君への愛を世界に叫ぶ
3
端末に組み込まれた機械、指紋認証装置に似た物体にヴァンとメディアは手を置いていた。
ただ、二人の視界に映るのは現実のその光景ではない。神話にある天上界を思わせる光に満ちた空間だ。
大きさが不揃いな、光る粉雪のような物が無数に集まり、煌々と照らしている。その只中に、ヴァンとメディアの意識はあった。
自らの身体感覚は希薄で、意識だけを取り出してその空間に投射しているイメージだ。
魔術通信網「生命の樹通信網」の海の中、そこに二人は居る。
そして、ヴァンはメディアの記憶の抽出を実行していた。
彼女の人生が走馬灯の如く、彼の脳裡を過ぎる。十数年の記憶が僅か数秒に短縮され彼の頭の中で再現された。
頼むから早く――祈るような気持ちで目的の情報が検出されるのを待つ。
だが、体感する時間は実時間そのままだ。……長い時の旅路の果てに、ヴァンは魔法式「妨害」に関する記憶へとたどり着く。
それを不死者としての人間さえ凌駕する魔術の力量で顕現させた。
やった――思わず、喝采を胸の裡で上げる。
これにより、魔導兵器は力を失う――はずだった。
しかし、異変が起きた。
黒い重油を思わせる存在が、「生命の樹通信網」の海から染み出るように姿を現す。
茫然と見守るヴァンとメディアの前で、それは巨大な湖を思わせる質量が集合、合体した。
ヴァンの頭の片隅の冷静な部分が、それが何であるかを理解する。
「悪疫……」彼は茫然と呟いた。
「そんな……」メディアがそんな言葉を漏らす。
咄嗟にヴァンは、彼女を強制的に現実へ送り返した。
その途中で、彼女はこちらが使用しようとしている魔術に気づき「待っ――」制止の声を上げようとしたが、それは遮られる。
そして、光の宇宙にヴァンと悪疫の集合体だけが残された。ヴァンは一度意識の目を閉ざし、メディアのことを思う。
(メディア、好きだよ)
本人にそのことを伝えられなかったことに思い当たり、彼は心の中で告げる。
そして、悪疫へと意識の眼を向けた。奴は邪魔者が現れたことを察知し、抹殺しにきたのだろう。その巨大さを考えると、消し去ることは出来ない。
だったら、同化して取り込む――それぐらいしか、方策が思いつかなかった。彼は決然とした想いと共に、矢のように悪疫の集合体へと突っ込んだ。
†
現実に還ったメディアは、再度生命の樹通信網にアクセスしようとした――が無理だった。ヴァンが自分に危険に及ばないように処置を施したのだと思い、彼女は下唇を噛んだ。
床にはヴァンが身体を横たえている。その様子は、ただ安らかに眠っているだけのように思えた。
長いことそうした末、彼女は基地が静か過ぎることに気づく。
復讐の女神は……? ――端末を操作し、基地の外の映像をそれぞれの場所を分割させ映し出せた。そこには、巨大な軀を地面に横たえさせる復讐の女神の姿がある。
メディアは、画面の端に何かの影が映り込んでいることに気づいた。端末を操作、カメラを操ってそれを拡大表示させる。
……人工皮膚が溶け、無惨な姿となったパガニーニが、斜面の一角に倒れていた。明らかに二度と動くことがないのを確信させる様相だ。
パガニーニ……――メディアは悲しげに心の中で彼の名を呼んだ。ただ、画面に映る彼の顔は悲愴さとは程遠い、安らかなものだった。
(ありがとう)
自分が悲しんでも彼は喜ばないだろうと、礼の言葉を送る。そして、側らに眠るヴァンの上に屈み込み、彼にキスをした。
「好きよ、ヴァン」
彼女は、今まで素直に口に出来なかった思いを告げる。




