内包された町
エンジン音を響かせて、自動車が私の横を通過していく。
それも一、二台ではなく、何十台も。車は皆、前方にある町に向かっている。町からは四方に幅の広い道路が伸びていて、半分は町に向かって車が入り、半分は町から車が出ていく。
町は見事な高層ビル建築が目立つが、それらの足元には洒落た家々が立ち並ぶ住宅地が広がっている。町中には何人もの人々が出歩いていて、遠目にも、その賑わいの様子が伺える。
久しぶりの大都市だった。先に訪れた町から既にこの土地の噂を耳にしていたが、このご時世にここまで発展しているのには、素直に感心してしまう。何人もの同業者が冒険を止め、ここに永住してしまうのも頷ける話だ。
ただ、このご時世。目の前にある近代的な都市にも、妙な部分はある。
町の中央に密集する高層ビル群。そのビルたちが取り囲むように、町の真ん中には、巨大な岩山が聳え立っている。岩山には所々に足場や幕のようなものが設置されていて、何かしらの作業をこなしている人々の姿も見える。
どうもこの町の発展には、あの岩山が大きく関わっている気がしてならない。もう何百台目かも分からない車に追い抜かれながら、私は歩いて町へと向かった。
町の入口近くの大きな建物が案内所となっており、私はそこでガイドを雇うのと、町で使用する通貨の両替を行った(意外にも共通通貨は使用できなかった)。色々な手続きを済ました後、担当者は私に一本の金槌を手渡してきた。
「どうして金槌を?」
「この町で暮らすには必需品だからですよ」
そう言ってガイドのオータスがはにかんだ。筋肉質で健康的な若い男性である。
「あそこをご覧ください。ガソリンスタンドが見えますよね? あれが町のあちこちにあります」
オータスが指さす先には確かにガソリンスタンドがあった。そこに何台も車が出入りしている。この町に車の往来が多いのは、これがあるからなのか。
「この町では石油が採れるんですよ」
「そりゃすごい。油田があるってことかい?」
「少し違いますね」
そう言ってオータスが持っている鞄から何かを取り出した。それはサッカーボール大の透明な石で、中にぽつぽつと、黄色い粒のようなものが見える。
「この石の中に入っているものが石油です。オイルインクォーツといって、石油を内包した水晶なんですよ」
「その水晶がこの町では沢山採れるということか」
つまり、先程見た岩山の作業場では、この石油入りの水晶を採掘しているのだ。その水晶から取れる石油の需要により、この町は大きく発展したわけだ。金槌は、水晶を割って中から石油を取り出すために必要なツールなのだろう。
「……しかし、私のような旅人に金槌は要らなくないか? 見ての通り車もバイクも持ってないし、石油ストーブだって持ち歩いてないが」
「石油入りの石が最も多く取れるのは事実です」水晶を鞄に仕舞いながらオータスが微笑む。「でも、この町の水晶が内包するものは、石油だけじゃないんですよ」
作業場に行きましょうかとオータスが手招きし、私はそれに付いていった。
町の中心の岩山、その作業場には思ったよりも多くの人間が詰めかけていた。
意外に感じたのが、そこに居る人々は作業員だけではなく、スーツ姿の営業マンらしき男性や、ごく普通の私服を着た女性、さらには子供連れの家族の姿もあった。
それらの人々がみんな岩山に向かってハンマーを振るい、その割れ目から水晶の採掘を行っている。この町に来て初めて見た異様な光景だ。
「皆の目的は水晶そのものではありません。その中に内包されたものを求めてやって来てます」
オータスがそう説明するや否や、近くで作業に当たっていた営業マンが「やった! 今日はついてる!」と歓喜の声を上げた。そちらに目をやると、営業マンの手元には、先ほどオータスが見せたようなバスケットボール大の水晶があった。だが、その中に内包されているものはあの黄色い粒ではない。
そこにあったのは、極小のソファーだった。良い木材とクッションを使った洒落たデザインの家具。
営業マンが金槌で水晶を叩く、水晶が割れると、中から小さなソファーがこぼれ落ちる。
途端、そのソファーが大きくなり、通常のソファーとまったく同じサイズになった。
営業マンが嬉しそうにソファーを台車の上に乗せて立ち去る様子を、私はぽかんと眺めていた。
「水晶が内包物を作る原理をご存じですか?」
私の様子を見てか、オータスが話し始めた。
