吊るす町
建物と建物の間にロープのようなものを張り、道を横断するように何かを吊るしているという光景を、幾度となく見てきた。
大抵それは洗濯物で、庭やベランダを持たない家々が、服を乾かすためのスペースを確保するための工夫である。電化製品等の配線を吊るしているケースや、釣ったばかりの魚を干したり、催し物の旗を掛けていたりする場合もある。
「吊るす」という行為自体は、町ではありふれた光景だ。今まで旅をしてきた中で、特段気にしたことはない。
しかし、今日訪れた町では、そのような光景が嫌でも目に入ってきた。この町では、吊るしているものが過剰に思われた。
町中に存在するあらゆる建物の間にロープが張られ、そこには洗濯物、電化製品のコード、干物、旗、他あらゆる日用雑貨が吊るされている。その数があまりにも多く、空全体が吊るされたもので埋め尽くされ、町は影が掛かってどこでも薄暗い。
各商店の店先も異様な光景だった。普通、台や棚に載せられている商品が、皆一様に吊るされて販売がされているのだ。肉も、魚も、野菜も、服も、本も。この町では、あらゆる物品が吊るされることで配置されているらしい。
町はお世辞にも広いとは言えないが、何もかもを吊るして無理矢理スペースを確保する必要があるとも思えない。どういう訳かと町中を観察していると、郵便配達員らしき男性がある家に手紙を持ってきたのが見えた。男性は手紙に糸を括り付け、それを玄関の扉の上に吊るすと、また次の家へと向かって行った。この町はどの家にもポストがなく、手紙や郵便物が玄関に吊るされている家をいくつも見つけた。
町中で遊ぶ子供たちは、銘々で人形や銃のおもちゃ等を手にしているが、彼らは皆それらに糸を結び付けて、家の屋根や街路樹の枝先に吊るして遊んでいる。この町では「吊るす」という行為が、大人から子供まで何か特別な意味を孕んでいるようだ。
その日泊まったホテルの主人と親しくなり、彼は酒蔵に吊るされていた年代物の酒を私のグラスに注ぎ、陽気に語り始めた。
「いや、俺がこの町に来たのは十年くらい前なんだが……大昔、この町では縛り首にされた領主が居たそうで」
「ほう、縛り首」
領主が縛り首にされたというのは穏やかな話ではない。
「年貢の横領だとか、町の娘を何人も攫っただとか色んな罪に問われて処刑されたんだが、実はそれらは全て領主の部下がやったことで、領主本人は何もしてなかったとのことだ」
「つまり免罪だった、と」
酒を一口含む。発酵した果物の香りが鼻腔をくすぐる。
「町の住人達はひどく後悔した。『吊るされた領主』に罪はなく、『吊るされなかった部下』たちが悪人だったんだからな。
それ以来、人々は正しいもの・正確なものは吊るし、悪いもの・怪しいものは吊るさずに置いておくようにしたのさ。亡き領主への弔いを兼ねてな」
私はグラスをテーブルに置き、首を捻る。
「おかしな話ですね。弔いと言っても、領主にとっては吊るされることがトラウマになっているだろうし、正しいものが吊るされるべきなら、町中の人間を縛り首にする必要がある」
「そりゃそーだ」店主が笑いながら新しい酒をグラスに注ぐ。「領主なんてものが存在したのは何百年も昔のことだし、子供に聞かせる童話みたいなもんさ。あるいは、俺やあんたみたいな余所者を騙すホラ話か」
店主の笑い声を聞きながら二杯目の酒を口にする。度数は思ったよりも高く、これ以上飲むのはキツそうだ。
このような「教訓話」はどのような経緯で生まれるのだろう。本当にそのような「教訓」があり、そこから町の文化が形作られるのか。あるいは、町の文化にある程度の説得力を持たせるために、このような話が創作されるのか。明日時間があれば、その領主とやらの詳しい話や、痕跡を探してみるのも面白いかもしれない。
私は窓の外を見つめた。建物と建物の間に張られたロープに、主人や宿泊客の服が干されている。アルコールの影響か、なんだかそれが縛り首にされた何人もの人間の姿に見えるような気がした。
明日の朝、私もあそこに吊られるのだ。私は笑ってグラスを飲み干した。




