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町々  作者: 賽藤点野
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25/28

泣く町

 その町は大きく二つの区画に別れ、それぞれ対照的な風貌をしていた。

 片や、新築の建物ばかりが並び、道も新しく整備された美しい区画。

 片や、家も道路も荒れ果て、人が住んでいるのも怪しい廃墟のような区画だ。

 事実、後者の方は老朽化著しく、今まさに新しい区画へと引っ越しの途中らしい。

「八割くらいの住人は『新区画』へ越せましたかね。『旧区画』に残っているのはほとんどが老人で、彼らも着々と荷物をまとめてる感じです」

 そう私に説明をするのは、工務店の社長を務めているイグノスという男だ。工務店の社員数は二十人足らずで、新区画の工事は全て彼らが受け持っているとのことだ。

「実際問題、新居の建設が追いついてませんよ」

 そう言ってイグノスが苦笑する。周りでは作業員たちが扱う工具の音が響いており、イグノスも私もヘルメットを被っている。

「旧区画の老朽化は随分前から分かってましたが、新しい町作りの計画が難航しましてね。しかも建設が始まるギリギリまで住人に老朽化のことを黙っていたもんで、もう軽いパニック状態になり、家もろくに建ってない新区画に人がなだれ込んで来ました。最初の方は大変でしたが、今はやっと落ち着いてきたところです」

 作業員の一人が建築中の家の屋根に上り、集中した様子で金槌を振るっている。彼の後ろの方では、旧区画の古い町並みが小さく見える。

「古い町に残りたがる人はいなかったのですか?」

「いないことはありませんが、ほとんどの人は家への愛着よりも身の危険を案じて、新区画へ越すことに同意的でした。反対してた人も、家族が説得したらすんなり移住を受け入れました」

 つまりあの古い町は、そこに何十年も暮らしていた人々にあっさり見捨てられたというわけだ。住人たちの思い切りが良いと褒めるべきだろうが、少々寂しいような気もする。

「まあ、そんなわけで人の移動はなんとかなりそうなんですが……問題は『噴水』でして」

「噴水?」

 イグノスが旧区画の方を指さす。そこは小高い丘になっており、その頂上に石で組んだサークルのようなものが見えた。

「あの丘の上には随分昔から噴水があり、町のシンボルでもありました。そのため新区画に噴水を丸ごと移動できないかという話が上がりましたが、いかんせん水道と繋がっていることと、噴水そのものの老朽化も激しく、工務店の判断としては『難しい』と」

 町のシンボルの移設。それは住人によっては、住居を確保するのと同じくらい重要な案件なのだろう。

「やむなく、新区画にも新しく噴水を造ることにしたんです」イグノスがそう言って、一枚の図面を広げて見せた。「できるだけ形は寄せますが、石を組むのではなく、コンクリートで継ぎ目なく作成し、近くに公園も整備して人々の憩いの場にする計画です」

「しかしそれは……」

「分かっております、施工費は想定よりかなりオーバーしまして、取り掛かるのは大分後になるでしょう……ひとまず町の人々は納得してくれましたが」

 私が尋ねたいのはそこでは無かったが、イグノスはそれ以上その話題に重要性を感じてないらしく、また別の話を始めてしまった。私は話を半分聞きながら、遠くの丘にポツンと置かれた石造り噴水を眺めた。

 あの噴水が町のシンボルであるのなら、見捨てられた噴水の姿は、そのまま見捨てられた町そのものを表している気がした。

 その晩、私は新区画にあるイグノスの新居に泊まった。旅人に提供できるホテルが建てられるのは、まだまだ先のことなのだろう。

 案内された部屋の窓からも、旧区画の町が見えた。人がほとんど居なくなり、電気も点いていない町の姿が、星明りに照らされて夜の暗がりにボンヤリと浮かんでいる。そんな幻のような姿を眺めながら、私は眠りに落ちた。


 饐(す)えた臭いが鼻を突き、私は目を覚ました。

 部屋の中は薄明るく、どうやら夜明け前の時刻のようだ。窓から入る淡い光が部屋の中を照らす。その光の中に、ぼんやりと、埃のようなものが舞っている。確かに空気が埃っぽい。しかし、この部屋は掃除が行き届いていたはずだ。ベッドから上体を起こして周りを見る。やはり何かおかしい。壁も床も天井もどこか古めかしく、最近建てられたばかりの家とは思えない。窓の外を見る。昨日の夜見た通り、そこには隣の旧区画の町が見える。

 違う。あれは昨日見た町ではない。

 建物がどれも新しい。普請が済んでいない建物もちらほら見える。

 そして何より、丘の上にあの噴水が無い。

 今私が見ているのは、新区画の町だ。

 部屋の外からドタドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえた。扉が力強く開かれ、強張った表情のイグノスが部屋に飛び込んできた。

