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君への愛を世界に叫ぶ

   11


 史上一度も、中枢(ザ・センター)の夜気を震わせたことのない警報音が鳴り響く。

 蝙蝠(コウモリ)が洞窟から群れて飛び出すような騒ぎが起こっていた。

 無機質な建物の群れから、オートマータたちが次々と踊り出てロラッドへと襲い掛かる。大半は戦闘用ではない。

 ロラッドには車輪と車軸が収納されており、大排気量の自動二輪(オートバイ)並の速度が出ていた。

巨大な質量の物体が高速で動いていれば、それ自体が凶器となる。接触したオートマータが次々と数十、数百の部品となり車道に転がった。

ロラッドの辿った(みち)が、スクラップの山が成す連なりとして残される。だが、極一部ではあるが車体に取り付く機体もいた。

脚に掴まり、猛スピードで風に(もてあそ)ばれる中をナマケモノのような遅々とした速度で登ってきている。

 ――銃口火(マズルフラッシュ)が人を死に誘う鬼火のように瞬いた。

 ハッチを開け、ヴァンとアンジェラは上半身を外気に晒している。()()ちに近い姿勢で、彼らは銃を構えていた。

 アンジェラはリズムを刻むみたいに短い間隔で銃を撃つ。だが、ヴァンは強い風に翻弄され、なかなか狙いをつけられない。

風と振動が……――ヴァンは舌打ちしたい気分になる。

「落ち着きなさい、ヴァン。あなたはあたしの取りこぼしをカヴァーしてくれればいいの」

 アンジェラが余裕の声で告げた。その言葉を聞いて、ヴァンの熱くなった意識がすっと冷える。

 彼は光学スコープと暗視スコープの、丸く切り取られ薄緑に染まった視界の中央に敵を捉えた。

不死者(イモータル)の師と違い、肉眼で闇と見通すことなど出来ない。

 ――トリガーを引く。狙ったオートマータの頭部が針で突かれた風船の如く破裂。

……苦い気分が胸のうちに広がる。ヴァンにとっては、彼らもまた生命(いのち)だ。破壊することに罪悪感を覚える。

例え軀が鋼と螺旋(ネジ)と歯車で構成されていても、心と魂を持っているのだから――

 故郷のトリスケルや倉庫での戦いは、そんな感慨を抱く余裕はなっかった。しかし、今は一方的に相手を撃ち殺している。

「ヴァン、絶対に譲れないもの想いなさい。迷わないで」

 アンジェラが、車体に取りついてくる敵に視線と銃口を向けたまま言った。

「――はい」とヴァンは、了解の言葉を口にする。

 脳裡に、笑顔を浮かべるメディアのことを思い浮かべた。

(ホムンクルスとオートマータの戦争を終わらせる)


      †


 中枢(ザ・センター)(いびつ)な都市だ。国境線での絶対的な防備を誇り、無駄を一切排したが(ゆえ)に首都――国家の中心は無防備となっている。

 ロラッドは、攻撃ヘリや戦車の襲撃に遭うことなく中央の研究塔へとたどり着き、その外壁を登っていた。

 独特の爪は凹凸の少ない壁を登攀可能にしている。だが、そのうちの一本は破壊され根元から千切れていた。

 場所柄、オートマータの追跡も途絶えている。

 ヴァンは息を詰めて、最上階への到着を待っていた。

 パガニーニが、欠落した脚を庇いながらアーマードスーツを操作している。

 アンジェラは、ハッチから上半身を乗り出し死角を警戒していた。

 ……やがて、一番上のフロアの位置へとたどり着く。

 ヴァンは回転台機構(ターンテーブル)を操作、魔術が発動する直前、ディスクを指で抑え保留状態に置いた。不足の事態に備えての行動だ。

 ――アンジェラが衝撃波を放ち、外壁に大穴を空ける。

ヴァンも敵の姿をその目で見るためにハッチから上半身を露出させた。高い場所だから、すぐに粉塵は風に吹き散らされた。中の光景が露わになる。

どこか、体内を思わせる部屋だ。無数のケーブルが毛細血管の如く床や壁を這っている。その中央に玉座と呼ぶにはシンプル過ぎる椅子があり、一体のオートマータが座っていた。

(くだん)の複数のケーブルが軀に繋がり、蜘蛛の巣に囚われた獲物の風情を漂わせている。ホムンクルスたちが機械の王、機王ベルフェゴールと呼ぶオートマータだ。

 だが、中枢(ザ・センター)の中央、その最も高い場所にいるのは、外見が老人の機体だ。王という仰々しさや威厳は一切感じられず、枯れた樹を連想させる。

 ……両の(まなこ)だけが、ギラギラと負の感情に輝いていた。

 本人に確かめずとも判る。そこに宿っているのは、憎悪と激怒だ。悪魔さえ敵わない激情が感じられた。

「……待っていたぞ」とベルフェゴールの口から(しわが)れた声が漏れる。

 声音に溶け出した激情に、ヴァンは彼の口から焔が吹き出る光景を幻視した。

 相手の目線は、真っ直ぐにアンジェラを捉えている。彼女も、顔面蒼白でベルフェゴールを凝視していた。

「あなたは、エリオットの……」

 彼女は茫然自失の(てい)で、うわ言のように呟く。

エリオット……――ヴァンは師が口にした名前から記憶を(さかのぼ)った。それは、確か薔薇の怪物となって死んだ恋人のはずだ。

まさか――入力された情報から一つの推測が成り立つ。

 機王ベルフェゴールは、エリオットの助手を務めていたオートマータで、アンジェラを撃った機体というものだった。

 それなら、ベルフェゴールが彼女に対して並々ならぬ憎悪を抱いている理由も理解できる。

「まさか、生き()びていたとはな……」

 ベルフェゴールが唇を歪めた。

「罪の意識を感じず、おめおめと今まで生き長らえていたのか? 死が恐くて、ついには不老不死を手に入れたか?」

 彼は眉間に深い皺を刻み、アンジェラを責め苛む。

相手の告発を、彼女は鞭打ちの刑に処された囚人の如く歯を食い縛って耐えている。

師匠……――ヴァンは、その姿に胸を締めつけられた。

(誤解から生まれた憎悪を受けとめても、贖罪にはならない)

