君への愛を世界に叫ぶ
2
中央の主要端末が集まった部屋に、ヴァンたちはたどり着く。
扉が開く――そこは、アンジェラの記憶とは違う箇所が一点存在した。
端末の前、そこに佇む影がある。線、ケーブルで端末と後頭部が繋がっているイグネイシャスだ。
「ガ、ア、ア……?」その瞳から理性の光は失われている。まるで怪我を負った獣のようだった。
その理由が、ヴァンには判る。アンジェラの記憶がその訳を告げていた。
恐らく、先回りしたイグネイシャスは、施設を制御下に置こうと端末に自らを接続、融合しようとしたのだ。
しかし、施設の端末に込められている魂と交わったことで、その容量が人間に近づき、結果としてシステム内で眠っていた悪疫に感染したのだ。そして、暴走している。
――廊下が騒がしくなった。警備の鋼鉄獣が押し寄せてきているのだ。その足音は数十にも及ぶ。
「ヴァンとメディアは奴の始末と魔法式『妨害』を発動させてくれ! 私は鋼鉄獣を食い止める!」
パガニーニが険しい表情を浮かべながら、廊下へと飛び出した。
ヴァンとメディアは端末の方へ駆け寄る。
唐突に、イグネイシャスが飛び掛ってきた。ケーブルが千切れるが、魂が一度繋がったため物理的な接触は既に必要ない。
ヴァンは不死者としての驚異的な身体能力を発揮する。
普通のホムンクルスなら目で追うことさえ出来ない拳の一撃を、手首から先で内側に巻き込み敵の腕を逸らす。
そのまま動きを止めずに斜め上から手のひらを打ち下ろした。イグネイシャスの軀が数歩後退――が脚に力を込め、相手は転倒を防止する。
その間に、メディアが端末を操作し、イグネイシャスのシステムからの切り離しを行っていた。
イグネイシャスが風の唸りが聞こえる蹴りを放つ。ヴァンはそれを両手で受けて掴もうとした。……余りの衝撃に手の骨が砕ける。
「――ッ」激痛に奥歯を噛みしめながら、敵の脚へ自分のそれをかけ回転させた。相手を床に倒す。関節を極めようとした瞬間、背後から強烈な衝撃が襲ってきた。
ヴァンは床を転がる。激痛に呻きながらも、視線で何が起きたかを探った。
パガニーニが阻みきれなかった鋼鉄獣が部屋に侵入してきている。そいつが、ヴァンに突進を喰らわせたのだ。
更に、一体二体と部屋の入り口から姿を現す。まるで仲間の如く、イグネイシャスと鋼鉄獣が並んだ。
ヴァンは素早く立ち上がり対峙する。双方の間で緊張が高まっていった。互いに相手の隙を窺う。
加勢が続々と増えた――それを見て、ヴァンは守勢に廻っては拙いと脚に体重をかけた。その動作が引き金となる。
雪崩を打って、イグネイシャスと鋼鉄獣が襲い掛かった。――衝突。体術で敵を圧倒する。……が、それを数で敵側は打ち崩した。
拳打と蹴撃で敵を撥ね退けても、後から後から牙や鉤爪が身体に食い込んだ。
辛うじて保たれていた均衡が崩壊。ヴァンが床に転倒した。その喉もとへ、複数の鋼鉄獣が牙を剥き出しにして殺到。
金属の冷たさが肌で感じられた……牙の先端が皮膚を破っていた。
「――間に合ってよかった」安堵の表情を浮かべるメディアが、こちらに近寄り手を差し出す。
天井を見上げるヴァンの視界には、動きを停め彫像の如き状態となったイグネイシャスと鋼鉄獣たちの姿があった。
安堵の息を吐きながら、ヴァンはメディアの手を握る。その直後、大きな揺れが施設を襲った。
「きゃッ!」転倒しそうになる彼女を抱きとめ、彼は立ち上がる。
部屋の端末の画面に、外の風景が映し出されていた。そこには、宙に浮く復讐の女神の姿がある。
「飛べるのか……」ヴァンは慄きながら呟いた。茫然自失の状態に陥る。
「早く、魔法式『妨害』を!」メディアが焦燥を顔に浮かべ叫んだ。
