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君への愛を世界に叫ぶ

   5


 数日間、ヴァンとパガニーニは何の行動も起こさずに過ごした。

 グラントが一日置きに食糧を運び込むが、期待のできる報告はない。

 だから、ヴァンとパガニーニ――一人と一体は日がな一日部屋に閉じこもっている羽目に陥った。

 暇を持て余したヴァンは、読書とパガニーニとの雑談で時間を潰した。

「ねえ、パガニーニ。どうして、君はメディアを助けようとしているの?」

これも、そのときの会話だ。見ている方の肩が凝ってくる堅苦しい姿勢で居間の椅子に座っているパガニーニに声をかけた。

 ヴァンはメディアのことが好きであり、彼女が「ホムンクルスとオートマータの戦争を止める鍵」になっているという二重の動機があった。

 翻って、彼が「どうしてここにいるのか?」それが気になったのだ。

 物思いを誘発しやすい静かな夜のことだ。

 オーケストラも観客もいない会館(ホール)のような静寂が満ちている。

 ただ白熱灯だけが、時折弱った蝉の悲鳴に似た音を立てていた。

 照明が追い払いきれいないせいか、それとも彼自身の心情が表れいるのか、パガニーニの顔には(かげ)が差していた。

「……一つは贖罪だ」彼には珍しく長い沈黙を挟んでぽつりと応える。まばたきをしない眼が真っ直ぐにヴァンを捉えた。

「君の両親を奪った罪を償いたい」と明瞭な声音で言葉を続けた。

「そんなこと――」彼に対し何のわだかまりもないといえば嘘になる。拳一発で解消できるほど、両親の存在は軽くない。

だが、それでもパガニーニのことは(ゆる)していた。

「これは自分の心の問題なんだ。自己中心的な振る舞い、押し付けがましい行為だということは解っている。だが、それでも償いたいんだ」

 パガニーニは、搾り出すような声で言った。眉間に皺が寄り、苦渋が顔に浮かんでいる。

彼のことを理屈で彼を説き伏せることはできないだろうな、とヴァンは思った。そして、彼のことを憐れむ気持ちを抱く。

「解った。好きにしていいよ」と彼は微笑を浮かべ、素っ気なく言った。

「ありがとう」ほっとしたように、パガニーニの表情が(ゆる)む。

「それで、もう一つの理由は?」何気なくヴァンは言葉を()いだ。「……一つは贖罪だ」と言ったからには他にも動機があるはずだ。

「……」パガニーニが躊躇うように沈黙する。だが、さっきまでの深刻さが感じられない。彼はどこか恥ずかしがっているように思えた。

やがて、意を決したように口を開く。彼の瞳孔が開いているように思えた。

「恐らく、メディアのことが好きだ」

 一切冗談の感じられない真顔で彼は言い放つ。

「へっ?」思ってもみなかった言葉に、ヴァンは唖然となった。

「身を呈して俺とヴァンの殺し合いを停めた……そのときの勇敢さに、敬服の念を抱いた。そして、気づいたら彼女のことを愛するようになっていた」

 (せき)を切ったように、彼は喋りつづける。

「彼女のことを考えると、思考回路に歪みが生まれて、動力源が異常稼動する……」

 ヴァンよりも遥かに年上のオートマータが、初恋をした少年のように戸惑っていた。眉と口角が吊り下がり、今にも泣きそうにも見えた。

 ヴァンはゆっくりと、彼の言葉を胸のうちで反芻(はんすう)する。

(――恐らく、メディアのことが好きだ)

(――身を呈して俺とヴァンの殺し合いを停めた……そのときの勇敢さに、敬服の念を抱いた。そして、気づいたら彼女のことを愛するようになっていた)

(――彼女のことを考えると、思考回路に歪みが生まれて、動力源が異常稼動する……)