「水晶が生成される過程で、何かの原因によりその内部に異物が入り込みます。その間にも水晶は成長や崩壊を繰り返し、中の異物を無数の『個室』に分けたような形で包み込み、内包物入りの石として完成するのです」
ここからはあくまで仮定の話ですが、とオータスが前置きを入れる。
「この岩山が生まれるずっと前に、この土地に町があったとします。何かしらの原因で人が居なくなり、取り残された町の周囲では水晶が形作られ、やがて町を包み込むように成長します。水晶は成長と崩壊を繰り返し、町はバラバラの『個室』に分けられ、そして……」
オータスが言おうとしていることが分かり私は目を丸くした。その間、近くの子供が発掘した水晶の中にぬいぐるみを見つけ、水晶に向かって嬉々として金槌を振るっていた。
「この土地にかつてあった町の残骸が、水晶の内包物としてこの岩山から採れる……と言うのか?」
「あくまで仮説です。提唱したのは私ではなく、偉い学者先生たちですが」
水晶から飛び出したぬいぐるみは、高さ二メートルを超えるような大きなものに成長した。子供は大喜びだが、親たちは苦笑の様子だ。
「それに仮定が事実だとしても、分からないことはあります。なぜ町の残骸は小さくなった状態で水晶に内包されているのか? なぜ水晶から取り出したら元の大きさに戻るのか? なぜ何年も風化せずに残り続けているのか? ……考え出したら説明の付けられないことばかりです」
それでも我々は、この不思議な水晶に助けられてますとオータスがはにかんだ。
「数年前、荒野と岩山しかなかったこの町をここまで発展させられたのは、ひとえに水晶から取れる内包物の恵みによるものですから。もしも過去に本当に町があったのだとしたら、先人たちの遺産に感謝と言ったところですかね」
オータスは私をホテルまで案内しようとしたが、私はもう少し岩山を見たいと言い、一人で作業場に残った。
オータスの話を聞いた後だと、この無機質で巨大な岩山が、何かしらの神秘的な雰囲気を醸し出しているように見えなくもない。事実この岩山は町のシンボルかつ、信仰の対象にもなっているとのことだ。
私は試しに一つ、水晶を掘り出してみることにした。オータス曰く、許可さえ取れれば水晶から取り出したものは、自由に持ち出してしまってよいとのこと。尤も、家具のような大きなものは旅には持っていけないので、そういうのが出てきた場合は、近くの誰かに譲る所存だ。
岩山は思ったよりも硬くなく、金槌を三回も振るえば、中から水晶が顔を出してきた。ほとんどが石油入りの水晶らしいが、何か面白いものが入っているだろうか。私はさらに金槌で岩壁を削り、水晶を完全に取り出せるくらいまで露出させた。
だが、私は水晶に触れることができなかった。
それを持つ前に、中に内包されているものを見てしまったから。
それには毛があり、服を着ていて、手を胸の上で合わせて置いている。
一瞬それが人形だと信じたかったが、すぐに理性がその間違いを正した。
人間だった。
人間の女性。
女性が小さくなって、水晶の中に内包されている。
オータスは先程の仮定の中で「何かしらの原因で人が居なくなり」と言ったが、それは本当だろうか。
町は、そこに住む人を残したまま、水晶の中に内包された可能性もあるのではないか。
ならば、今目の前の水晶の中いる女性は、その当時町で暮らしていた人なのか。
この水晶を金槌で割って彼女を取り出したら、彼女は大きくなって、当時の話をしてくるのだろうか。
私は、震える手で、目の前の水晶に手を伸ばした。
その時。
「やったー! ゲーム機だ!」
急に近くにいた子供が叫び、驚いた私は水晶を取りこぼしてしまった。水晶は地面を転がり、岩壁と岸壁の隙間の、穴になっているところに落ちていってしまった。
私は必死に手を伸ばしたり、金槌で入口を広げようとしたが、結局あの水晶を見つけることはできなかった。隙間の穴はかなり奥の方まで続いているようで、水晶は岩山の深層まで転がり落ちてしまったようだ。
その町にはそれなりの日数滞在していたが、その間に岩山から人間が発掘されたというニュースを聞くことはなかった。
彼女はこれからもずっと見つからずに、岩山の中で眠り続けるのだろうか。それとも、水晶の中に一瞬だけ見たあの姿は、ただの見間違いだったのか。
もどかしい謎を抱えたまま、この町と私の一日は暮れていった。




