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町々  作者: 賽藤点野
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誰もいない町

 町から町へと移っていく旅を続けて何年かになるが、今日到着した町は、一際変わっているように思えた。

 景観に奇妙なところはない。家々があり、商店が立ち並び、学校や市役所、駅等の大きい施設も充実している。

 おかしいのは、町中に人っ子一人も見当たらないことだ。

 昼間の柔らかい陽光に照らされ、時折風に枝葉を揺らす街路樹が続く通りは、散歩にもってこいのコースだろう。しかし老人だろうが、若者だろうが、そこを歩く人間はおらず、さらに木や電線に留まる鳥も、ベンチや塀の上でくつろぐ猫の姿さえ、私は見つけることが出来ずにいる。

 奇妙さを加速させるのは、道端のあちこちに自転車が置かれ、さらに道路には自動車が駐車されている点だ。それも道端ではなく真ん中に、さらにはエンジンがかかった状態で。

 信号が変わるのを待って、今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出しているが、車内には誰も乗っておらず、信号が青に変わろうが、赤に変わろうが、車は発進することなく、ただただエンジンを鳴らし、排ガスを吹き上げているのみだ。その姿は、野原で草を食む凶暴な野牛を思い起こさせる。

 人のいない町。それは廃墟と呼ぶべきなのだろうか。だが廃墟というには、建物も、塀も、道も、乗り物も街路樹の枝振りに至るまで、あまりに状態が良すぎる。町の景観を美しく保つには、定期的に人の手が入る必要がある。そういう意味では、この町には数日前まで人がいたと考えて然るべきなのだが、一方で、ずっと人のいないこの状態で何年も、何十年も在り続けているような、そんな矛盾した雰囲気もこの町は包含している。

 これは、等身大のミニチュア模型なのではないか。そんな考えが頭によぎる。町全体が「見せる」目的のために作られたミニチュアなのだとしたら、人がいないのも、景観が無駄なく整備されていることにも、一応の説明が付く。だが、一体何のためにそれが作られたのだろう?

 そんなことを考えながら町を彷徨っていると、いつの間にか日が随分と傾いていた。この人気のない町で、今晩の宿のことを考えなくてはならない。

 ホテルらしき建物は確認している。だが当然というか、フロントの受け付けには誰も立っていなかった。おそらく宿泊客もいないため部屋は空きまくりだろうが、果たして無断で泊まってもいいものだろうか。まだ町の住人全員が、何らかの理由で外出しているか、避難しているかの可能性もある。彼らが戻ってきたときに、余計なトラブルを起こすことは出来れば避けたい。

 とりあえず雨風を防げそうな場所は無いかと、町の外れの方にどんどん進んでいく内、私は小高い小山を見つけた。

 山全体が鬱蒼とした木々に覆われ、夕暮れ時の暗がりの中で、大きな黒く、モジャモジャとした塊となって、風に揺れている。人工物で溢れた町中にポツンと佇む、元々そこにあったはずのものなのに、異物として世界から浮いてしまった土地。それはこの町に限らず、あらゆるところで目にしてきたもの。

 そうか、ここならば。私は重い手提げ鞄を抱え、すっかり痛くなった足でもって小山を登りだした。

 ギリギリ獣道と呼べるような山道をえっちらおっちら掻き分け、やっと山頂らしき場所に付いた。そこは木の少ない開けた場所で、すっかり暮れてしまった空には星々が瞬き、眼下には明かりに照らされた町並みが見えた。

 人はいないのに、家に照明は灯るのか。そんなことを考えつつ、私は足元にあった岩に腰を下ろした。

 夜の山は静かだった。町にいたときはあちこちから自動車のエンジン音が聞こえ、唸り声を向けられて威嚇されているような気持ちもあったが、ここは風で揺れる木の葉の音以外には何も聞こえない、ただ暗く、冷たい空気の流れる場所だ。

 落ち着く。

 このように山の中で一晩を明かしたのは何年振りだろうか。子供の頃、家族で何度かキャンプに行ったことがあるが、鮮明に覚えているのは、父親と一緒に山の中で焚き火用の木を拾っていると、知らない間に足を何匹ものヒルに食われてしまったことくらいだ。もう三十年は経っただろうか。この町にはヒルもいないのだろうか。

 昔を思い出していると、自分が今、故郷より遠く離れた場所の見知らぬ町にいることを忘れてしまいそうになる。昼間のあの不思議な光景が、実は夢だったように思える。

 もしかして、人はいたのかもしれない。眼下の町明かりを見て考える。

 今もあの町には夜働く人、家に帰る人、家族と話す人、もう寝ている人で溢れていて、町中は話し声で賑わっている。ただ、外よりやってきた自分だけがそれに気づかず、町の「町の部分」しか見ずに、誰もいない、と勝手に決めつけているだけなのではないか。

 そして町の人たちも私に気付かず、お互いがすれ違ったまま、同じ町を、別の視界で過ごしていた……そんな風に考えると、今この山の中にも、私以外の誰かがキャンプをしているように思えてきて、私はつい噴き出してしまった。

 私は一際大きなあくびをする。今日は町の外、町の中と随分歩き回った。一休みして、明日の出発に備えるとしよう。

 明日は私と町の人がすれ違いませんようにと願いながら、私は近くの木に頭を預けた。

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