表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あした  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/29

入部

翌日の昼休み。ユイが、購買部の袋をぶら下げてウチの席に来た。


「ねえ、入部届、もらってきた」


「は?」


「ボクシング部の。顧問の先生に話したら、本人が来たら受け付けるって言ってたから、あとは明日が来るだけ」


「来ないし」


「え、なんで?」


「向いてないって言ったじゃん。何回も」



ユイは、購買のパンの袋を机の上に置いて、腕を組んだ。


「向いてる向いてないじゃなくて、公式な試合してみたいんでしょ? 部活通さないと、高校生は公式戦出られないじゃん」


「……知ってる」


「じゃあ、入るしかないじゃん。単純に」


単純に、って言うな。こっちは複雑なんだよ。


「ウチ、今さら部活とか、マジで馴染めないし」


「別に馴染まなくていいじゃん。試合出るための手続きだと思えば」


「手続き……」


「そう。書類仕事みたいな感じで。入部届出して、練習出て、エントリー登録して、試合行く。それだけ」


「それだけって」


「それだけ。ウチ、顧問の先生にも話してあるし。ジムで本格的にやってる子だから、部活の練習は基礎確認くらいでいいって」


「勝手に根回しすんな」


「してないと話進まないから」


ユイは、パンの袋をぱりっと開けながら、こっちをちらっと見た。


「あとさ、部員が増えると部費も増えるから、顧問の先生もわりと喜んでたよ。明日が来ても、誰も迷惑しないから」


「……そういう問題じゃないし」


「じゃあ、どういう問題?」


返せなかった。


ウチが黙ってると、ユイはパンをひとかじりして、のんびりと続けた。


「ジムの会長さんにも聞いたんだけど、部活の練習は週三くらいにしとけ、ジムのほうが本番だからって言ってたよ」


「あのジジイ、ほんとに余計なことしか言わない」


「いい人じゃん」


「口悪いし、タバコくさいし、説教長いし」


「でも、明日のこと、ちゃんと見てるじゃん」


ユイの声は、責めてるわけでも、煽ててるわけでもない。ただ、事実みたいに言う。


「……まあ」


机の端を指でとんとん叩く。入部届の紙が、ユイの手の中でくしゃっとなってる。


「その入部届、置いてけ」


「え?」


「置いてけって言ってんの。持って帰るとか、ゴミ箱に捨てるとか、そういうことはしないから」


ユイは一瞬ぽかんとして、それから、口の端をぐっと上げた。


「……わかった。置いとく」


机の隅に、入部届が一枚。


ウチはそれを見ないようにしながら、窓の外を見た。





入部届を出したのは、その三日後だった。


放課後、誰もいない職員室の前に立って、三秒くらい迷ってから、ドアを開けた。顧問の先生は、ちょうど帰り支度をしてた眼鏡の女の先生で、「あ、神崎さん?」って言いながら、別に驚いた顔もしなかった。


「ユイから聞いてます。はい、これ」


渡された練習スケジュールを見ると、週三回、放課後一時間半。場所は体育館の隅のボクシングコーナー。


「ジムでの練習を優先してもらって構いません。うちの部は、とにかく試合に出ることが目標ですから」


「……わかりました」


「あと、部員が少ないので、あなたが来てくれると助かります。正直に言うと」


「正直すぎ」


先生は、眼鏡の奥でちょっとだけ笑った。


「神崎さんって、ユイが言ってたとおりの子ですね」


「ユイが何を言ってたか知らないけど、たぶん半分は盛ってる」


「素直じゃないけど、ちゃんとしてるって言ってましたよ」


「……それ、褒めてんの?」


「褒めてます」


なんか、ユイの口癖が移ってる気がした。





部活の練習は、ウチが思ってたよりずっと静かだった。


部員は、ウチを入れて四人。一年が二人と、二年が一人。みんな、それぞれ自分のメニューをこなしてて、誰もウチに「なんで今さら入ったの?」とか聞いてこない。ユイが事前に根回しでもしてたのか、それとも単純に興味がないのか。どっちでもよかった。



ロープスキップ十分、シャドー三ラウンド、サンドバッグ三ラウンド。


ジムと比べると、設備も古いし、サンドバッグも少し軽い。でも、体を動かす感覚は同じだ。汗をかいて、呼吸を整えて、拳を振り抜く。その間だけは、余計なことを考えなくていい。


「神崎先輩、フォームきれいですね」


一年の子が、シャドーの途中でぽつりと言った。


「ジムで習ってるから」

「そうなんですか。いいな」

「別に。しんどいだけだし」

「でも、強そう」


「試合出たことないし、まだ何もわかんない」


「でも、なんか、違いますよ。動きが」


それ以上は続かなかったけど、悪い気はしなかった。





ジムの練習は、部活の翌日に入れた。週三の部活と、週四のジム。体はしんどいけど、慣れてくると、部活で体を温めてからジムで本番、みたいなリズムができてきた。


「おい、最近なんか動き変わったな」


ミットを受けながら、会長が言った。


「そう?」


「ちょっとだけ、無駄が減った。部活で基礎やってるから、体が整ってきてんだろ」


「部活の練習、ほぼシャドーとサンドバッグだけだけど」


「それで十分だよ。基礎は繰り返すほど染み込む。ジムで応用できるようになる」


ワンツー、左ボディ、右アッパー。コンビネーションを打ち込むたびに、ミットが乾いた音を立てる。


「インターハイの地区予選、エントリーしたぞ」


「……は?」


「学校の顧問に話通した。お前の名前、入れといた」


「勝手に」


「お前が入部したんだから当たり前だろ。何のために入ったんだ」


「……手続きのため」


「同じことだ」


会長は、ミットをぱんぱんと叩いて、ウチの顔をじっと見た。


「逃げんなよ。ちゃんと出ろ」


「逃げないし」


「言葉じゃなくて、体で示せ。ほら、もう一ラウンド」


「はいはい」


ゴングが鳴る。


汗が額を伝う。拳が空気を切る。

――逃げない。自分で終わらせる。

それだけを、頭の中に置いておく。





地区予選の一回戦、二回戦、三回戦、全部、詳しく覚えてるわけじゃない。緊張して、ゴングが鳴って、気づいたら終わってた、みたいな感じのラウンドもあった。


一回戦は判定で勝って、二回戦は三ラウンドで止まりかけて、それでも前に出て、最後は相手が先にダウンした。


「お前、なんで前に出られんの? 普通、怖くて足止まるのに」


試合後、ユイが不思議そうに言った。


「別に。後ろに下がっても、いいことないし」


「それ、ボクシングの話だよね?」


「そうだけど」


「なんか、それ以外にも聞こえる」


「気のせい」


ユイは、ニヤリとして、それ以上は何も言わなかった。


地区予選を抜けて、県大会へ。県大会で二勝して、インターハイ本選への切符が手に入った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