君への愛を世界に叫ぶ
2
――時間はヴァンたちの賃貸住宅に警察の特殊部隊が突入する数十分前にまで遡る。
官公街の一角にある灰色の堅牢で巨大な建物、国防総省内部にルーテルの姿があった。
彼は松葉杖をつきながら、あちこちを歩き回っている。
武器弾薬持ち運びのためのバッグが、彼の手には握られていた。中には、カービン銃とショットガンにハンドガン、その弾薬、更にプラスチック爆弾や信管、デトネーティング・コードなどが詰め込まれている。
薄手のコートを着用することで下に着込んだタクティカルベストを隠して、彼は死角にあたる場所に次々と爆弾を仕掛けていた。
ルーテルには、すべてを捨て去る覚悟がある。
だから、緊張は感じない――が、代わりに皮肉な思いに囚われた。
(私が爆弾を仕掛けて回る羽目になるとはな――)
国防総省、ひいては国家を守るために身を削ってきたというのに、運命とは皮肉なものだ。
爆弾をあらかた設置し終えると、彼は最上階付近のフロアへ向かった。
ここには殆ど職員の姿が見受けられない。無人の空虚さを漂わせる廊下を黙々と歩き、とある部屋を目指す。
二重になった扉の前には、警備の兵士が立っていた。引き絞られた弓のような気配がその身体から発散されている。
「私だ」短く挨拶しながら、ルーテルは慌てることもなく近づく。
だが、兵士は彼が持っているバッグに目を止めた。警戒一歩手前の訝しげな色が浮かぶのが見てとれる。
身体を動かそうと筋肉に力を入れるのが、歴戦の猛者のルーテルには知覚できた。――強引に間合いに入り込み、拳を鳩尾へ叩き込む。
兵士の身体が自然とくの字に折れた。すかさず、相手の頸へ手刀を放った。確かな手応えと共に相手は気絶し床に倒れた。
そこからの行動も迅速だ。厳重にロックされた部屋の鍵を解除、兵士を引きずり込む。更に内側の扉も開け放った。
真っ白な部屋だ。数歩で壁から壁へたどり着く広さで、その中央に武骨なスチール製のデスクと二脚の椅子が用意されている。
そして、椅子の一方に少女が疲れた表情で腰を下ろしていた。不安と疲労の浮かぶ眼でこちらを見る。『眠れる森の魔女』メディアだ。
頭には魔術を遣えなくする用途の物が一つ、そして魔力抑制用の、と二つの輪が嵌められていた。
上は彼女の存在とそこから引き出される情報をこれ以上にないほど重要視している。
だから、執拗に尋問し話を聞き出していた。相手の精神的苦痛など関係ない。組織とはそういうものだ。時に個人に対してこれ以上にないほど残酷になれる。
「私はヴァンの協力者だ。ここを出るぞ」単刀直入に告げた。長々と説明している暇はない。
「え……?」とメディアは、突然のことにこちらの言葉が理解できない様子だ。急な事態に茫然となり、硬直している。
「私はヴァンに頼まれ、君がここから出る手助けをすることになった」
ルーテルは真摯な表情で告げた。
「だって……」メディアは困惑顔で呟いた。
それはそうだ。ルーテルは彼女に対し、「逃げようとするなら射殺する」という言葉を発している。そんな彼が逃亡を手伝うなど、普通は夢にも思わない。
「私はヴァンの今は亡きご両親の友人だ。そして、君はヴァンにとって危険を及ぼすと思った。今までの横暴な振る舞い、すまなかった」
ルーテルは深々と彼女に頭を下げる。
「その、あの……」だが、メディアは未だに混乱していた。彼は、そんな彼女に近寄り優しく手を取る。
「私を信じてくれなくてもいい。でも、私に協力を依頼したヴァンのことを信じてくれないだろうか?」
ルーテルは心の底から、信じてほしい、と願った。
メディアは束の間逡巡する様子を見せ、一つ肯いた。
「よかった」と呟き、ルーテルは部下にはついぞ見せたことのない微笑を浮かべる。
――背後に無数の気配が近づいてくるのを感じた。
「隠れるんだ」彼は鋭い声で告げ、メディアを入り口側の部屋の隅へ追いやる。
バッグからカービン銃を取り出す。コッキングレバーを引き、初弾を薬室へ送り込んだ。
部屋の入り口、廊下に赤髪の長髪の男が姿を現す――トリスケルの町で戦った相手だとコンマゼロ秒単位で判断、発砲。
弾丸は、彼の前に飛び出した人影に吸い込まれた。が、悲鳴も苦悶の呻きも生まれない。
肥満体の男のオートマータ、その腹に当たった弾丸は水面に落ちたように衝撃を分散、吸収され無効化される。撃ち出されたままの形の弾頭が、ぽろりと床に落ちた。
「案内ご苦労様」と赤髪のオートマータが嗤い、手のひらをかざす。
直後、極寒の海に投げ出されたかの如く、ルーテルの体温は低下した。それを苦痛に思う暇もなく、灼熱が彼を灼く……
(ヴァン――すまなかった)
意識が途切れる寸前、彼は友人の息子に向かって謝罪した。悔しさと悲しみのない混ぜになった想いが苦く胸を満たす。
†
目の前で、ヴァンの協力者を名乗った男が黒焦げになって斃れる。
「ヒッ――」気丈なメディアの喉から、悲鳴の欠片がこぼれた。鼻を異臭がつく。気分が悪くなり、彼女はズルズルと壁にもたれながら座り込む。
「どうも、お嬢さん。ご機嫌は如何かなぁ?」赤毛のオートマータが凄惨な笑みを浮かべながら姿を現した。
魔力の気配の違いで、人間とホムンクルスとオートマータを、メディアは区別出来る。
「さあ、カーニバルの始まりだ」彼はタクティカルナイフを取り出し、こちらに近寄って無造作に一閃させる。
「――ッ」メディアは息を呑む。
一瞬、死を覚悟し目を閉じた。……だが、いつまで待っても痛みを感じない。
それどころか、頭部にあった圧迫感の一つが消えた。
瞼を開くと、床に二つに割られた輪が転がっている。それは魔力抑制用の物だ。つまり、それが外れたいうことは――
(また、魔導兵器がわたしを追いかけてくる……)
そのことに思い至り、彼女は茫然となる。
何てことをするの! ――胸中で悲鳴を上げながら件のオートマータを見上げた。
自分を求めて来襲する魔導兵器のせいで、多くの命が失われる。そのことに、メディアは罪の意識を感じていた。
だから、閉じ込められていることで、安堵を感じていたのだ。これで犠牲を出さずに済む――と。
だが、目の前のオートマータは明らかな悪意を持って、それを打ち壊した。
「お嬢さん。命ってのは、燃え尽きる瞬間が一番輝くんだよ」
彼はさも愉快そうに、唇の両端を吊り上げる。その笑みは、悪魔そのものだ。