「い、言っておくけど、僕の方が彼女のことを愛してる」

 脳がパガニーニの言葉を咀嚼し終えた瞬間、ヴァンはそんな台詞を口走っていた。

 冷静に考えれば恥ずかしいことこの上ない言葉だが、そんなことにさえ気づく余裕がない。

「そうか」対するパガニーニの返事は素っ気ないものだ。

 彼は人の感情の機微など読み取れない。だから、ヴァンが単に事実を言ったのだと思ったようだ。

 こちらが対抗心を燃やしていることを理解しているかどうかも怪しい……

「人間とオートマータが結ばれることはない」

 そんな彼に苛立ち、気づくとヴァンの口をそんな言葉が突いて出ていた――。

 苦い味が舌の上に広がるように、後悔が胸のうちに生まれる。

「そうだな」とパガニーニは、またも淡々と肯いた。

 その反応から、胸中を推し量ることはできない。

「……」椅子に腰かけたまま、ヴァンは気まずさを感じて黙り込む。

 パガニーニも口を閉ざし、重い沈黙が流れた。

「見つけた!」突如、くぐもった叫びが室内に響く。

 何だ!? ヴァンは狼狽えながら、四方へ視線を走らせた。だが、それらしき人影は見当たらない。

「ヴァン、あそこだ」とパガニーニが部屋の一角を指差した。

 彼の人さし指の延長上、壁に空いたネズミの巣らしき穴から奇妙な生物が顔を覗かせている。

 頭部はつぶらな瞳の犬、軀はネズミのものという外見だ。体調も、ネズミのそれと変わらない。

「あれは、魔導兵器狗貌小獣(コボルド)だ」

 パガニーニがその正体を看破する。

 狗貌小獣(コボルド)がちょこちょことヴァン達の方へ近づいてきた――何と二足歩行で。

 ヴァンは反射的に警戒して腰を浮かした。

「ちゃんと学習したのね、偉いわ」

 狗貌小獣(コボルド)は腰に針金のように細い手――というか前脚を当てて偉そうに言う。

 その仕草にヴァンは既視感を覚えた。

 同時に、狗貌小獣(コボルド)の声に聞き覚えがあることに気づく。

 井戸の底から響いてきているような声の輪郭のぼやけのせいで、記憶の中の声音と一致すると勘付くのが遅れた。

「メディア……?」ヴァンは唖然となり呟いた。

「ちゃんと気づいてくれたのね」

 耳ざとく彼の言葉に気づいた狗貌小獣(コボルド)がヴァンに、視線を向ける。その口もとが器用に動き、外見とはかけ離れた少女の声を出した。

「どうなってるんだ……」夢でも見ているようだと、ヴァンは眩暈さえ感じる。

「生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)を通じて、探索用の魔導兵器狗貌小獣(コボルド)の魂を侵入攻落(ハッキング)して操ってるのよ」

 メディア――が操作する狗貌小獣(コボルド)が自慢げに胸を張って疑問に答えた。

 そんなことまで出来るのか……、とヴァンは途方もない彼女の技倆に圧倒される。

「そんなことより、あなたたちどうして首都なんかにいるの?」

 メディアが怪訝な声で尋ねた。

「決まっている。君を助けるために追いかけてきた」

 その問いに、パガニーニが即答する。

 彼に先を越されたことに、ヴァンは慌てた。そして、彼に対し嫉妬を覚える。

(まるで君だけが心配してたみたいじゃないか)

「僕も勿論、君を助けるためにここにいる!」

 ヴァンも力のこもった声で告げた。

「そうなの……」

 と狗貌小獣(コボルド)を通したメディアの声が揺れる。

「君はどこにいるんだ?」パガニーニが冷静でありながらも、助け出すという強い意思の宿った口調で尋ねた。

 またッ――彼がメディアとの会話を先導していることに対し、ヴァン胸の裡で砂利が擦れ合うような不快な感情が生まれる。

「国防総省の建物のどこかに――誰かが来たみたいっ!」

 その慌てた言葉を最後に、彼女の声は途切れた。

 接続が中断され、狗貌小獣(コボルド)の動きが停止する。まるで彫像と化したように固まった。


 メディアによってもたらされた情報をグラントに報告したことで、事態は一気に進展する――。


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