から生えてきたのだ。そしてそれに押し上げられるように、建物はどんどん上へと高くなっていく。

 その時、建物の閉じていた窓が、すべて一斉に開いた。そして中から、先程見た住人と同様の芋虫のような人々が這い出て来た。彼らは揺れの渦中にあっても狼狽えず、ゆっくりとした動きで建物を登っていく。

 次々と起こる出来事に私はただ地面に屈しながら呆然とするばかりだったが、その時、頭上の方でパキーン、という音を耳にした。細い氷の棒が折れるような高い音。見上げてみると、空からキラキラ光る何かが降ってきた。


 それが、折れた建物の一部だと気づいたのは、尖った金属製の先端が私の顔面に突き刺さる直前のことだった。


 数秒、数十秒、数分が経過したか。

 恐る恐る目を開けると、私の顔に穴は開いてなく、先程と同じ体勢で地面に座り込んでいた。落ちてきた建物の先端は依然私の目の前にあったが、なぜか空中に静止している。

 私は建物の真下から抜け出して、気持ちを落ち着かせてから改めて観察を行った。落ちてきた建物には、糸のようなものがくっ付いていた。その糸にぶら下がるような形で、建物はユラユラ揺れている。そして糸の出所を追うと……あの芋虫のような住人の口か伸びていた。

 その糸は、住人が身に纏っている衣にも使われているものだ。周りをよく見ると、他の住人も口から糸を吐き出し、落下した建物の破片をそれぞれ空中でキャッチしている。

 やがて彼らはスルスルスルと糸を引っ張り、建物の破片を回収し始めた。折れた箇所の補修に使うのか、別の部屋の増設に用いるのかもしれない。そしてここまでが、この町で繰り返される一連のプロセスなのだ。

 住人たちは普段、頑丈で安全な建物の中で静かに潜むように暮らしているが、ある周期で先程のように建物が「成長」するため、それに合わせて外に飛び出し、成長した分だけ上へと登っていく。そして一番上の最も古い建物の部屋は折れ、地面に落下する。住人たちはそれを糸で拾い、再利用する。

 この町のシステムに合わせて住人たちの姿が変化したのか、あるいは自分たちの生態にマッチしたこの町を見つけ出したのかは分からないが、上記のプロセスを、彼らは何十年も、何百年も続けて生きてきたのだろう。この町は彼らだけの町であり、そこに旅人や余所者が入り込む余地はない。

 しかし、それでも私は、あの時彼らに助けられたのではないかと、今でも考えてしまう。

 その町の地面には大小様々な穴が開いていて、ボコボコとしていた。それは定期的に、尖ったものが突き刺さることで形成されるものだ。

 彼らの吐く糸はどこまでも伸びるようで、地面に落ちているものなら何でも拾えそうである。落下物をわざわざ空中で捕らえる必要など、無いように思えるのだ。

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