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君への愛を世界に叫ぶ

   9


 病院の一室に、血溜まりが広がり濃い血臭(ちしゅう)が漂っていた。その中に白衣の医師と看護士が沈んでいる。目を見開き、断末魔の無念さを表情に刻みつけていた。

 医師が本来座るはずの丸椅子に、口の端が裂けているのではないかという深い笑みを浮かべたイグネイシャスが、どっしりと腰を据えている。

 その周囲では診察台に載せられた機材を扱うオートマータや扉の外を警戒する部下の姿があった。

 総勢十体の彼らは、集音マイクや盗聴器を使ってとある部屋を監視している。

 都市の外に魔導兵器が群がったせいで、どうしても内側の警備は手薄になる。特に政府関係や軍の施設はともかく、病院にまで割く人員は足りない。

そこにイグネイシャスたちはつけ込んだ。

知恵(グノーシス)のエージェントが病院に入院していることを突き止め、こうして張っていた。

「いやぁ、初日に大物がかかるなんて俺もツイてるな~」

 イグネイシャスは口笛を吹きたい気分でうそぶく。

 それに対し、周囲のオートマータたちは完全な無表情だ。

 彼ほど情緒豊かな機体は珍しかった。だが、それは人間やホムンクルスのそれと比べて極めて(いびつ)なものだ。

 本人はそれを自覚しており、性質(たち)の悪いことに磨きをかけようとしている。

個性ってやつは大事だからなぁ――彼は胸中で上機嫌に独語を吐いた。



第六章錯綜と混迷と混乱と


   1


 不意に、メディアは眼が冷めた。背中に嫌な汗をかいていた。

 強く(フォルティッシモに)心臓が鼓動を刻んでいる。

 左胸をそっと手のひらで押さえ、彼女は脈拍が落ち着くのを待った。

 だが、心拍数が普通の強さ(メゾ・フォルテ)になっても、寒気のような感覚――悪寒は去らない。

(理由は判らないけど、何か良くないことが起きる気がする……)

 胸の裡で呟いて、自分の抱いている予感の輪郭を捉えた彼女は、枕元から眼鏡ケースを引き寄せた。

 装着型携帯魔術媒体(ウェアラブル・アルス・マグナ)をかけ、「呪文詠唱(キャスト・ア・スペル)」と唱える。

 予感に突き動かされ、周囲の魔導兵器の魔力の様式(パターン)を表示した。

「……っ!?」とメディアは息を呑む。

 都市から十数キロ離れた場所にではあるが、無数の魔導兵器の反応の光点がレンズモニターに表示されている。まるで、地に落ちた雨粒に印を付けて回ったような有様だ。

 もしかして……――衝撃が抜けきらないながらも、彼女は一つの可能性に思い当たる。

 侵入攻落(ハッキング)した狗貌小獣(コボルド)の通信の記録(ログ)を確認した。

「やっぱり――」当たって欲しくない予想が当たったことに、メディアは憂鬱な気分になる。

 通常、狗貌小獣(コボルド)は情報が確定してからしか報告を送らない――無数の個体を放ち人海戦術的運用を為すことが前提として設計されているため、一度に大量の報告を行い管理者(ホスト)の処理能力を圧迫しないよう、プログラムされているのだ。

 ところが、悪疫(エピデミネ)に感染したせいで、その仕組みが壊れている。

 だから、メディアが侵入攻落(ハッキング)する前に、不確定な情報だというのに管理者(ホスト)に報告が為されたのだ。

 その情報をもとに、戦闘型の魔導兵器が周辺に派遣されている。あくまで推測に過ぎないが、まず間違いはないはず――

 自分は堅牢な軍の施設にいる。だが、ヴァンとパガニーニはそんな環境にはいない……

(二人が危ないかもしれない)

 そう思ったメディアは、狗貌小獣(コボルド)侵入攻落(ハッキング)したのと同じ要領で、戦闘型魔導兵器への干渉を開始した。


      †


 吐息に静かな興奮が溶けて熱い。

 その日、目が覚めたそ瞬間から、緊張が身体を支配するのをヴァンは感じていた。

 グラントが用意してきた装備――アサルトライフルに短機関銃(サブマシンガン)(SMG)、手榴弾にプラスチック爆弾とこれから戦争に行くような品揃えだ――をヴァンとパガニーニは身につけた。

