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君への愛を世界に叫ぶ

   第七章 狂った歯車が世界を(まわ)


   1


 ホムンクルスの首都パルドンは、都市全体が燃え尽きた松明の如き様相を呈している。

 唯一の救いは、メディアがオートマータに連れ去られたことで、魔導兵器たちがパルドンから引き上げたことだろうか。

 だが、そんなことは、家族や住む場所を失った者には何の救いにもならない。

 いっそ、死んでしまった方がよかった……――路肩にへたり込んでいる人々の(すす)けた顔からはそんな感情が読み取れる。

 火を避けて移動したヴァンたちがたどり着いたのは、低所得者層が住んでいた区画だった。建物が密集し、その高さも低かったために既にそのほとんどが燃え尽きているのだ。

皮肉にも、立派な建物が建ち並ぶ高級住宅街の方が長時間燃え盛っている。

 ヴァンは耐え切れず足を止めた。四肢に力が入らなくなっている。戦闘で一時的に高まっていたモチベーションの熱は、今や火の落ちた(かま)のように冷え切っていた。

それに気づき、パガニーニが立ち止まった。

「どうした?」と彼は怪訝な顔をする。

ヴァンは応えずに目を伏せた。心の中に浮かんだ一言は、この状況の中で口にしていい種類のものではないと理性では解っている。

「どうしたんだ、ヴァン?」パガニーニがこちらに近寄り、顔を覗き込みながら問いを繰り返した。

「も……だ」とヴァンは(かす)れた声で呟いてしまった。パガニーニの聴覚センサーは、その科白を聞き逃さない。

「――!」彼は軽く目を瞠った。オートマータの彼にとって目を剥いているのと同等の反応だ。

「もう、嫌だ……」一度口にしてしまえば、後ろめたさは薄れてしまう。ヴァンは苦しげに顔を歪め、泣き言をまた漏らした。

「こんな、こんな――被害者をいっぱい出してるのに、メディアを助けることは出来なくて……」

 ヴァンは、幼子のような情けない声を出す。

 刹那、パガニーニがヴァンの頬を張っていた。衝撃は身体ではなく、心を突き抜ける。

「首都の惨状はイグネイシャスが魔力抑制を解いたせいだ。そして、メディアを助けるには私たちの力は及ばなかった」

 パガニーニは淡々と自分の考えを述べた。

「しかし、メディアが死んだ訳ではない。都市なら再建すればいい。死んだ人々が帰ってくることはないが、それでも生き残った者は精一杯人生をまっとうするべきだ―――自己満足でも大事な人間の死を無駄にしてはいけない」

