君への愛を世界に叫ぶ
4
連れ去られたメディアは、独房に閉じ込められていた。
小さな部屋だ。ある物といえば、隅に蓋のない便器、それに並んでちゃちな洗面台、そして反対側には粗末なベッドぐらいだ。
だが、ベッドに腰かける彼女は、打ちひしがれてなどいない。
ただ、どうしようもなく、ヴァンとパガニーニのことが気にかかっていた。人工冬眠に入る前の記憶と照らし合わせても、彼らほど親しくなった人間はそう多くない。
周囲に人の気配がないのを確認し、メディアは服のポケットから眼鏡ケースを取り出した。
中身――デザインが洒落ていること以外平凡な、レンズのスリムな眼鏡をおもむろに掛ける。
「呪文詠唱」と彼女がキー・ワードを口にすると、レンズが微かな青白い光を帯びる。
すると、視界に幾つもの幾何学模様――魔法陣が表示された。
そう、これはいわば装着型携帯端末の魔術版、装着型携帯魔術媒体だ。
生命の樹通信網に接続が可能で、魔力はネットワークを通じて外部から供給されているためメディアの魔力が封じられていても使用可能だ。
どうやらホムンクルスたちはその存在を知らなかったようで、これを取り上げなかった。
「キ、キィ」と部屋の隅から甲高い、小さな鳴き声が聞こえる。
メディアが装着型携帯魔術媒体を使う契機となったモノがそこにはいた。
魔導兵器狗貌小獣――ネズミの軀に犬に似た頭を備えた外見をしている。
探索を主な任務とする種類で、通常の魔導兵器では感じ得ない封印から漏れる僅かな魔力を追ってここまで侵入してきたのだ。
ただ、メディアが目標としている人物なのかどうか確信が持てないらしく、ずっと隅からつぶらな瞳でこちらを観察している。
そんな狗貌小獣を視界に収めている内に、メディアはヴァンたちを連絡を取る一つの方法が思い浮かんだのだ。
(狗貌小獣を侵入攻落する――)
そして、彼女はその思いつきを実行に移している。
(まず、踏み台を用意して……)
セキュリティの甘い端末を支配し、手足として使うのだ。コマンドを入力する度に、視界に浮かぶ魔法陣が複雑に組み合わさり、青い燐光を撒き散らす。
(次に、情報管理者を偽の断片術式を使用して、対象=狗貌小獣を統括しているシステムを軍のネットワークから孤立させる……)
(更に、不要な干渉が起きないよう、増幅攻撃で軍のシステムを麻痺させる……)
複数の端末――ネットワークから接続要求を無数に送り、処理能力を上回らせることでダウンさせるのだ。
彼女の視界で活動していた魔法陣の集積、曼荼羅模様に似たシステムが輝きを失い停止する。
(その間に、脆弱性を突いて狗貌小獣を支配下に置く――)
「……やった、成功した」とメディアは喜びの声を漏らした。
普通ならここまで簡単には成功しないはずだが、生命の樹通信網を監視する人間の眼がなくなっているせいで侵入攻落が容易になっている。
額に浮いた微かな汗を拭う。集中していたせいで定かではないが、恐らく三十分もかかっていないはずだ。
(ヴァンとパガニーニの魂の波長のデータを送付――)
そして、狗貌小獣に目標を探し出すようコマンドを送る。
――すると、部屋の隅で固まっていた魔導兵器が勢いよく走り出し視界から消えた。後は待つだけだ。
メディアの装着型携帯魔術媒体には、紅い光点で彼女が、青い光点で狗貌小獣の位置が示されている。




