窓口の町
外から見ると、その町は原っぱにポツンと置かれた長方形の箱のように見えた。
近付いてみるとこれが中々に大きく、四方は半透明のガラス壁で、等間隔に鉄筋のアーチによっていくつかの区画に分けられている。箱と言うよりは、壁に囲まれたアーケードといったような感じだ。
大きさの規模からそれなりに繁栄している町だと予想されるが、不便なことに入口は四方の壁の一面にしか開かれていない。その入口も人一人が通れるくらいの小さな扉で、以前訪れた巨大な家の町を思い出した。あの町の玄関は木製の扉だったが、今目の前にある扉はガラス製の自動扉で、私が前に立つと何の抵抗もなくウインと開いた。
町の中に入ると、そこはどこかの会社のエントランスホールのような趣をしていて、中央にある受付窓口らしきところに一人の人間が立っているのが見えた。その人が私に気付くと、傍に置かれたマイクを手に取り、「この町へようこそ。初めての方は、まず受付窓口までお越しください」と事務的な台詞を吐いた。このご時世に随分しっかりしたもんだと私は肩をすくめてから、言われた通り窓口の方へと歩いて行った。
「ようこそお越しいただきました」
窓口に立つ若い男性が言った。胸に付けられた名札から「ロギジー」という名前が読み取れる。
「初めてこの町に入られる方には、いくつかの手続きをしてもらう必要があります。和私の質問に答えたり、何枚かの書類に記載をいただきますが、よろしいでしょうか」
うーむ、一瞬「面倒くさい」と口に出そうになるほどちゃんとしている。こんな原っぱにどんな危険人物が訪れるか聞きたいものだが、郷に入っては郷に従えはこの度の基本だ。
私が了解すると、ロギジーが「では順番にお伺いします」と私に微笑みかけた。
「この町へはどのような目的で来られましたか?」
「まあ、観光といったところかな」
なるほど、と言いながらロギジーが手元のキーボードをカタカタと叩く。一つひとつわざわざ記録を取っているらしい。
「この町をどのような経緯で知られましたか?」
「経緯……ここらを歩いていて、たまたま目に付いただけさ」
「なるほど、この町のどこに魅かれてご来訪されましたか?」
「まだ入口しか見てないんだが……私は旅人で、ここに町があるから来ただけだよ」
「分かりました。では、あなたのお名前と生年月日、ご住所をお教えいただけますか?」
「……そんなことも言わなきゃいけないのか?」
決まりですので、とロギジーは笑みを崩さない。正直、この辺りで私はかなり面倒くさくなってきたが、この町に来るまでの道中を既に何百キロも歩いたばかりで、ここを出て新しい町を探す労力と比べればマシだと、私は腹を括った。
「鈴橋梦途。紀壊前12年1月2日生まれ」
「……ご住所は?」
「ないよ」
私の返答にロギジーはしばらく黙っていたが、それ以上は言及せずキーボードを叩いた。
「銃器、および刃物類は携帯されておりますか?」
「持ってない」
「念のため鞄の中身を改めさせてもよろしいですか?」
私は手提げ鞄をロギジーの前に置いた。ロギジーはそれを開け、中から私の慎ましい資産を一つひとつ取り出して並べていく。財布、地図、コンパス、日時計、携帯食料、水、ペン数本、手帳、折り畳みの机。
「確認いたしました」ロギジーが取り出したものを丁寧に鞄に仕舞い、私に返す。「ここから先は、書類にご記載をしていただきます」
ロギジーが手元から三枚の用紙を手渡した。そこには事細かに質問が書かれていてウッと息が詰まったが、もうひと踏ん張りだと気合を入れペンを掴んだ。
・共通通貨は所持されてますか? また、扱えますか?
→はい。
・何か持病の類はありますか? はいの場合は、病名をご記載ください。
→いいえ。
・食べ物のアレルギーはありますか? はいの場合は、その種類をご記載ください。
→はい。魚の卵。
・何か特定の宗教を信仰されておりますか? はいの場合で教義に反しなければ、宗教名をご記載ください。
→いいえ。
…………
およそ五十項目はあるだろう質問にすべて記入し、私はへとへとになりながら用紙をロギジーに手渡した。ロギジーは用紙を一枚一枚確認し、手元のキーボードを叩くと、私に向き直った。
「はい! 確認ができました。これで受付窓口での手続きは終了となります。この先にありますC出口からお入りください」
部屋の奥を見てみると、そこにはABCDとそれぞれ書かれた扉が四つあった。私はロギジーに会釈をし、鞄を抱えてC出口の扉に手を掛けた。数十分立ち尽くで、脚が棒のようだ。町に入ったら、何よりもホテルを探しに行こう。
扉を開けると、そこはどこかの会社のエントランスホールのような趣をしていて、中央にある受付窓口らしきところに一人の若い女性が立っているのが見えた。彼女が私に気付くと、傍に置かれたマイクを手に取り、「この町へようこそ。C窓口までお越しください」と事務的な台詞を吐いた。
「……は?」
私がぽかんと口を開けていると、女性が「いかがされましたか?」と声を掛けてきた。女性の名札には「メモル」と書かれている。
「いや、さっき受付で手続きを済ませたばかりなんだが……」
「はい。ですので、次はこのC窓口での手続きとなります」
「……次?」
「はい。この町は区画ごとに、種類の違う手続きをさせていただいております。その全てにお答えいただいた方を、最終区画の居住区へご案内する決まりです。ではさっそくお伺いいたします。魚卵のアレルギーがあるとのことで……」
「待った待った待った!」頭の整理が追い付かない私はメモルの質問を手で制した。「区画ごとに手続きって……この部屋のような窓口は、全部でいくつあるんだ?」
「そうですねぇ、先日追加の窓口が三つほど作られたので……合計で231部屋ですね」
「にひゃ……」
私は眩暈がした。ここを含めてあと230回も、このようなやりとりをしなくちゃならないのか。私の嘆きは口から漏れていたようで、メモルが「いえいえ!」と訂正する。
「窓口はご来訪者のご回答に応じて分岐しますので、最短なら30回程度の手続きで済みますよ」
「自分がその最短ルートを歩んでいると信じたいね」
最初の窓口に四つも出口があったのはそういう理由だったのか。見てみると、このC窓口の後ろにもC-A、C-Bと複数の扉が待ち構えている。外から見えた鉄筋のアーチは、この窓口の区画を分けていたようだ。
「……しかし、このような窓口がいくつも分かれて何百とあるのなら、この町がいくら広くてもスペースが足りないんじゃないか? その最終区画とやらには、どれぐらいのスペースを確保できている?」
私の質問に、メモルがにこっと微笑んだ。
「この窓口と同じ広さですよ」
数時間後、私は最終区画に辿り着いた。
メモルが言ったように、その場所は他の窓口の区画と変わらない広さをしていた。違うのは、部屋の中に窓口が設置されておらず、代わりにベッドやテーブル、テレビ、冷蔵庫などの最低限の家具と家電が置かれている点だ。
区画の中に人は居ない。この町の住人は全員窓口のオペレーターを務めており、各人が各区画の中で寝泊まりをしていると、何人目かの手続きの際に聞き出した。最終区画は、外部からやってきた人間専用の場所なのだ。
私は荷物を床に投げ出して、ベッドに身体を横たえた。ベッドは全部で五つあり、最大で五人の来訪者を対応できる、ということだろうか。私は孤独な旅人で大変ラッキーである。
「……ただ寝転んで休むために、63回か……」
誰に聞かせるでもなく呟き、そのまま目を閉じた。




