電車の町
その町を遠目に見た時は、ただの電車の車両基地だと思った。
緑に青、黄、赤などカラフルな車体が横一列に整然と並び、それらの下に敷かれたレールは東西南北に伸びていて、その先は見えない。
この土地は木も草もなく、赤茶けた乾いた地面が続くのみで、随分辺鄙な場所に電車を保管しているな、と考えていたら、電車の近くで動き回る点のようなものがいくつか見えた。人だ。車両整備をしているのかと思ったが、それにしては人数が多い。私はもしやと思い、鞄を片手に駆け出した。
そこは町だった。連なった電車を囲うように人々が行きかい、さらに車両の中に住まいを持って暮らす、独特の習慣が形作られていた。
電車の窓枠には観葉植物が飾られ、さらに屋根のアンテナや電線に洗濯物が掛けられるなどして、車両を完全に家として利用しているようだ。車内を見てみると、備え付けの座席の他に、テーブルやベッド等の家具、冷蔵庫やテレビ等の電化製品も持ち込まれている。冷暖房器具らしきものは見当たらないが、電車に元々ついているエアコンで賄っているのだろう。
打ち捨てられた屋敷やら古城やらに人が住み着いて、そこを中心に町を形成する例は幾度となく見てきたが、それが電車とは珍しい。と興味が湧いてきたところで、荒野を歩き続けすっかり喉が渇いていたことを思い出した。私は近くの住人にパブのような場所はないかと尋ねたところ、それは「青車区」にあるからそこに行けと伝えられた。
この町は車体の色によって区分けをされているようだ。先程見ていた人々が住まいとして利用している電車は緑色の車体で、青い車体は様々な商店として利用されているとのことだ。
私は緑の電車の端まで歩いて青の電車に向かおうとしたが、住人に「電車の中は誰でも自由に突っ切っていい」と引き留められた。私はお言葉に甘え、生活雑貨に溢れる車内を横目に次の車両へ移ろうとした。
「あぶない!」
急にさっきの住人に服を掴まれて車内に引き戻された。次の瞬間、私が乗り移ろうとした電車の扉が閉まり、発進した。
「う、動いた」
「当たり前だろう。電車だぞ」
電車は速度を上げて私の目の前を通過し、すべての車両が通り過ぎたところで私は扉から顔を出し、その電車の進行方向を見やった。人も生活物資も載せたまま、電車は西の方に向かって走っていく。
「あれはどこに向かうのですか?」
「百キロ離れたところにある別の町だ。主に爺さん婆さんが暮らしてて、ここよりも寂しいとこさ。ちょいとばかし話したり物を交換したりして、一週間くらいしたらまた電車が動き出す。その時向こうで降りるやつもいりゃ、乗ってくるやつもいるな」
彼はこの町に詳しそうだったので、酒を一杯奢ることを条件に、色々話を聞いてみることにした。
電車が通り過ぎた後の線路を横切り、何両かの緑の電車を抜けると、明るい青色の車体が視界を横一列に埋め尽くした。
先程までの車両は「家」として利用されており、見た目も似たり寄ったりであったが、こちらは「店」として使われている都合上、車両の一両一両に個性があった。
車外に箱を並べて、野菜らしき色とりどりの植物を陳列している店。
職人らしき人たちが車内の席に並んで座り、黙々と金槌を振るっている店。
一方の席を取り外し、長いテーブルを持ち込んでそこに酒やグラスを並べている店など。同行している住人が最後の店を親指で示し、ウインクをした。
二人して席に着く。開店時間前だったのか、テーブルの向かい側で皿を拭いていた主人に一瞬睨まれたが、注文をすると十秒もしない内にグラスと酒瓶が置かれた。
「黄色い電車と赤い電車はだな」乾杯を交わし、貴重な一杯をすぐに飲み干してしまった住人が話し始める。「黄色は『食糧車』だ。この町で賄う食い物は、大体ここに保管することになってる」
「貨物車ってことですか」
私も自身のグラスを傾ける。乾いた喉に流れ込む数十日ぶりの酒が、身体の隅々まで染み渡っていく。
「保管するだけじゃなく、車内で食料を作ってもいる。野菜とか、家畜とか」
「電車の中でですか?」
「気温調整は容易いからな。電気代は掛かるが」彼は天井のエアコンを指さした。「車両によっては屋根を丸々取り外して、ビニールで覆って陽の光が入るようにしてるところもある。野菜も家畜もよく育つが、電車が動くたびにビニールが吹っ飛ぶんで、最近辞める奴も増えてるな」
「電車が動く前にビニールを外せないのですか? それか、運転手にもう少しゆっくり走ってもらうようお願いしたりは……」
「そりゃ無理だな。ここの電車に運転手はいないから」
予想外の答えに私は目を丸くした。住人は話を続ける。
「この町の電車は不定期の周期で──だいたい一週間前後くらいではあるが──別の町に向かって発進し、また不定期に戻ってくる。そのタイミングを完璧に予想できるやつはいない。朝に走るかもしれない。夜に走るかもしれない。どの電車の運転席も扉が固く閉ざされていて、誰も入ることは出来ないし、運転席の中も見えない。誰かが動かしてるのか、電車が勝手に動いてるのか、それも分からない」
いつ動くかも分からない、電車の上に成り立つ町。
どうやらこの町は見かけに反して、周囲の荒野にも負けないくらいの乱暴者らしい。
「……危険だとは思われませんか?」
私は住人の空いたグラスに酒を注いでやった。こりゃどうもと言って彼はそれを呷った。
「危険……まあ危険な土地なんだろうが、周りの乾いた土地で暮らすよりかは、電車で暮らす方が遥かに快適だし、爺さんのさらに爺さんの代からそうやって暮らしてきてるんだ。慣れたもんさ」
それにな、と住人が赤ら顔で微笑む。
「他の町だって、いつ地震が、台風が、干ばつが来るんだか分からない土地に建っているだろう? 俺たちだけが特別気にしたり誇りに思ったりすることはないよ」
おっと、話が逸れたなと彼はグラスをテーブルに置き、先程よりも陽気な様子で話し続けた。
「赤い電車はだな……」
パブから出ると、外はすっかり日が暮れていた。
住人はすっかり酔いつぶれ、テーブルに突っ伏してしまっている。結果的に十杯の酒を奢ることになった。
空気が奇麗なのか、星が多く見える。月明かりに照らされた電車は、昼間の陽光の下のそれよりも寂しげだ。
宿泊用の車両を探す前に、私は住人に教えてもらった赤い電車を見に行った。
他色の電車の明かりがいくつか消え始めている中、赤い電車は車両すべての電灯が煌々と輝いていた。この明かりが消えること一年を通してもほとんど無いそうだ。
赤い電車は、行政車。この町の役場であり、警察機関であり、裁判所である車両。町の住人も滅多なことでは入らないらしい。
外面からして厳格な雰囲気を醸し出しているが、この電車も他と同様いつ発車するかは分からない。大事な会議の途中で電車が出発し、遠い町へ輸送されていく大勢の役人さんたちの画は、ひどく滑稽なことだろう。時間があれば見てみたい気もする。
車体の色によって分けられた役割は所詮人の都合であり、電車は電車の気まぐれによって動いたり、止まったりを続けている。今も昔も、明日も変わらずに。
そして今パブでいびきをかいている彼が言う通り、それはどこの町でも変わらない光景なのだろう。




