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町々  作者: 賽藤点野
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16/28

ディスクの町

 ああ、また「はずれ」だ。何日も歩き通しだった私はひどく失望した。

 今私の前には、大きな「板」のようなものが等間隔で何枚も並んでいる。高さは三メートルくらいあるのに対し、厚みは三十センチもない。これは人が住む家ではない。ただのオブジェだ。

 私は今までの旅でこのようなオブジェ群を幾度となく見てきた。それが誰かの芸術作品なのか、かつては町だったものの成れの果てなのかは分からないが、大抵は旅人の私にとって何の利も与えないものだ。芸術では心が満たされても、切羽詰まった飢えや渇きは癒せない。

 板は前方に何百メートルも続いて配置されているようで、私は少し眩暈がした。気を紛らわせるために、板そのものを少し観察してみることにした。

 板は透明なガラスか、プラスチックで出来ているようで、その中に巨大なポスターのようなものと、金属光沢のある別の板を内包しているようだ。これは板というよりも、透明なケースと言った方が正しいかもしれない。

 ケースであればどこか開けるのではないかと、私はケースの端を掴んで、力を込めて見た。するとパカッと、わずかな抵抗を感じながらも、ケースは扉のように開いた。

 ケースの中身が露わになると、わたしはその「正体」に気付き困惑した。ポスターに見えたものは十数ページからなる冊子のようなもので、金属光沢を放つ板は円盤型をしており、真ん中に穴が開いていて、それがケースに付いた窪みにカチリとはまるように収まっていた。

 これはCD(コンパクトディスク)ではないか。

 円盤は音楽データ等を保存したディスクで、冊子はその音楽の歌詞やアーティストの写真等を載せたブックレットだ。ここ数年目にしていなかったが、まさかこんなところで出会うとは。

 しかしサイズが大きすぎる。まったくC(コンパクト)ではない。高さ三メートルもあるディスクは丸い巨大な鏡のようだし、冊子は博物館に収められた羊皮紙からなる巨大な本を思わせる。

 そして私が知っているCDケースの中には入っていないものも存在する。それはディスクの鏡面に当てられた細長い突起のようなものだ。突起の先端にはセンサーのようなものが取り付けられている。

 センサー、これはもしや、ディスクを読み取るための装置なのではないか? 私はケースの中をさらに詳しく調べ、ディスク中央の穴の窪みに、いくつかボタンが付いているのを見つけた。

 私はボタンの一つを押してみた。すると、ディスクが窪みを軸にして、高速で回転を始めた。

 このケースは、再生機器をも兼ねていたのだ。するとどこかにスピーカーもあり、今この空間に音楽が鳴り響くのかと考えていると、ディスクを読み取る突起の側面からピカッと光が照射され、私の足元を照らした。突然のことに私はその場から跳び上がった。

 さっきまで私が立っていた地面に、何かが映し出される。それは眼鏡を掛けた初老の男性のように見えた。男性は目を開き、私に向かってお辞儀をした。

『ようこそ我らが町へ。私はこの町の町長です』

 彼の言ったことに私は目を丸くした。町? 町だと言ったのか? 巨大なCDケースが何百メートルも並べられているだけのこの場所が?

『このような場所がなぜ町なのかとお思いでしょう』

 私のリアクションを見ての反応なのか、録音(録画?)したセリフを再生しただけなのか、町長が続けた。

『正確にはここは「町の記録」。かつての町の姿を保存している場所なのです』

「……町の記録?」

『かつてこの町は』私と会話をするように、町長の「記録」は語りだす。『人口数千人からなる栄えた土地でした。しかし急な気候変動の影響により、雨がほとんど降らなくなり、食物となる野菜も、家畜の飼料も育てられなくなりました。今見ている貴方の時代では環境も回復しているかもしれませんが……』

 私はパサパサに乾いた地面に手を当て、今まで歩いてきた荒野に目をやった。どうやら私は「回復の時代」の住人ではないらしい。

『このままでは我々は滅び、やがて人々の記憶から忘れられていく……そこで我々は、ディスクに町の記録そのものを残すことにしたのです』

 町長はそう言うと、私の方に歩み寄って来た。ただの記録を再生しているだけのはずなのに、その歩みには意思のようなものを感じさせる。

 町長が手を伸ばし『触れてみてください』と言った。『このディスクに備え付けた投射機は特殊なもので、大地や空気中の粒子を利用し「触れる映像」を作り出すのです』

 私は恐る恐る町長の手に指先で触れた。若干ザラザラとした手触りではあるものの、確かにその映像には感触があった。

『我々はこの技術を利用し、町の中の様々な事象を記録に残しました。商店、レストラン、ホテル、ごく一般の家庭の中……もちろん購入した商品は持ち帰れませんし、レストランで出された食事を食べることは出来ませんが、ホテルや家の中の布団でくつろぐことは可能です。これらの記録は長めの再生時間となっておりますので、旅人の方は是非ご活用ください』