 ヴァンは、自分たちのしようとしていることの重さを装備の重量で実感した。約四十キロの装備は命のそれに比べれば軽いかもしれないが、それでもズッシリと身体を呪縛する。

 二人が装備を装着し終えた頃――扉が乱暴にノックされた。

「私です。ここの情報が漏洩しました。至急、逃げて下さい!」

 聞き覚えのある声が緊急事態を伝える。

 パガニーニが居間を飛び出し玄関へ駆け寄った。扉を開けると、顔色を悪くしたモーゼズが入ってくる。

「一般人の通報を装って、ここのことが警察に報せる電話がありました」

 モーゼズが早口に捲くし立てた。

 それを聞いたヴァンも、緊張に鼓動を速めながら駆け寄る。予定にない戦いだ……彼は軽い動揺を感じていた。

 扉の外――戦いを報せる太鼓の音色のように、階下から乱暴な足音が聞こえてくる。


 特殊音響閃光手榴弾(スタン・グレネード)が子供が投じたボールのように、階段を弾んで無造作に落ちる。

「グレネード!」先頭の突入服姿の警官が狼狽(うろた)えながら叫んだ。――が、警告の声は間に合わない。閃光が世界を灼き、轟音が空気を揺るがした。

その只中(ただなか)へ、パガニーニが飛び込んだ。粉塵の中で、フラッシュのように紫電が(またた)く。その度に呻き声が漏れた。

 続いてヴァンとモーゼズが踊り場へと降りる。

「――突入班、状況を報告しろッ!」隊員のベストに差し込まれた無線から殺気立った声が上がった。

 先頭突入員(ポイントマン)のパガニーニが脅威の有無を確認し、ハンドシグナルでメンバーを招く。

 すぐに、一階のエントランスへと到着する。あちこちに(ひび)の入った安普請(やすぶしん)の建物は、拡声器の呼びかけだけで崩れてしまいそうな気がした。

入り口から警察車輛の赤色灯の明かりが見えた。血を思わせる色の光が、旋回して周期的に建物の入り口に差す。

 ヴァンたちは体勢を低くしながら素早く進む。目指すは表ではなく裏口だ。ただし、扉を使う気はない。

 ――騒々しい発動旋律(モーション・メロディー)が流れた。

 魔術は隠密行動には向いていない、そのことをヴァンは再認識する。

 円盤(ディスク)を操作。壁に無造作に衝撃波を放ち、逃走経路を確保――パガニーニがそこから外へ飛び出す。

「クリア」すぐにその声が飛んできた。

 ヴァンはSMGを構えながら外へ。それにモーゼズも続いた。……後者の胸に紅い花が咲く。

 信じられない、そんな顔をモーゼズはした。手を胸に当てて血が流れているのを確認し、崩れ落ちる。

自分の側に倒れてきた彼を、ヴァンは抱きとめた。

 パガニーニがカービン銃で、ドブ川を挟んで路地を臨むマンションへ銃撃を加える。その一撃で敵は仕留められ、窓枠を越え下へ落下した。

「……っ」ヴァンは、かけるべき言葉が見つからない。

「アンジェラさんをお願いします……彼女は後悔に苛まれて、いる」

 モーゼズは、最期の力を振り絞ってヴァンの耳もとに顔を寄せた。その言葉を最後に、彼は事切れる。全身から力が抜け、単なる物へと成り下がった。

 いつも傲岸(ごうがん)不遜(ふそん)に振る舞う師が後悔? ――とヴァンは茫然となりながらも、頭の片隅の冷静な部分が疑問符を浮かべた。そもそも、彼も師と顔見知りだったことが驚きだ。