 そんな思いを彼は抱く。

「それは違う!」気づいた瞬間には、声を上げている。

 そこで初めてこちらの存在を認識したのか、ベルフェゴールがヴァンを一瞥(いちべつ)した。その眼には酷薄な色が宿っている。

「何が違う?」言葉面としては質問の形を取っているが、こちらの考えを受け入れるつもりがないことは明白な声音だ。

「師匠は、自らを悪疫(エピデミネ)に感染しないよう魂を改造するための実験台にした。それは、愛する人を感染から守るためだった」

 ヴァンは確信を込め力強い声で告げる。

「結果として、間に合わなかった上、死ぬことの出来ない身体になってしまったけれど……」

 彼は後半の台詞を口にするのが辛かった。眼差しに憐憫の情が浮かぶ。

「だが、エリオットは死んだ。その女が生み出した兵器のせいでだ!」

 ベルフェゴールが声を張り上げる。まるで、擬似血液の代わりに軀にマグマが流れているような怒りが彼から感じられた。

「――主よ。何故、ホムンクルスに戦いを挑んだ?」

パガニーニが会話に割って入る。

「……エリオットの最期の言葉は、『施設の職員を一人でも多く守れ』というものだった。だから、施設の外の戦力に戦闘を仕掛けた」

 べルフェゴールは、自明の理とでも言いたげな顔をする。

「それは……」理解の範疇を超えた返答に、パガニーニは言葉を詰まらせた。

「命令の拡大解釈を利用して、八つ当たりをしたのね?」

 彼に代わり、アンジェラは初めてベルフェゴールに話しかける。怒りに(まなじり)が吊り上がっていた。

「そうだとしたら、どうした?」ベルフェゴールの口もとに薄笑いが浮かんだ。

……狂ってる、そんな感想をヴァンは抱く。腹いせに百年もの戦争を続け、数百万のホムンクルスの死体の山を築いた精神のありよう――その底知れない(くら)さにヴァンは寒気が止まらない。

「あなたを狂わせたのはあたし――その責任をここで果たす」

 アンジェラが、決然とした表情で言い放つ。

「ほう、どうする?」とベルフェゴールが愉快そうに尋ねた。

「あたなをここで殺す」告げた瞬間にはアンジェラの手にするカービン銃の銃口は、その延長線上に相手の額を捉えている。

 発砲。銃声は無機質に響いた。ベルフェゴールの頭部が無惨にも大破。呆気ない終わり方だった。

 ヴァンは、()瀬無(せな)さに身体から力が抜けていくのを感じる。

 ――世界が揺れた、そう錯覚させる振動がヴァンたちの乗るロラッドを襲った。

 パガニーニが、瞬時にアームドスーツのワイヤーを建物に巻きつけ、落下を免れる。

 ヴァンとアンジェラは、投げ出されないよう必死に車体を掴んだ。

 ……異変が起こる。建物は断続的に揺れていた。そして、幾つかの部品(パーツ)が側面と底面から分離し四肢を形成したのだ。

瘡蓋(かさぶた)が剥がれるように余計な部分が剥離していく。

やがて、振動が収まった。そこに建つ――否、立つのは巨大な機械から成る人型。神話の巨人を思わせるスケールの、ビル数十階建てに相当するオートマータが佇立する。

「その程度で死ぬと思うとは浅はかだな。さすがは、人類を滅ぼしただけのことはある」

 どこかに仕込まれたスピーカーから、ベルフェゴールの声が聞こえた。明らかな嘲笑が声色にこもっている。

「この巨人(アトラス)を前に散るがいい、アンジェラ!」直後、アトラスの腕がロラッドへと伸びてきた。

 反射的に、ヴァンは巨人に空いた穴へと飛ぶ。それにパガニーニも続く。――が、アンジェラはその場から動かない。

 身体を捻り、その光景を目撃したヴァンは「師匠!」と悲愴な叫びを上げた。

「相手の注意はあたしが惹く。その間に、あなたたちは動力炉か思考中枢を停止させて。どうせ、ベルフェゴールはあなたたちに興味がないわ」

 ヴァンを安心させるためか、こんな時だというのにアンジェラは笑っている。

 刹那、アトラスからロラッドが引き剥がされた。視界から、彼女の姿が消えてしまう。

 ヴァンは唇を噛む。血の味が苦渋そのもののように苦く舌の上に広がった。

「ヴァン」気遣いと、急き立てる意志が同居する声で、パガニーニが名前を呼んだ。

「解ってる」とヴァンは固い口調で応える。

師匠、死なないで下さい――祈るような気持ちで、心の中でアンジェラに呼びかけた。

「動力炉か、思考中枢を探そう」二人は探索を開始する。


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