君への愛を世界に叫ぶ
9
倉庫区画は動く影も皆無で静まり返っていた。トラックの荷の上げ下ろしする機械などを、太陽光を利用した電力で賄っているためだ。
本来、車輛が向かうはずだった倉庫へとパガニーニはトラックを着ける。彼は顔に被った皮膚を剥がした。運転席を降りて夜の闇を疾る。
一瞬、漆黒の中に光が瞬く。直後、倉庫のシャッターが動いた。
パガニーニが戻り、運転席に滑り込む。車を発進させ、入り口を潜らせた。
――倉庫の照明が勝手に点灯。突如、四方に詰まれたコンテナの影から複数の影が飛び出してきた。
軀に防弾加工が施された騎士を思わせる外見のオートマータたちだ。その中に混じり、嘲笑を浮かべるイグネイシャスの姿もあった。
「侵入してくるなら、鉱物輸送のトラックを利用すると思ったぜ」
彼は賭けに勝った陶酔を滲ませる口調で言う。
――パガニーニは、相手の口上を無視しアクセルを踏み込んだ。それに反応し、荷台のヴァンは回転台機構を作動させる。
イグネイシャスの顔が、自分の口上を遮られた激怒に歪む。
周囲のオートマータたちがアサルトライフルの銃撃を一斉に浴びせた。鼓笛隊のドラムロールのように、銃声が途切れることなく辺りに轟音を鳴り響かせる。
瞬く間に、運転席前方の窓が蜘蛛の巣に覆われ、割れた。パガニーニは躊躇せず、車輛をそのまま突進させる。
衝撃がバンパーを基点に車体を突き抜けた。数体のオートマータが跳ね飛ばされ床を転がる。
……が、信じられない光景が目の前に広がっている。
イグネイシャスの前に飛び出した肥満体の体形を模したオートマータ、ファットマンの腹に車体は激突――停止させられた。
ファットマンの肌とその下の緩衝材が激しく波打つ。奴は、両腕で車体を掴んだ。徐々にトラックが押し戻される……
――銃弾がそれを中断させた。荷台と運転席を繋ぐ小窓から、アンジェラがアサルトライフルの銃身を突き出している。
ファットマンは、その体形からは想像できない敏捷さで銃撃を回避。
「どうやら、同時に二種類の衝撃は殺せないらしいわね」
アンジェラが獲物を見る鷹の眼で敵を見据えながら呟く。
――極大衝撃。ヴァンが、衝撃波をオートマータたちの真っ只中へ叩き込んだ。放射状に広がった不可視の攻撃は、数体の敵を半壊させる。
「トラックを降りるんだ!」パガニーニが絶叫。
ヴァンとアンジェラはその声に含まれる危機感を感じ取り、荷台の出口へ駆ける。扉を開け放ち跳躍、受け身と取って床を転がりコンテナの陰へ身を潜めた。
――トラックが爆発、炎上。
だが、ただ銃弾がエンジンを撃ち抜いたのではないという証拠を、ヴァンは目撃していた。
車体の前方が、燃え上がる前に既に溶け始めていたのだ。イグネイシャスの熱放射攻撃スルトだ。磁気冷却で吸収した熱を発することで敵を高温に晒す。
突如、ヴァンは悪寒を感じた。咄嗟に横へ飛ぶ。もと居た場所の床に霜が広がった。
イグネイシャスの冷却攻撃フルングニルだ。些細な前兆である体温の変化を見逃せば、血と肉を凍結させられることになる。
ヴァンは肌が粟立つ感触を覚えながらも、カービン銃をコンテナの陰から突き出しライフルグレネードを発射。爆音に、イグネイシャスの怒号が混じる。
一方で、アンジェラが不死者としての化物じみた戦い方を見せる。敵の銃弾を浴びながらも疾駆、逆に弾丸とグレネードを相手へみまった。
更に彼女は魔術を発動させる。不死者として正体を明かしている今、わざわざホムンクルスを装う必要もない。
傍目には何の労力も払わず、敵を爆撃の餌食に――。そこへイグネイシャスが戦いを挑む。
焼却と冷却という二つの攻撃がアンジェラの手足を欠落させるが、すぐに回復――そのままの勢いで銃口を敵の眼前に突きつけた。
発砲。銃弾が上半身を逸らしたイグネイシャスのこめかみを削る。