 彼の口調は次第に熱を帯びていく。

「オートマータとホムンクルスの戦争を止めるのではないのか? ご両親の志を継いだのではないのか?」

 その台詞は、ヴァンの心に深く突き刺さった。冷えた胸のうちに熱い血潮が溢れてくる。

「もし、『(いな)』というのなら、それはそれでいい。ご両親を(あや)めたのはこの私だ。責任を取って、私だけでもメディアを追う。それに、私は彼女を愛している」

 オートマータの彼には息継ぎの必要などなく、一息に語り終えた。

 両親の志――その単語が脳裡で響いていた。

 熱い言葉が身体の内側に染み込んで、ヴァンの心は揺さぶられる。

「……いや、止めない。僕だって彼女のことが好きだ。そして、父さんと母さんの(のこ)した意志も成就させてみせる」

 気づけば、彼はそんな言葉を口走っている。瞳には決然とした色が浮かんでいた。

「殴ってすまない」とそんな彼にパガニーニは謝罪する。

「いや、いいよ……」ヴァンは自分が口した甘えた台詞を思い出し、恥ずかしげに眼を伏せた。

「二人とも無事だったか!」

 不意に、そんな言葉をかけてくる人物が現われる。特徴的な赤の瞳と真っ白な髪――グラントだ。

 ――二人に歩み寄った彼は、周囲に視線をさ迷わせて表情を曇らせる。

「どうやら、救出には失敗したみたいだね」

 気遣わしげな口調で、彼は慰めるように言った。

「はい……」とヴァンは落胆を隠し切れない表情で肯く。

「オートマータたちに先を越された」

 パガニーニが、何が起きたかを報告した。

「オートマータに――」それを聞いたグラントの表情が険しいものとなる。そして、

「救出に協力してくれたルーテルは?」

 と声を僅かに掠らせながら尋ねた。

 パガニーニが判断を求め、ヴァンを見やる。

「彼は殺されていました……」とヴァンは眼を伏せて応えた。

「そう、か――……」グラントの目元が歪む。唇を一文字に引き結び、燃え盛る国防総省の方向へ視線を向けた。

 そちらの方は背の高い建築物が多く、炎の山が幾つも(そび)えていてどれが(くだん)の建物か判然としない。

 その様子に、ヴァンは胸が締め付けられる思いがした。

 グラントの表情は、友を悼むものに見える……

「ルーテルとはどういう関係だったんですか――?」

 そう訊かずにはいられなかった。

「昔、君ぐらいの年頃の時に、私と彼は一緒の部隊にいたんだ。近い歳の相手も他にいなかったし、友人と呼んでいいくらいに親しくなったんだ」

 グラントは、目線をヴァンたちに戻すと淋しげな笑顔を浮かべて語った。

「それは――」罪悪感を覚え、ヴァンは思わず謝罪の言葉を口にしようとする。それを、

「気にすることはないよ。あいつ自身が、『君に協力する』と決めたんだ。覚悟は出来ていたはずだ」

 そうは言われても、やはり胸が痛む。ヴァンは唇を噛んで、その感覚に耐えた。


 そして、再びヴァンたちは地下下水道へと潜った。

「とにかく着いてきてくれ」グラントにそう言われ、他にあてもないため案内されるままについて来たのだ。 

ただ、一切の目的を明かさないことに()れて「どこに、向かうんですか?」と後ろに続いていたヴァンは尋ねた。だが、

「追いかけるには足がいるだろう? 君たちは螺旋(スクリュー)に乗り込むことになるからね」

 と応えるだけで、肝心の目的地は明かさない。

 だが、ヴァンは回答に含まれていた「螺旋(スクリュー)に乗り込むことになる」という台詞にこめかみを殴られたような衝撃を受けて、それどころではない。

「『螺旋(スクリュー)に乗り込む』って……」

 湿った暗闇を進みながらも、(おのの)き彼は(うめ)く。

「オートマータにはホムンクルスと違って航空機がある。恐らくは、既にメディアは空路で移送されているだろう」

 グラントの言葉を、パガニーニが補足した。

「出来るの――?」とヴァンは疑り深い声で確認する。眉間に縦皺が寄っていた。

「限りなく可能性はゼロに近いだろう」

 パガニーニは先頭のグラントを見遣りながら告げた。彼に何か考えがあるんだろう、とその視線は物語っている。

 ――時間の感覚が麻痺しかけてきた頃、明らかに周囲の様子が変わる。

材質がコンクリートから金属へと変化した。下水の流れが姿を消し、空調が整っているらしく空気が清浄だ。

下水道とは様相を異にしていて、もっと重要度の高い施設を連想させる。その雰囲気をヴァンは知悉(ちしつ)していた。

遺跡……こんな場所に? ――怪訝な思いを抱く。

 人の立ち入らない、あるいは死角になっている場所にあるからこそ、遺跡は未発掘でいられる。こんな場所にあって、政府機関に知られていないのはおかしい。

 しばらくすると、両開きの分厚いスライド式の扉が現れた。グラントは見知った様子で、脇にある認証装置でキーの解除を行う。

 分厚い扉が音もなく(なめ)らかに開いた。――そこに一人の人影が待ち構えていた。

「帰ってきたのね」その正体は、アンジェラだ。口もとに人懐っこい笑みを浮かべ、まるでそこにいるのが当然とでもいう態度で佇んでいる。

「只今戻りました、不死者(イモータル)

