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町々  作者: 賽藤点野
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11/12

包みの町

 その町には大きな「包み」が何個も置かれていた。

 家一軒ほどの大きさのものが、様々な模様の布や紙、ビニール袋で包まれ、道沿いに整然と並んでいる。町に人の姿は無く、あるのは歩道と街灯と、上記の大きな包みのみだ。家々の代わりに包みが置かれているような空間だ。そもそも、町と定義していいのかどうかも分からない。

 包みの布や紙の色は鮮やかで、日中ということもあり町全体は明るい雰囲気を(かも)し出している。模様も子供向けのポップなもので、クリスマスの朝にツリーの足元に置かれたプレゼントを、小人になって床から見上げているような気持になる。

 だが、プレゼントばかり見ていてもどうにもならない。今晩の宿を見つけるべく、毎度のことながら私は町を散策しだした。

 十分ばかり歩いてみたが、道の先々までカラフルな包みが置かれているばかりで、ホテルはおろか人の居住空間すら見当たらない。私は絵面が明るいだけの廃墟に迷い込んでしまったのだろうか。少し休憩するため、近くのベージュ色の包みに寄り掛かる。近くで見ても、大きさを除けば何の変哲もないただの布包みだ。

 私は少し考えてから、その包みをよじ登り、包みを縛る上部の紐を引っ張ってみた。紐はそれほど固く結ばれてはおらず、少し力を込めればスルスルと解けてしまった。

 紐が抜けると、私は包みから降りて布をゆっくり捲っていく。仮に、中に家が包まれているのだとしたら、それが有人でも無人でも、一晩は過ごせるだろうという考えからだった。

 だが、布が全て捲れると、予想外のものが姿を現した。

 それは少年だった。十代の半ばくらいだろうか。それくらいの男の子が、開けられた包みの中に一人佇んでいた。

 少年は私に気付くと、何事もないようにペコリと頭を下げた。私も釣られて頭を下げながら、ちょっとした違和感を覚えていた。包みの中に少年が居たこともそうだが、彼を一目見て感じたことだ。

 私は、この少年を知っている。

 しかし、それが誰だったか思い出せない。

「何かお困りでしょうか」

 少年が私に話し掛けた。見た目の割に落ち着いた口調だった。

 私は先程の違和感を一旦置いておき、自分は旅人で、今日泊まれる場所を探していることを正直に伝えた。

「泊まれる場所……ここから少し歩いたところなら、あるいは」

 少年はそう言うと、道の先にスタスタと歩いていってしまった。私は戸惑いつつ、その後に大人しく続いた。

 百メートルほど歩いたところで少年は立ち止まり、目の前にある包みを指さした。濃い青色の紙で包まれたものだ。これを開けろということだろうか。私は包みの側面に近づき、そこに貼り付けられているテープを慎重に剥がし、包み紙を捲った。

 中から出てきたのは、自動車だった。人は乗っていないが、何故かエンジンが掛かっていて、排ガスを噴き出している。

「残念、家はここじゃありませんでしたか」

 そう言うと、少年はまた道をスタスタと歩き出してしまった。だが私は、その後をすぐには追いかけられなかった。

 目の前にある自動車にも、見覚えがあった。もちろん自動車などあらゆる場所で見てはいるが、何故かその状態の、その自動車をどこかで目撃し、強く記憶していたような気がするのだ。

 もう少し考えれば思い出せそうだったが、少年があまりに遠くに行きそうだったため、慌ててその場を立ち去った。

 その後も、少年が立ち止まった場所の包みを開けては、色々なものを見つけた。大きな釣り針の付いたロープ。酒瓶とグラスの置かれた長い机。熟した赤い木の実。光を反射する細い金属製の物体。

 いずれも、現状で役に立つものではなかったが、私はその一つひとつで立ち止まり、数秒間頭を巡らせた。どの物品にも見覚えがあった。少年が速いペースで次々に新しい包みへ向かってしまうので、完全に思い出す時間は無かったが、私は確かにそれらを一度見たことがあるはずだった。

 そして、何個目かも分からない包みの前に我々は立っている。柔らかい手触りの水色のビニールで包まれたものだ。この時点でビニール製の包みをいくつか開封していたため、私は慣れた手つきで、ビニールの上部の結び目を解いた。中からは一軒の家が出てきた。

「よかった、やっと出てきましたね。これで……」


 私は、少年が何と言ったのかよく聞いていなかった。

 ()()()は、見た瞬間に()()()か分かった。

「……どうして」

 ()()()が、ここに。

 家の外観は、普通の家と比べて特段変わったところは無かった。

 すべてが透けて見えるという、一点を除いて。

 私は玄関の扉を開き、家の中に入った。

 内装も外観と同じだった。普通の家と何ら変わらない家具に、家電に、雑貨。しかしそのいずれもが透けて見える。

 そして──そこで暮らす、一人の女性の姿も。

「────ツムリ」

 私の声を聴き、キッチンでお茶を入れていた彼女が振り返った。

 彼女が何かを言う前に、私は早足で近づき、彼女に迫った。

「なぜキミがここに居る? キミはあの町で時を過ごしていたんじゃ……もう既に見えなくなっているものだと、私は覚悟して……どうして、キミがこの町に……」

 自分でも何を伝えたいのか、何を言っているのか分からなかった。その問いに、何の答えを得たいのかも。

 すると、彼女が持っていたカップを置き、私に微笑んだ。

「困りますよ、鈴橋(すずはし)さん」

 彼女の透き通った声が、私の名を呼んだ。


「あなたが忘れてくれないから、私はいつまでも消えないじゃないですか」


 その時、外で大きな音が聞こえた。

 何かがはためき、吹き飛ばされるような音。後ろを振り向く。この家は透き通っているので、通りの様子がよく分かる。

 突風が吹いていた。先ほどまではほとんど無風だったというのに、風が、この町にある包みの布や、紙、ビニールを何もかも吹き飛ばしていた。

 包みの中身が露わになる度、その物品の記憶が頭に蘇ってきた。

 記憶。そうだ。この町の中にあったものは、すべて私が記憶してきたもの。

 誰も居ない町の自動車も、家を海から引き上げる釣り針も、電車の中のパブの机も、雪原の中の温室に育つ木の実も、地面から生え続ける建物の欠片も。いずれ消えゆく町に暮らす、いずれ消えゆく彼女の姿も。

 ……では、彼は?

 私は外を見る。透けた家の玄関の前に、先ほどの少年が立ち続けている。突風が吹き荒れる中、微動だにせず、黙って私を見ながら。

 彼の顔を、確かに覚えている。あの顔は、つい最近も見た顔だ。

 最近の彼は、随分と老け込んで見えた。将来性も無い旅の疲れによってか、それとも真っ当な成長と老いによってなのか。

 あの頃の彼は、一体なにを考え、どうやって生きようとしていたのか。

 遠くから大きな黒い布が飛来するのが見えた。それが彼にぶつかりそうで、私は家から出ようとした。

 しかし布は、私も彼も、家も覆い尽くせるほど大きかった。


 気が付くと、風の音はすっかり止んでいた。

 私は布からやっと這い出て、外の景色を見た。

 包みも、包みの中身もすべて消え去り、周囲にはいくつかの布や紙が散乱しているばかりだった。

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