紙が降る町
紙が絶え間なく降ってくる。赤、青、黄、緑、橙、桃、そして白。色とりどりの紙が。
紙は空から降ってくる。雲は出ていない、深い青空の向こう側から、パラパラと紙吹雪を散らすように、町に向かって何枚も、何十、何百、何千枚も。
町の建物はいずれも紙で作られている。何枚もの紙を束ねて筒状にしたものをさらに束ねて建材にしている手の込んだものもあれば、ただ紙を縦に積んでそのまま壁や柱に見立てた簡単なものもある。いずれにせよ材料はすべて紙だ。この町は紙だけは尽きることがない。
降ってくる紙の種類は、大きく分けて二つある。まず白い紙は、ごく一般的なコピー用紙のような見た目で、材質もほとんど変わらないように見える。この紙には、表面に文字が書かれている。
白以外の色の付いた紙は、大きさも形もバラバラのもので、白い紙よりも若干柔らかく、力を入れれば簡単に裂くことができる。これらの紙には何の文字も書かれていない。町の建材として主に用いられているのはこの紙である。
前述した白い紙は、町のあちこちにそのままの形で貼られたり、掲げられたりしている。そこに書かれた文字を住人たちに見せびらかすように。しかし彼らは、この紙に書かれている文面が読めないらしい。
「文字であることに違いはないと思いますがね。まあ天から降ってくるありがたいお言葉だと思って、皆お札のように扱ってますよ」
そう言って笑うホテルのオーナーに、次のバスがどの時間に来るのかと尋ねる。明日の朝までの便が無いことを知ると、荷物を部屋に預けて、町中へ繰り出した。
紙が降りしきる道中は、雪の中を進んでいるようであり、いつまでも続く暖簾を潜り抜けているような感覚になる。道を歩く人はみんな鉄製の傘を差しており、傘に当たった紙が放射状の軌道で地面に落ちていくのが見える。傘を持たない私は、紙で肌を切らないように気を付けながら先へ進んでいく。
途中、道端のベンチで休んでいる高齢の男性を見つけた。彼は傘も差さず、時々身体にぶつかる紙をぼんやり眺めながらパイプを吹かしている。私は彼と軽く挨拶を交わし、隣の席に腰掛けた。
「ここではずっと紙が降り続いているのですか?」
「うんにゃ、こんな風になったのは三十年くらい前からだなぁ」
ふぅーと煙と共に吐かれた男性の吐息が、空中を舞う紙を押しのける。
「最初は白い紙だけがパラパラと落ちてきた。紙には何か書かれていたが、誰にも読めん字なもんで、みんな次第に紙への興味を無くした」
一枚の白い紙が、私の手元にスッと落ちてきた。その紙を男性に向け「当時もこの文面で?」と尋ねると、男性が頷いた。
「白い紙はそっから数日間降り続いたが、やがて他の色の付いた紙も混ざって降るようになった。最初は地面一杯に紙が散らばるもんで、掃除が大変だとあたしらは迷惑したもんだが、紙が降りやまないと分かると、この紙を利用しようとなって、紙で色んなものを作り始めた。最初は本で、子供の玩具から、簡単な道具、やがては家もといった具合に」
そうそう、と言って男性が手を伸ばし、空中の緑色の紙を掴んだ。一発キャッチ。さすがに手慣れている。
男性はその紙を自身の口へ運ぶと、おもむろに噛み千切った。しかしすぐに顔をしかめて、口の中身を地面に吐き捨てた。
「色の付いた紙は一応食べられるんだ。しかしひでぇ味がするんで、食用にするという話は早々に没になったよ」
男性と別れてしばらくしても、私は彼の話をずっと頭でこねくり回していた。
さっき手にした白い紙の文面をジッと眺める。ある考えが浮かび、私は本屋へと向かった。
本屋は、他の建物同様に紙で作られているが、この町で最も巨大な建築物だ。紙の絶えることのないこの町では、書物が最大の名産品なのだろう。私は目的の本を見つけ、さらに併設している文房具店で望遠鏡を購入すると、早々に本屋から町中へ戻へと戻った。
夜、ホテルの自室。私はベッドには入らず、窓際に椅子を置いて、外の様子を望遠鏡で眺め続けていた。手元には、本屋で買った「図鑑」のあるページを開いて置いてある。
夜間も空から降る紙は絶えることなく、街灯の消えた町中に舞う紙は色の区別を失くし、ただ、白い紙に書かれた文面がより際立って見えた。自分の考えは杞憂だと思いつつも、その文面を見ると私は不安な気持ちになり、どうしても眠れずにいた。
町の端の方に降る紙が、不意に大きく舞ったのが見えた。私はそちらに望遠鏡を向ける。夜の空には紙がヒラヒラ漂うだけで、他には何も見えない。ただの風か、と一息を吐く。
その時。望遠鏡に映っていた建物の一角が突然崩れた。
私は息を殺し、その方向を注視する。そこに舞っているのも紙だ。空から降る紙か、建物に使われていた紙かは分からない。サイズが大きめの紙も見える。
違う。あれは紙じゃない。手元に置いた図鑑に視線を向け、対象と比較する。
あれは、「ヒレ」だ。
私は大急ぎで荷物をまとめ、ホテルの部屋から飛び出した。廊下で見回りをしていたオーナーとぶつかり「どうかしましたか?」と声を掛けられる。
「急いで逃げてください!」
「は? いったいなぜ……」
「町が食べられます!」
そう言った瞬間、ホテルが大きな振動に襲われた。天井から数枚の紙がパラパラと落ちてくる。オーナーはパニック状態に陥っていたが、私は廊下の窓から「それ」をハッキリと視認した。
巨大な魚の目だった。
私は廊下と階段を駆けて、ホテルの外に飛び出した。他の宿泊客も従業員もオーナーも同様だ。町を見渡すと、他の建物からも多くの人々が逃げ始めていた。
私は空を見上げる。そこでは、大きなヒレがゆらゆらと、ゆっくり、優雅にたなびいていた。
町の空を、巨大な金魚が何匹も泳いでいた。
朝まで出ない予定だったバスが急遽出され、人々は先を争うようにそれに乗り込んだ。何人かに押され、どつかれながらも、私は一台のバスに乗車を果たした。
バスの中であっても住人たちのパニックは収まらなかったが、私は状況を分析できる程度には落ち着いていた。
窓から外の様子を伺う。金魚たちは空中で口をパクパク動かす者もいれば、建物を壊して、その破片を口にする者もいる。
あの金魚たちが人々を襲うことはないだろう。彼らの目的は、空から絶え間なく降ってくる「餌」であり、その餌によって作られた建物なのだから。彼らは撒かれた餌に集まって来ただけなのだ。
金魚たちは食欲旺盛で、町中の紙が次々に無くなっていったが、白い紙だけは食べられず、ずっと残っていた。その紙全てに同じ文面が書かれていた。私はポケットに仕舞った白い紙を取り出し、窓の外へと放った。
「RUN」という一単語のみが書かれた、その紙を。