 グラントが(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。

「そいういう堅苦しい挨拶は止めてって言ってるでしょ、グラント」

 苦言を呈するアンジェラに対し、

「敬意を表すことの何処(どこ)がいけないのでしょうか?」

 穏やかな笑みを浮かべ、グラントは応じる。明らかに相手が嫌がるを分かっていてやっているのが、その笑顔の下から透けて見えた。

 と、そこでやっとヴァンは我に返る。今の今まで、とんでもない場所での師との再会に思考が麻痺していたのだ。

「師匠、こんなところで何やってるんですか!?」

 思わずヴァンは、非難がましい言葉を口走っている。

「『何やってるんですか!?』とはご挨拶ね。弟子を助けてやろうと、わざわざ足を運んだというのに」

 アンジェラは口の端を吊り上げ皮肉を述べた。

「あ、その、すいません――」師がここにいる理由を知り、ヴァンは素直に謝る。

 微笑ましげに二人のやり取りを見ていたグラントが口を開いた。

「さっきの質問の答えになるんだけど、ここは、真人教団の本部なんだ」

「真人、教団――?」と呟き、ヴァンは胡乱(うろん)げな顔をした。教団という言葉にヴァンは警戒心を抱いたのだ。

 人間が滅んだのを機に宗教というものは世界から失われたが、それが人の社会に争いの種をばら撒いたことを彼は知識として持っている。

それにさっき、不死者(イモータル)って――師を真っ直ぐ見つめながら言っていた。

ああ、もうどうなってるんだ? ――メディアと出会ってからこっち、自分の知らないことが次々と目の前に現れ眩暈(めまい)がする。

「別に警戒しなくていわ。彼らが信仰してるのは――」

 アンジェラがグラントを親指で指しながら口を開いた。

「えーと、してるのは……」彼女はそこで言葉に詰まり、言い直そうとするが気恥ずかしげな表情になり結局黙る。

 アンジェラに代わり、グラントが言葉を継いだ。

「この方を――アンジェラを信仰してるんですよ。まあ、思いは届かず一方的……言ってみれば片思いみたいなものですけどね」

 彼はまるで世間話をするような口調で、さらりととんでもないことを言った。

「はあ?」突拍子もない言葉に、ヴァンは思い切り訝しげな声を出す。

 彼は「何を冗談を下らない言ってるんだ」と師とグラントの間で視線を行き交わせた。

 だが、前者は気まずそうな顔し後頭部を掻いている。後者は曇りのない笑顔で、嘘を言っている様子はない。

まさか、本当に? ――ヴァンは足もとが崩れ落ちるような衝撃を覚えた。

 色々と謎が多い人物ではあったが、まさか謎の宗教の教祖様に祭り上げられているとは思わなかった。まるで性質の悪い冗談だ。

 だが、そういうふざけた空気は、アンジェラの次の台詞で一新される。

「ここまできたら隠し通せるものではないから言っておくわ――あたしは、元『人間』よ」


「話は後。とにかく、シャワー浴びて寝なさい」

 アンジェラはその一言で、質問を浴びせかけようとしたヴァンを制した。

 ヴァンは混乱して、咄嗟に何を優先して尋ねるべきか思い浮かばなかった。

茫然としている間に個室――ホテルの一室のように生活臭がなく整理整頓が行き届いた部屋に詰め込まれた。

 ……気づけば、言われた通りシャワーを浴び、清潔なシーツがかけられたベッドの上に倒れ込んでいる。

眠れるはずないだろ――ヴァンは顔をしかめながら胸の裡で呟く。情報の渦が相変わらず思考を翻弄している――が、自分で思っていたよりも、ヴァンは疲労していた。

 メディアが攫われてから、ノンストップでここまで来たのだ。睡眠もろくに取っていない。疲れない方がおかしい。

 暗幕がかけられたように、すっと彼の意識は闇に落ちた。


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