君への愛を世界に叫ぶ
3
海岸線にある軍事基地が、巣をつつかれた蟻の巣のように殺気立っていた。
各所に設置された複数の種類のレーダーが航空機の接近を報せたのだ。
ここ数年は事実上の停戦状態にあったが、所詮はオートマータが気紛れで攻撃の手を止めていただけのこと。
――また、戦争が。殺し合いが始まる。
地対空ミサイルを搭載したトラックに乗った兵士の顔はこれ以上にないほど強張り、血の気が引いていた。
海岸線に同じ様な車輛や自走高射機関砲が、角を掲げる甲虫の如くそれぞれの武器や砲身を空へと向けている。
この日の空は雲一つなく晴れ渡っていて、宇宙を侵食していそうなほど蒼かった。それが何かの前兆のように思える。
そしてその彼方、海と空の交じり合う地平線の彼方に複数の沁みが生まれた。
沁みは次第に大きさを増していき、胡麻粒大、豆粒大と変化していく。
オートマータの戦闘機だ。無機質なボディに殺意だけを漲らせ飛来する。
その存在を認識しただけで、現場の兵士たちの胸は圧迫された。鉛を呑みこんだのに似た気分を抱く。
――無線から地対空ミサイル発射の号令が下った。
「撃ぇぇぇぇ!」指揮官は声を絞り出しているつもりだろうが、掠れているから聞く者には悲鳴を連想させる。
――地対空ミサイルを発射した。ミサイルは炎の尾で大気を掻きながら、飛び魚の如く勢いよく飛翔する。
編隊を組んでいた戦闘機が散開し、それぞれミサイルを回避した―――が、一部は接触、空に大輪の炎の華を咲かせた。
それに見惚れている時間は、ホムンクルスたちの兵士には与えられていない。
怒号が無線から流れる。次々とミサイルが発射された。だだっ子が物を投げつけるのと代わらない光景だ。一部は功を奏するが、すべてを撃ち落とすには至らない。
疾風怒濤――鳥に似た死の影が、兵士たちの頭上へと迫った。
爆音が上がり、複数の車輛が炎に呑みこまれる。宙に持ち上げられ、巨人の手にかかったように引き裂かれた。
この光景を見つめていた兵士も、生きながらにして火葬に処される。
「母さん……」高感度のマイクは、一兵士の最期の言葉を機械的に拾い上げる。
――視界は暗転する(ブラックアウト)。グラーヴェ、重々しい沈黙が広がった。
画面に兵士の死が灼きつけられる。その熱が飛び火したかの如く、ヴァンの身体がカッと熱くなる。
映画館のように大きなモニターがあり傾斜の設けられた部屋、そこには所狭しと機械端末が設置され、ホムンクルスのオペレーターたちが緊張した面持ちでそれぞれ情報を分析していた。
ヴァンたちはそこで、戦端が開かれる様子を映像で見ていたのだ。
「意図しなかっただろうけど、メディアを目覚めさせたことでこの悲劇は起きているわ。それを受け止める義務があなたにはある」
とアンジェラに、ここへと連れてこられたのだ。
顔を覆いたくなる光景が画面の中で繰り広げられている。だが、身体が硬直し指先さえ動かせない。それでよかった。逃げずに済む――
(絶対に、こんなことは終わらせる)
ヴァンは血が滲むほど唇を噛み、心に誓った。
5
時刻は深夜を廻っている。
ヴァン、アンジェラ、パガニーニの二人と一体は、輸送機のエンジンが上げる獣の唸りに似た音を耳にしていた。真人教団が密かに製造、保管していた機体に搭乗しているのだ。
更に、機内には二つの「大荷物」が積まれているため手狭になっている。
――壁面に設置されているモニターには、外の様子が映し出されている。
高高度からは月や星の光も用を成さず、遥か下に広がっている海はタールの塊のように見えた。辛うじて、彎曲した水平線の上で瞬く星明りのお陰で、そこが冥府ではなく現実の世界であることを認識できる。
「そろそろ国境というか、境界を越えるわよ」
アンジェラが、腕に嵌めた腕時計に視線を落とし不敵な笑みを浮かべる。
血族と螺旋の間に国境というものは存在しない。
国交が結ばれていないのだから当然だ。
だが、そこを越えると攻撃されるという確かな境界というものが、螺旋によって一方的に線引きされている。
二国間の海峡、約三十五キロの中央に定規で図ったように、それは在るのだ。
ヴァンは、輸送機に乗ったときから胸が高鳴っていた。メディアを救い出すという期待もあり、こんな状況で不謹慎だが、航空機に初めて搭乗する経験に興奮を感じていたのだ。
その緊張が、更に高まっている。国境を越える……――心中は複雑だった。
軍人でもないヴァンが螺旋へと足を踏み入れるのは間違いなく偉業だろう。だが、出来れば侵入という形ではなく、正規の手続きを経た上で入国したかった。
「3、2、1――」アンジェラがカウントダウンを行う。
「……ゼロ」勿論、国境を越えたところで海上なのだから、何か変化がある訳がない。
あるとすれば、成層圏を飛ぶ螺旋の監視飛行船からの攻撃だろうが、そんなものはあっては困る。
だが、意外なところから反応は返ってきた。
「我が祖国へようこそ」と告げ壁際のシートに並んで座っていたパガニーニが、ヴァンに手を差し出したのだ。
一瞬、ヴァンはリアクションを返せない。
目を丸くしてそれを見つめた。――だが、意図をすぐに理解する。些細な心遣いだが、胸が温かくなった。
パガニーニの手を強く握り「ありがとう」とヴァンは満面の笑みを浮かべ礼を述べる。
「よーし、パーティというこうかしら?」
アンジェラが何やらゴソゴソと足もとから拾い上げる。
それを目撃して、ヴァンは眼を吊り上げた。
「まさか、それ酒瓶ですか?」低い声音で詰問する彼を、
「おお、恐ッ! そんな眼で見ないでよ。いいじゃない、酒くらい」
アンジェラは、軽薄な笑みで軽く躱す。手馴れた様子でポケットから栓抜きを取り出し、コルク栓をとり除いた。芳醇な香りが仄かに機内に漂う。
彼女は嬉しそうに、ボトルから直接酒を口に運んだ。
その様子を、ヴァンは呆れ果てた思いで眺める。
(なんで、この人はこうなんだろう……)
不死者という死を超越した存在で、真人教団という彼女を崇め奉るホムンクルスの一派さえ存在するが、アンジェラの性格は基本的に享楽的かつ無責任だ。
でも……――そういう風にでも振る舞わないと、罪悪感に押し潰されそうになるのかもしれない。彼女の背負うものを思えば、それはまったく不思議ではなかった。
「ん、なんか顔についてる?」そんなこちらの感慨とは関係なく、アンジェラはそんな暢気な台詞を吐いた。
やっぱり、ふざけてる――ヴァンは憤然とそんな思いを抱く。




