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君への愛を世界に叫ぶ

   4


 国防総省の建物を出たヴァンは、炎と煙が津波のように広がる都市の光景を目の当たりにすることになった。

 官庁街の高層ビルも、割れた窓から炎が途切れることなく噴き出している。

 そこに二つの異形が猛スピードで接近してきた。一体は上半身が人間、下半身が牛――蹄で道路に穴を空けながら怒涛の勢いで駆けている。

 もう一体は成人と比肩する体躯を誇る狼――どちらの異形も身体は金属的色彩(メタリック・カラー)で、まるで鋼鉄の彫像が命を持ったようだ。

 疾風迅雷――異形たちはヴァンたちのいる場所に向かって突撃を敢行する。

 半人半馬(ケンタウロス)が携えていた大鎌を振りあげた。人間数人を一度に両断できるほどの大きさの刃が一閃される。

 散開――ヴァンとパガニーニは左右に跳び、これを避けた。直後、狼がヴァンへと襲いかかる。指ほどの長さの牙が彼の喉笛を食い千切ろうとする。

 咄嗟にヴァンはカービン銃を差し込んだ。耳障りな音を立てて、キャンディーのように呆気なく噛み砕かれる。

 ヴァンは狼を蹴って反動を生かして距離を置いた。――頭頂部に風と殺気を感じる。彼は反射的に身を捩った。

「――ッ」肩に灼熱が生まれる。鋭いナイフで切り裂いたように、肩から二の腕にかけてパックリと傷口が開いた。

「ケケケケケ!」上空から急降下してヴァンを襲った影が、数メートル離れた場所で上昇に転じる。

 一瞬視界に入ったその影は、下半身と左右の腕が鳥と化した人間のような姿をしている。異形と同じく金属の身体だ。

 銃声――パガニーニの射撃が敵の上昇に転じる瞬間の隙を突いて命中、腹に孔を空ける。

「GAAA!」濁った悲鳴を上げながらも、半人半鳥(ハーピー)は一際強く羽ばたき次の弾丸を回避した。

「ほう、旧型の癖にやるな、裏切り者」っぺ、と銃の残骸を吐き捨てた狼が低い男の声でパガニーニを称賛する。

 相手は突如、身震いをした――刹那、四肢や身体がパズルの如く変形し獣頭(じゅうとう)の人間へメタモルフォーゼを果たした。

 その傍らにケンタウロスが下卑た笑みを浮かべながら並ぶ。

「我々の名前は獣化部隊(ライカンスローピィ・フォース)。裏切り者のパガニーニと邪魔者を始末しにきたオートマータだ」

 人狼(ウェア・ウルフ)が優位に立っている者特有の傲慢さの滲む口調で言い放つ。

獣化部隊(ライカンスローピィ・フォース)……」

 パガニーニがその名前を聞き表情を険しくした。

「人に仕えることを捨てた我らは、人間を模す必要はない――引き換えに人間形態では到底得られない強さを手に入れた」

 ケンタウロスがそう告げ、歯を剥き出しにして嗤う。

(引き換えに人間形態では到底得られない強さを手に入れた――)

 彼らの言葉を反芻し、ヴァンは気を引き締めた。メディアを救えなかったというのに、ここで命を失うなど到底受け入れられるはずがない。

 パガニーニは相手の御託になど興味もないという様子で銃を撃つ。

 ケンタウロスが鎌を掲げ、銃弾を撥ね退ける。その脇からウェア・ウルフがヴァンに向かって肉迫する。

 援護しようとするパガニーニを、ハーピーが上空から襲いかかり牽制した。

 が、それを更に妨げる存在が出現する。翼竜蝗(アポルオン)

 昆虫の羽根を持った魔導兵器があさっての方向から急襲、ハーピーに喰らいついた。

「GAAAAAA……」有翼のオートマータは悲鳴を迸らせながらも、両手の猛禽の鉤爪を魔導兵器の双眸に突き刺す。

 が、それでも翼竜蝗(アポルオン)はハーピーをガッチリと牙で捉えていた。視界を失った魔導兵器は、国防総省のビルへ突っ込んだ。

 あの勢いでは、オートマータ、翼竜蝗(アポルオン)共に無事ではないだろう……

「あれは――」パガニーニが驚愕に軽く眼を瞠った。

 ――ハーピーが眼を潰す寸前、ヴァンと魔導兵器の視線が交錯していた。

 その瞳には何か意思のような物を感じた――直感で、彼はメディアが翼竜蝗(アポルオン)を操ってこちらを援護してくれたことを理解する。

 しかし、残った敵はまったく勢いを減じない。仲間の死に欠片の痛痒を感じる様子もなく疾駆した。

 ウェア・ウルフとヴァンの距離が詰まる。ヴァンは拳銃を抜き、銃口を向けた。突如、敵の姿が視界から消える。

 相手が狼の形態に変形し、体高が変化したためだ。敵は勢いのまま跳びかかる。鉤爪がヴァンの左腕を裂いた。痛みに身体の内側で火花が散る。

 発砲、その瞬間にはウェア・ウルフは射程外へ逃げていた。

円盤(ディスク)を使わせる時間さえ与えなければ、ホムンクルスなど犬畜生と同じだ」

 ウェア・ウルフは、ヴァンのことを鼻で笑う。

 くそッ――敵の発言はもっともであり、それを実行できるスピードを相手は備えていた。

(だけど、逆にそこがつけこむ隙にもなる)

