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町々  作者: 賽藤点野
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17/28

窮屈な町

 右手、右足を慎重に伸ばし、身体が問題なく進むことが分かれば、左手、左足もそれに続く。そうやってジリジリと、時間をかけて「通路」の中を進んでいく。

 通路とはこの町の中での表現だ。余所の町ではこの場所を「隙間」と呼ぶだろう。

 私は今、建物と建物の隙間に挟まれている。何か大きなトラブルに巻き込まれたわけではない。ホテルから出て、町の出口に向かっているだけなのだ。昨日、町の入口からホテルに向かったように。

 この町は狭い土地に多くの建物が密集している。建物と建物の距離は広くても五十センチ程度しかなく、住人は身体を横向きにし、壁に腹と背を擦りつけながらこの隙間を移動している。この町には道というものは存在しない。余った土地にできるだけ建物を立て、奇跡的に残ったわずかな隙間を移動用の通路として利用しているのだ。

 土地が狭いのに対し、建物はすべて高層だ。土地が狭いからこそ居住空間を多く取ろうとした結果だろうが、わずかな範囲に密集して伸びる高層ビル群は、外から見ると一つの巨大な塔のようにも見える。

 私は上を見上げる。建物の頂上は霧に包まれており、その天辺がどこにあるのか目視での判断はできない。空を超え、大気圏外まで伸びているのではないかと錯覚しそうになる。

 こうして建物に身体を挟まれ、遥か頭上から見下ろされていると、子供の頃のトラウマが蘇ってきそうだ。人生で初めて遭遇した満員電車の記憶。小さな私は、電車に乗り込んだ大人たちにギュウギュウに挟まれる。どこにも手をつくことができず、自ら動くこともできない。上を見ると、仕事に向かう大人たちの冷たい視線が、子供の私を見下ろしている。

 怒声にも似た叫び声が聞こえ、私の意識が満員電車から建物の隙間に戻る。叫び声は近いようであり、随分遠くから聞こえたような気もする。この町ではこのような叫びが時折聞こえてくる。叫び声を上げるのは、いずれも建物の隙間を進む人々だという。窮屈な状況に身体だけではなく精神も圧迫され、心を狂わせてしまうのだ。私もあと少しでそうなるところだったのだろうか。

 建物の隙間と隙間が交差する場所に来た。町の出口に向かうには、ここを右に曲がらなければならない。方向転換をするには身体を捩(よじ)る必要があるのだが、それが一番しんどい。直進(正確には横進)するよりも身体を建物の壁に擦りつけなくてはならないし、捩(よじ)り方が下手だと、隙間と隙間の交差点に身体が引っかかり、最悪身動きが取れなくなってしまうのだ。嘘か誠か、隙間の交差点では毎年、行方不明者の白骨死体が見つかるという話をホテルのオーナーがしていた。

 この町の住人は、年々建物から出てこない人が増えているとのこと。建物の隙間を進むのは億劫だし、前述の交差点の話は大袈裟にしても、隙間を通ることで怪我をする人が居るのは事実だ。人々が不要不急の外出を避けるのは、ごく自然のことだと思う。

 この町で一番大きな建物(市庁舎にあたるのだろうか)では、その中だけで社会が回っているという話も聞いた。建物の中に食料品、衣料品、生活雑貨、娯楽品を扱う店が集結しており、住人達は一生を建物から出ることなく、快適に暮らすことができるという一種の理想郷の話。現状の己の苦労を考えるとあり得なくもない話のような気もするが、では建物の中の店は、どのようにして商品を補充しているのだろう。雑貨や衣料品はまだしも、食料品は毎日のように消費されるし、保存できる時間にも限りがある。建物に入った時に持ち込んだ在庫だけでは、住人達の一生の保証はできないだろう。霧に包まれた建物の屋上にはヘリポートがあり、そこでヘリコプターが離着陸して物資を運んでいる可能性はある。地上や室内の住人からは見えない場所で、住人が生きていくためのシステムが動いている。

 そんなことを考えている内に私は交差点を抜け、比較的真っすぐで滑らかな隙間の通路に辿り着いた。あとはここを前進していけば町の出口に着くはずだ。町の出入口の通路が最も快適で、町の中心に向かうに連れてどんどん窮屈になっていく通路。それは町の作りとして間違っているのか、それとも正しいのかは分からない。出口まであと何分かと心の中でカウントダウンを始めると、またどこからか叫び声が聞こえた。

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