「ヴァン、モーゼズを下ろせ。連れて行く余裕はない」

 パガニーニが淡々とした声で指示する。

その声音が癇に障った。ヴァンは歯噛みし一瞬腕に力を込める――が、筋肉を弛緩させて、モーゼズの身体を路地に横たえた。

 逆境の中でこそ、常に選択を迫られる。

意地を張って彼を担いでいき高い確率で警察に撃たれるか、死体を捨ておき少しでも逃亡の可能性を確保するか――

 パガニーニを先頭に、ドブ川沿いの路地へヴァンは飛び出した。


      †


 猛スピードで普通乗用車が道路を走っていた。

 運転席にパガニーニ、助手席にヴァンがそれぞれ座っている。

 車窓をまばたき一つの間に景色が流れていた。そして背後――車の後方にはサイレンで騒音を撒き散らしながら警察車輛が追ってきている。

 戒厳令が解かれ、道路には一般車輛も走行している。

そんな状況だから、パガニーニの強引な運転は、横転や路肩のガードレールに車が衝突する事故を次々と誘発している。

 甲高いブレーキの悲鳴や、車体が衝突する轟音が専属のオーケストラの演奏の如く、ヴァンたちの車輛を追いかけていた。

 そんな狂騒の中、パガニーニの沈痛な声が不思議と鮮明にヴァンの耳に届く。

「モーゼズのことは済まなかった」と彼は前を真っ直ぐに見つめたまま言った。

「え……?」一瞬、彼が何が告げたのか分からない。

 水が土に染み込み根に届くように、遅れて理解が追いついた。

「――気にしないで。パガニーニは悪くない」

 彼がこちらの心情を理解していたことを知り、申し訳なさを覚えながらもヴァンはトーンの低い声で応える。

 ――パガニーニは特に感想を口にするでもなく運転を続けた。

そして不意に、

「ヴァン、警察車輛を撃て」パガニーニがバックミラーで警察車輛の姿をちらりと確認して指示する。

「え――」ヴァンの選択肢の中に警察車輛に銃撃を加えるというものは存在しなかった。呆気に取られ、目を瞠る。

 マンションを脱出するときも、彼は警察を攻撃していない。出来るなら、彼ら治安関係者に暴力を振るいたくなかった。

「『為すべきことの大きさを考えれば、一番大事な物以外すべてを捨てる覚悟が必要だ』、グラントの言葉だ」

 それ以上言わなくとも分かるだろ、彼の表情はそう告げている。

 ヴァンはその言葉に息を呑み、自分の手にしているSMGに目線を落とした。……腕には、モーゼズの身体の重みがまだ残っている。

(僕は彼を犠牲にしたんだ)

 遣る瀬無さと義務感の入り混じったそんな思いを抱いた。銃を握る手に力を込め、身体を捻りながら窓を開け放つ。

 ヴァンは窓から銃身を突き出し、三点バーストで銃撃。狙うはタイヤだ。拳銃弾でエンジンを狙うのは得策ではない。

 銃弾は的確にタイヤを貫く――アンジェラに仕込まれた銃撃の技術は相当のレベルに達している。

 さらに、パガニーニが片手で運転しながらも脇に置いていたリボルビング・グレネードランチャーを手にした。ミラーを巧みに利用して相手の位置を確認、前を向いたまま腕を窓の外に突き出し正確無比に擲弾(グレネード)を送り込む。

 空気が抜けるような音と共に飛んだグレネードが警察車輛に突き刺さる――車体が子供に放り投げられた玩具のように宙を舞った。

 引力に従い車は落下、サイコロの如き不規則な動きをしながら先頭車輛が後続を巻き込む。衝突音の合唱が聞こえ、遅れて爆音がそれを掻き消す。

 ――直後、道路の前方に火柱が生まれる。それは真上から降ってきた。車の進路上に発生した業火を、センチ単位の距離でパガニーニは避けてみせる。

「何だ?」ヴァンは顔を強張らせた。

 彼とパガニーニは厳しい表情で、左右の窓から上空を窺った。そこには空を埋め尽くさんばかりの異形の姿がある。

 爬虫類と(いなご)を掛け合わせた、そんな外見をしている。その体躯は(だい)の大人と比べても遜色のないものだ。

翼竜蝗(アポルオン)だ。魔導兵器が現われたということは、『眠れる森の魔女』に何かがあったことになる」

 パガニーニが状況を説明する。

「どうして?」ヴァンは動転した声で怒鳴るように尋ねた。

「都市への魔導兵器の襲撃が止んでいたのは、魔力抑制装置が働いていたからだ。だが、それが再開したということは……」

 最後の方は、パガニーニは口にするのを躊躇うように言葉を濁す。

「それもメディアの手伝いをしていて仕入れた知識?」

 ヴァンは何とか動揺を抑えて訊いた。

「そうだ」とパガニーニは簡潔な一言を口にする。憎らしいくらいに平静な表情で、だ。

「連中を攻撃してくれないか? 私たちに出来るのは、出来るだけ早くメディアの元にたどり着くことだけだ」

「言われなくても分かってるよ!」

 乱暴な返事をしながら、ヴァンはもどかしさに歯噛みしする。

 同時に回転台機構(ターンテーブル)を作動させた。

 曲目(ナンバー)暴行(オウアトレージ)×空を纏った(スカイクラッド)。顕現するのは極大衝撃(マキシマム・インパクト)

彼は八つ当たり気味に衝撃波を魔導兵器に放った。


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