君への愛を世界に叫ぶ
13
アトラス内部でも死闘は行われていた。
ヴァンが回転台機構で侵入をかけ、考中枢と動力炉が存在する場所を突き止めた。
それは、アトラスの軀の胸部の中央、側面から見た場合少し後ろ側に寄った位置にある。
そこへ、ヴァンとパガニーニは向かっていた。
薄暗い廊下の行く手を、まるで触手の如く蠢動するケーブルが阻んでいる。
それが単なるケーブルでないことは、床に転がる中ほどからへし折れたヴァンのカービン銃が証明していた。
出会い頭にケーブルに襲われ、咄嗟に銃身を盾にした結果、破壊されたのだ。
――宙を猛烈な勢いで肉迫してくるケーブルを、パガニーニの電撃拳打が次々と迎撃。
紫電が連続して瞬き、回路を焼かれたケーブルが蛇の死骸のように床に落ちた。
彼が打ち漏らした分を、ヴァンの拳銃の弾丸が撃ち抜く。攻撃中も、回転台機構の上を指が踊っていた。ただし、目標はケーブルではない。
――収束衝撃。ヴァンは手近な壁に向かって、効果範囲を限定した衝撃波を放つ。壁と建材が破壊され、空洞が姿を現した。
虚ろな闇は、冥府に繋がる地獄の門を思わせる。
「パガニーニ!」彼はパガニーニに向かって路が出来たことを報せた。
パガニーニは電磁加速銃で接近してくるケーブルをあらかた破壊する。新手が出現する前に、片腕で身長差のあるヴァンを抱き壁の穴に身を躍らせた。
――猛烈な勢いでパイプや壁が下から上へ流れていく。空気の唸りが悲鳴のように聞こえた。
パガニーニの着地の衝撃が、軽い振動としてヴァンにも伝わってくる。
建築現場のように狭く雑然とした空間を、シャフトなどの鉄の棒を足場にしながら、パガニーニは跳躍を繰り返す。
他方、ヴァンは回転台機構を忙しく擦っていた(クラッチ)。
ディスクとの摩擦で指先に痛みが走るようになっている。
魔術が完成次第、上下から迫るケーブルを吹き飛ばした。
逃走劇は長い様でいて短い。時間にして数分だろうか。
終着点、目的の階層手前に到達する。――急に視野の動きが停止する。反動で、パガニーニの腕がヴァンの胸を締めた。
ヴァンは視線を走らせ状況を確認する。
パガニーニの頸が、一本のケーブルに絡みつかれていた。しかも、後続が次々と四方から集まってくる。
「パガニーニ!」悲鳴じみた声を、ヴァンは上げる。
「行ってくれ!」パガニーニは、迫りくるケーブルに電磁加速銃の弾丸を放ちながら絶叫。
ヴァンは激しい葛藤に襲われる。だが、このままでは共倒れになるのだ。そして、外で戦っているアンジェラも死ぬ――
短い逡巡の末、彼は宙に身を躍らせた。手近な足場を利用して移動する。
「待ってて!」彼は振り返らずにパガニーニに言い残した。
――数階分の距離を降り、ヴァンは魔術による衝撃波を壁に放って大穴を空けた。
早く、早く、早く――焦燥が火のように全身を灼いていた。
即座に大穴へ飛び込む。薄明かりが彼を迎えた。そこは、雰囲気としては最上階の部屋に似ている。
だが、その主の姿は大きく異なっていた。機関が剥き出しになった、人間のオブジェのようなオートマータが、半ば機械に埋もれるようにして存在していた。
それは融合、または接続と呼ぶべきものなのだろうが……ヴァンにはそれは本物のベルフェゴールが機械の装置群に喰われている姿を思わせる。
「オノレ……」最早、人間の姿など模す気もない、機械的な声音をベルフェゴールは上げた。
十数メートル四方の部屋に逃げる場所は見当たらず、また容易に融合が解けるとは思えない。
「セメテ、奴ダケ、デ、モ!」そう叫ぶ相手に憐憫を覚えながらも、ヴァンは魔術を放った。衝撃波が、全身をバラバラに打ち砕く。
……アトラスが機能を停止したことが、広がっていく静寂と収まる振動によって判った。
そして、壁の一部が崩れる。小部屋になっている何もない空間の床に、メディアが目を閉じて倒れていた。
「メディア!」大声で呼びかけ、ヴァンは慌てて駆け寄る。
彼女を抱き上げ、呼吸と脈拍を確かめた。……身体は温かく、胸は定期的に上下を繰り返している。脈も正常だった。
メディアを抱きしめたまま、彼は身体を弛緩させる。心情としては、その場に倒れ込みたい――それだけ安堵は深かった。
ヴァンは、気配を感じて肩越しに振り向く。
パガニーニが壁の穴から部屋に入ってきた。そして、小部屋へと走り寄ってくる。
「無事だったか?」と彼は顔を強張ら訊いた。
「大丈夫」ヴァンは笑みを浮かべ応える。
「よかった……」パガニーニは感極まって、メディアをヴァン諸共抱きしめた。
「く、苦しい、パガニーニ」ヴァンは顔を息苦しさで赤くしながら抗議する。
「ああ、すまない」どこか茫洋とした様子で、彼は謝罪する。
その様子に、ヴァンは笑みを深くした。
――そして、外で戦っていたはずの師のことに思い至る。
安堵の余り、彼のことを束の間忘れていた。薄情な自分を胸のうちで叱責しつつ、彼はメディアを背負う。パガニーニを促し外を目指す。