周囲のオートマータに銃弾と魔術を放っていたヴァンの前に、ファットマンが現れた。死角を利用して接近したきたのだ。相手の手が拳を形づくる。
ヴァンは反射的に跳躍して距離を稼いだ。次の瞬間、一秒前まで立っていた位置を、拳の残像が通過。
ファットマンの攻撃は鋼鉄のコンテナを大きく陥没させた。
その威力に、戦慄でヴァンの全身の毛穴が開く。――銃撃を見舞った。ライフルグレネードを放つには距離が近過ぎる。
が、銃弾は肌を波立たせるだけで、一向に効果を表さない。敵が平然と近づいてくる。
ヴァンはコンテナの隙間を逃げながら、回転台機構を操作。
「また、逢ったな」感情のこもらない声で話しかけられた。逃げ道が塞がれる。前方に床まで届く髪の毛を生やしたオートマータ、スチール・レインが出現した。
ヴァンは銃撃で相手を牽制――が、それらは重力に逆らって舞った髪の毛が細切れにする。
突っ込めば、そのまま挽肉の出来上がりだ。ヴァンは身体を反転させ、銃を撃つ。同時に、衝撃波を放った。
二種類の衝撃に襲われ、ファットマンは攻撃を殺しきれずに吹き飛ぶ。
――が、スチール・レインがすぐ背後にまで迫っているのが気配で判る。
魔術は間に合わない――ヴァンは再度、身体を回転させた。一か八かでライフルグレネードを発射しようと試みる。
敵の死を運ぶ髪が一筋、頬と首筋を微かに撫でた。鋭利な刃物で肌を掠ったときの静電気が走るのに似た痛みが生まれ、熱くなる。
死ぬ……! 冷たい予感がヴァンの心臓を鷲掴みにする。投網のように、束になったスティールストリングが視界を覆い尽くそうとした。
――倉庫の壁が轟音を上げて崩れる。戦車を一回り大きくしたような影が、中へ猛烈な勢いで踏み込んでくる。その脚が、コンテナを蹴った。
それがスチール・レインへ飛来、スティールストリングの髪がコンテナを粉微塵にする。
その隙に、ヴァンは敵から大きく距離を置いた。
粉塵が晴れる。敵はこちらを探している。そこへ、ヴァンはグレネードを発射した。
「ォ、オオオオオ!」反射的に敵はそれを切断する――が、爆炎と衝撃を切り裂くことは出来ない。炎に包まれ、長髪のオートマータは宙を舞い、床に落下する。
ヴァンは、視線を倉庫に飛び込んできた物体へ転じた。
それは、多脚式外骨格重機(LOLAD)という、作業用の強化服だ。蜘蛛と同じ数の脚を持ち、二本のマニュピュレーターの装着された腕が備わっている。
目測で全長二十五メートル、幅六メートル、車高五メートルというサイズだ。
その頂上が円形の蓋、ハッチとなって解放される。パガニーニがそこから姿を現した。
「ヴァン、アンジェラ、乗ってくれ!」
彼は声を張り上げる。
作業用アームドスーツの突入で残り僅かとなった敵を、ヴァンは銃撃で牽制しながら走った。
ロラッド側面の金属製の梯子に取り付き、必死に登る。すぐ側を兆弾の火花が掠めた。それでも動きを止めず、パガニーニのもとへ。
ヴァンは中へ滑り込むのと同時に、アンジェラが跳躍でアームドスーツの頂上へ移動。
彼らは中へ飛び込み、ハッチを閉めた。
内装は戦車と酷似している。自動車に酷似したステアリングハンドル、計器とスイッチ類をまとめたパネルボックス、複数のレバーという具合だ。
ヴァンとアンジェラはシートに座り、身体を固定した。外界と遮断されたせいで、銃声や兆弾の音がくぐもって聞こえる。
「発進する」パガニーニが鋭く告げる。アームドスーツは周囲の物体を無差別に押しのけ、すり潰しながら移動を開始。
モニターは、アームドスーツの足で踏まれ、車に轢かれた蛙のようになるオートマータたちの姿を映していた。
危険な場所での作業などを想定して造られたロラッドは、銃弾を物ともしないほど頑強だ。そのまま、倉庫の壁を突き破って外へと飛び出す。