 ヴァンは鋭い痛みに顔をしかめながらも、左手でベストの胸元にある単分子製のナイフを抜く。右手の銃も軍用ナイフと交換した。

 二つのナイフには作りに違いがあるが、相手がそれに気づいた様子はない。第一関門クリア――湧き上がる安堵をヴァンは抑えつける。

「ほぅ、それでどうする気だ小僧?」ウェア・ウルフが愉しげに問うた。直後、地面を蹴る。猛烈な勢いで疾駆。

 攻撃の間合いに入った瞬間、その身体が膨らんだ。人狼形態に変化、渾身の拳を放ってくる。


 オートマータは手順(ルーチン)に陥りやすい――それが、以前パガニーニに教えられた彼らの弱点だ。

 ヴァンは体を開き、左右に跳ぶ、ウェア・ウルフの拳と蹴りを躱し続けている。既に全身が裂傷と打ち身による痛みを訴えていた。

 全力での戦闘の継続により、スタミナも切れかかっている……

 一方、こちらの攻撃も敵を捉えているが、致命的な攻撃は巧妙に避けられていた。オートマータは苦痛を感じない。だから、機能に障害を生じさせるような傷以外は蚊に刺されたのと変わらない。

 苦戦する彼の視野の隅では、パガニーニも劣勢に立たされている。

 電磁加速銃(レールガン)を幾度も放つも、ケンタウロスの鎌に呆気なく弾かれていた。そして、怒涛の如く彎曲した刃が彼を両断しようと振るわれる。

「無駄だ! この大鎌は高周波を放つことで攻撃の衝撃を無効化できる!」

 ケンタウロスが勝ち誇りながらそんな雄叫びを上げた。

 だが、パガニーニは冷静さを失うことなく、淡々とそして執拗に繰り返す。

「無駄だというのが判らないのか!?」ケンタウロスが嬉しげに嘲笑を浴びせた。パガニーニの人工皮膚とその下の合金への傷が徐々に増えている。

 パガニーニ……――加勢に加わりたいと思うが、ヴァン自身も追いつめられておりそれどころではない。

「カハッ……!」仲間に気を取られていた彼の腹部に重い衝撃が走った。ヴァンは息が詰まり、一瞬身体が動かなくなる。

 敵は容赦なく(くび)を片手で掴んだ。血流が遮られ、急速に息苦しさが増す。段々と視界が暗くなっていった。

「さあ、捕まえた」嗜虐的な笑みが、霞んだ視界で大きくなる。ウェア・ウルフが顔を近づけたのだ。

「どうするかなぁ?」焦らし、死を想像させることでより大きな恐怖を与える――相手は完全な加虐性変態性欲者(サディスト)だ。

 ヴァンは顔を歪めて、相手の牙から顔を逸らす。その様子に、相手は気を良くした。

「よし、決めた。噛み殺してやる」と告げるや否や、相手は大口を空ける。

 刹那、ヴァンの腕が動いた。ナイフの一本を口腔に向けた。

 ――そしてトリガーを引いた。バネが弾け、刃が宙を飛ぶ。単分子製の刃先が勢いよくウェア・ウルフの口の中へ突入、上顎を貫いて頭脳を破壊した。

 相手の腕から力が抜けた。解放されたヴァンは地面に座り込み空気を求めて喘いだ。顔が酸欠で蒼白になっている。

 視線だけを動かし、パガニーニの方を見やった。

 不意に銃撃を止める。銃撃を防いでは攻撃を加えるというケンタウロスのリズムが崩れた。行動に生じた狂いに敵は苛立たしげな様子を見せる。

 が、強引にケンタウロスは大鎌を振り下ろす。パガニーニは手に下げていたカービン銃の先端を、微妙にタイミングをずらし鎌へ叩きつけた。結果、刃はパガニーニではなく地面を斬るに留まる。

 紫電一閃、パガニーニは電撃拳打(スタン・ブロウ)の一撃で、荷電粒子を大鎌、ケンタウロスと立て続けに叩き込んだ。

「――ッ」強烈なエネルギーを受け、悲鳴すら漏らす間もなくケンタウロスは破壊される。煙を上げて、ゆっくりと敵は地面に倒れた。

「……っは……っは、っは」ヴァンは、何とか呼吸を整える。

 成功した……――命を繋ぎ留めた。そして、パガニーニも勝利を収めた。二つの感情が胸の裡で入り混じり安堵が込み上げてくる。

 機動力が高い相手に対し、本当は何度も得物を投げつけたくなった。

だが、『オートマータは手順(ルーチン)に陥りやすい』というの弱点を突くために「ナイフを投擲することはない」と信じ込ませ、辛くも勝てた。

「ヴァン、大丈夫か?」パガニーニが不器用に眉をひそめながら近づいてくる。

「だい、じょう、ぶ……」どうやら、彼の傷もそれほど酷くはないようだ。

 そのことに、ヴァンは改めて胸を撫で下ろす。

 メディアが攫われた上、彼まで死んでしまったら、自分はどうしていいか判らない。


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