「ああっ! 貴方もこちらに……!?」

「イグノスさん? これはどういう……」

「どうもこうもありません! ちょっとついてきてください!」

 イグノスに手を引かれ、ベッドから無理矢理立たされる。状況に頭が追い付かない私はイグノスに尋ねる。

「落ち着いてください! そもそもここはどこですか!? 昨日の部屋は……」

「ここは私の家です!」

 イグノスはそう言うが、私は合点がいかない。昨日泊まった部屋とは何もかもが変わりすぎている。

 だが、次に彼が放った言葉が、今の状況を端的に表していた。

「旧区画にあった元の私の家です! 町の者みんな! 新区画から旧区画に移動しているんです!」


 家から出ると、確かにそこは旧区画の町並みだった。家も道路も荒れ果て、人が住んでいるのも怪しい廃墟のような町並み。

 そんな場所に、住人たちが全員集まっていた。みんな家の外に出て、今の状況に困惑した様子を見せている。

「私は昨日いつものように……いえ、自室を貴方にお貸ししていたからリビングのソファーで寝ておりました。部屋も家具も新築、新調したものです。だけど朝起きたら、そこには見慣れた光景が広がっていました。子供の頃から過ごした懐かしいリビングの床の上に、私は寝転がっていたのです」

 青ざめた顔でイグノスが説明する。私と同じように彼も、そして他の住人たちも一晩の内に、新区画の町から旧区画の町に移動していたというのだ。本人も気付かぬ内に、それも一人ひとり、昔住んでいた古い家の中に。

 私は遠くに見える新区画の町並みを見つめる。新築の家が立ち並び、美しく整えられた道が通る、理想の町並み。しかしそこに人の姿も、喧噪も、何かを作る工具の音も響いてなく、ただ新しい物だけが置かれた空間はどこか冷たい印象を覚える。

 片や、昨日は廃墟にしか見えなかった旧区画の町には現在人が溢れ、銘々が考え、話し、行動をしている。今この町は、かつてのような息遣いを取り戻している。

 しかし人々の話の内容は、ある一点に収束していく。

「……ひとまず、新区画の家に戻りましょう。皆が不在の内に、何者かが盗みを働いている可能性もあります。原因の究明は一旦後回しで……」

「そうですね。私の手荷物もここには無いようなので、一旦ここを出……」

 その時、ビシッという音が聞こえた。

 それはイグノスにも、他の人々にも聞こえたらしく、全員息を殺して周囲を見回す。

 不意に、イグノスが私の足元を指さした。そこを見ると、道路に亀裂が入り、チョロチョロと一筋の水が流れている。

 水が流れてくる先を目で追う。それは町の上の、さらに丘の上の方まで続いていた。

 あの石造りの噴水の一部にひびが入り、そこから漏れ出た水であった。

 それに気付いた瞬間、バシッ、バシッと、次々に地面に新しい亀裂が走る。イグノスが叫んだ。

「まずい! 地盤が崩壊する! 予定よりも早い!」

 イグノスが私の手を引いて、町の外へ向かって駆け出す。他の人々も同様だ。その間にも地面の亀裂は増え続け、近くにある古い家が傾き、倒壊する。

 走りながら、私は後ろの方に目をやった。丘の上の噴水が崩壊し、割れた箇所からどんどん水が流れ出す。流れた水は坂を下って、割れた地面に吸い込まれていく。水道に繋がっているとのことだが、その水量は異常に多く、流れ出た水がさらに地面を割り、噴水の崩壊も進んでさらに水が流れ、旧区画の町全体が滝のようになり、家々が次々に壊れ、流されていく。

 幸い、私を含めた町の者は全員、旧区画から脱出することができた。私たちは新区画の高台に上り、旧区画が崩壊していく様を呆然と見つめていた。

 やがて最後の家も水に飲まれ、旧区画の町には流れる水と、わずかに露出した丘と、その上に残る、もはやわずかな瓦礫の山と化した噴水のみが残った。全員がその場で何もせず、噴水の行く末を見守っていた。噴水を構築する石の一つひとつが崩れていき、全てが落ちると、丘も水に飲まれ、段々その形が平らになっていく。

 水の流出は突然止まった。溢れ出た水が近くの河川や谷に流れ落ちると、旧区画があった場所には、わずかな木片や瓦礫しか残っていなかった。


 全ては夜明け前の数十分の間に起こり、人々が寝静まっている間、誰にも知られぬ内に、何もかもが消え去った……はずだった。あの時、あの場に誰もいなければ。

 住人たちをあの町に連れ戻したのは誰なのか、それは今になっても分からない。

 新区画の町作りはすっかり進み、丘の上には公園が作られたが、そこに噴水の姿は無い。

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