その声で、ヴァンは本来の目的を思い出す。
勢いよく、二人で端末に飛びついた。
†
パガニーニは鋼鉄獣を誘導しながら通路を移動していた。
アサルトライフルで関節部分を狙い撃ち、点々と何かの目印のように動けなくなった敵を並べる。
だが、それでも行き詰まっていた。分岐路に当たる度に、一方あるいは双方から鋼鉄獣が姿を現すのだ。
連中は訓練された猟犬の群れのように、こちらを追い詰める。
……そして、ついに逃げ場がなくなった。背後は部屋の扉だ。突き当たりへと脚を踏み入れてしまう。
アサルトライフルの弾丸があと五秒後に尽きる。その事実を、彼の怜悧な頭脳は客観的な事実として淡々と受け入れる。
自分の身がどうなろうとも構わなかった。
電磁加速銃の射撃を敵へ。高威力の弾丸は、紙の束を錐が突き抜けるように易々と貫通。
一気に十数体の鋼鉄獣が機能停止、床に倒れる。
部品と油を周囲に撒き散らされた。
ただ、ヴァンが目的を達成できるか、そのために時間を自分が稼げるか――それだけが気に懸かっている。
数十メートル先の廊下の角から、工場のラインに載った製品の如く次々と鋼鉄獣が姿を現す。
それを充分に引きつけてから、彼は電磁加速銃で撃った。弾丸の貫通を利用し、少しでも敵を多く屠るためだ。
だが、それにも終わりが訪れる。弾切れだ。
何かの祭典の行進を思わせるほど、鋼鉄獣は多い……それでも、パガニーニは怯まずに前へと踏み出した。
まだ、電撃拳打がある。それが使用出来なくなったのなら、四肢で以って敵を打つのみだ。例え床に這ったとしても、敵へ喰らいついてやろう――そんな気概でもって彼は戦っている。
突如として、衝撃が走った。視野が暗くなり(ブラックアウト)、意識が飛んだ。
意識の消失は時間にして三十四秒だ。起動したパガニーニはそれを認識すると同時に、現状を確認する。
先程まで目の前に真っ直ぐ伸びていた廊下が消え失せていた。当然、そこに転がっていた鋼鉄獣もだ。
それどろこか、彼の触覚センサーはひんやりとした山地特有の夜気を感知している。
地中に存在していた施設が、何者かによって攻撃され、その一部が山ごと吹き飛ばされた――そう推測する。
その根拠は、数百メートルほど離れた場所に存在した。人間やホムンクルスなら醜悪と表現するだろう化物、魔導兵器復讐の女神だ。
巣穴に隠れていた鼠を燻り出した猫のような、どこか残酷な表情を巨大な人間の顔に浮かべている。
止める術――いや、せめて時間を稼ぐ手段でいい、何かあるか? と自らに問いかける。……コンマゼロ秒以下の時間で、答え(アンサー)は出た。
己に課せられている抑制を外し、全力で荷電粒子ビームを放てば僅かばかりではあるが時間を稼げるだろう。
悲愴さはなかった。ただ、少し残念だ。
愛する少女ともっと一緒に時を過ごしてみたかった。
また、ヴァンに対する贖罪が充分だとも思えない上、あのお人好しのホムンクルスは自分が破壊されれば悲しむだろう。
そんなことを考えると、チクリと胸が痛んだ。しかし、躊躇いはない。
《リミッター解除》コマンドを入力、人工頭脳がコマンドを実行に移す。
次いで《荷電粒子ビーム、最大威力で発射。目標は復讐の女神》と同様の手順を踏んだ。
(ヴァン、メディア、素敵な思い出をありがとう)
理論的に、思考回路と記憶装置が破壊されれば、そんなものは吹き飛ぶと解っている。それでも胸の裡、彼は心からの礼を二人に述べた。
彼の胸の前に、荷電粒子ビームの光が稲光のように渦巻く。制御不能の一撃は、彼の腕や顔、胸を灼いた。
煙を上げながら、彼は最期の一撃を放つ。その瞬間、彼の意識は完全に奈落の底へ落ちた。