 町長はまたお辞儀をし、ニコリと笑みを浮かべた。

『以上、この町の「説明」を町長が仰せつかりました。我らが町の記録、ご堪能あれ』

 フッ、と、そこで町長の姿が消え失せた。ディスクはゆっくり減速し、やがて回転を止めた。

 私は開いたケースをゆっくりと閉じ、しばらくそこで立ち尽くしていた。自分が何をすべきか、分かりかねていた。

 だが町の住人、それも町長がわざわざ「ご堪能あれ」と、どこの馬の骨かも分からない旅人をもてなそうとしてくれている。こちらもそれを受けるのが礼儀というものだろう。私は少し離れた先にあるケースに近づき、その蓋を開けた。


 この町は本当に豊かな場所だったのだろう。地面に映し出される町の記録はいずれも賑やかで、明るい日常の数コマを切り取っていた。

 ショップに並ぶ商品や、レストランで出される料理は多品目で、この土地ではおおよそ採れないであろうものも含まれている。余所の町との貿易も盛んであったのだろう。

 他の町との交流もあったのなら、何故彼らはこの町を移住せず、ただ記録を残そうとしたのだろう。どの町も危機的状況にあったのか、何か精神的、宗教的な理由で町を離れられなかったのか。

 先ほどの町長もそうだったが、記録に残された人々は皆笑顔だ。彼らの行く末に終わりの気配は感じさせず、これからもこの幸せな日々が続いていくような明るい雰囲気を作り出している。彼ら個人はどのような心境でこの映像を撮り、何に対して笑っていたのだろうか。

 しばらく町の景観を堪能した私は、やがてホテルの記録を収録したディスクに辿り着いた。そのディスクは、外のケースも付属するブックレットも含め、他のものよりも使い古されているように見えた。

 おそらく、私以外の旅人もこのディスクを大いに活用しているからだろう。皆律義なのか、それともここしか泊まれる場所が無いからなのかは知らないが、ここまで使ってもらえば町長も住人達も満足なことだろう。私はディスクを再生し、豪勢な内装と調度品が備わった一室を楽しみに待った。

 だが、映し出されたその記録は、他のものと比べてあまりにも異質だった。

 ノイズのような線があちらこちらを横切り、室内の家具や雑貨は波打つように乱れ、人の形は大きく捻じれて異形の姿となり、何を喋っているかも分からない。

 これは、どういうことだ。この映像は、いったい何の記録を残したものなのだ?

 気象現象だけではなく、何が異常な存在が、人々を滅亡まで追い込んだというのか。

 そうだブックレットだ。ブックレットに詳細が書かれているかもしれない。私はケースの方を振り向いた。

 いや、違う。これは……。

 私は停止ボタンを押し、乱れた映像が消え、ディスクは回転を止める。その表面を見てみる。所々キズがあり、シミや汚れのようなものも見える。

 「経年劣化」だ。

 多く使われたことによりディスクが痛み、記録した映像にその影響が及んだのだ。長い再生時間も、それに少なからず後押しをしたのだろう。

 ここは乾燥した土地で、他の環境に置くよりも物の劣化は緩やかだ。しかしそれも時間の問題であり、あと何十年、何百年も経てば、他のディスクもこれと同じように劣化を生じ、記録は異常に乱れ、やがて何も映らなくなる。

 記録を後世に残そうとしたこの町の人々の考えは間違ってはいない。しかしそれが物理的な記録である限り、やがて記録は掠れていき、いつかは消えてなくなる運命にある。

 町の人達は、町長は、それが分かっていたのだろうか。記録は永遠には残らないと知った上で、あのように皆で笑い合っていたのだろうか。

 私はディスクのケースを閉じ、それに背を預けて目を閉じた。

 なるべく今日見た出来事が、頭の奥底に記録されることを祈りながら。

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