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君への愛を世界に叫ぶ

   2


 夜の街道を、燃料電池式のジープが駆けている。

血族(ブラッド・リレイション)で唯一、実際に使用されている車輛だ。

補給する場所がないため、液体水素は自分で用意するしかない。

そして、魔術で液体水素を作り出すような繊細な作業はアンジェラぐらいにしか不可能だ。といっても、当の本人はヴァンに車を貸与して別行動を取っている。

 ハンドルをパガニーニが握り、助手席にヴァンが座っていた。

 街道は自動車が走行するための舗装がされていないから、速度を抑えざるを得ない。血族(ブラッド・リレイション)では車が民間で普及していないためだ。

 ――メディアが姿を消して、ヴァンたちが出発するまでに半日が過ぎていた。

 ヴァンの住んでいたトリスケルの町の住人たちの治療や消火活動は、魔法盤騎手(ターン・ウィッチ)であるヴァンとアンジェラ以上の適任者がいなかったため足止めを喰らったのだ。

 ヴァンは疲労困憊の様子だ。肉体的にも疲れているが、心に受けた痛みが冷たく疼いている。傷は魔術で治しているが、心に負った傷は治療できない。

「ヴァン、打ち明けたいことがある」

 と不意にパガニーニが口を開く。

 雑談に興じるような気分でもなくヴァンが黙りこくり、パガニーニも口を閉ざしていたため、車内には長いこと沈黙が流れていた――それを彼は破ったのだ。

 彼がこちらを注視していた。その眼には決意の色が浮かんでいる。

 その瞳に宿る強い意思に、ヴァンは少したじろいだ。

「何?」怪訝な顔で尋ねる。

「君の両親を殺したの私だ。……私が君の両親の車に爆弾を仕掛けた」

 感情豊かになったパガニーニが、口ごもりながら言葉を吐き出した。

 ヴァンは、突然の告白に混乱する。目を瞠ってパガニーニを凝視した。

 ――鼓膜に爆発音が、網膜に炎が甦る。


      †


 ……七歳の頃のことだ。

 その日、ヴァンは風邪を引いてしまっていた。

 だが、折り悪く両親は学会での研究の発表の予定が入っている。仕方なく一人で留守番することになった。

 ベッドに潜り込み顔だけ出した彼の上に、彼にそっくりな美しいパンツスーツ姿の女性が屈み込む。――ヴァンの母親ミリアムだ。

 ご機嫌斜めの彼の頬に、母は優しく口づけをした。

「ごめんね、ヴァン」彼女はヴァンの頭を撫でながら謝罪する。本当に心苦しく思っているのが、その表情から伝わってきた。

「うん」それ以上ごねることに罪悪感を抱き、彼は大人しく首肯する。

「いい子ね」と彼女は笑みを浮かべた。

「そろそろ行かないと遅れるよ」眼鏡をかけた、如何(いか)にも学者風の優男(やさおとこ)が子供部屋に入ってくる。

決して顔立ちは悪くないのだが、本人の性格が反映され、どこか野暮ったい印象だ。父親のネイサンは燕尾服を身に纏っている。

母親が身を引くのと入れ替わりに、彼がヴァンの上に覆いかぶさる。頬にそっとキスをした。

「ごめんな」眼鏡の奥の優しそうな瞳に、申し訳なさそうな色が浮かぶ。ネイサンもヴァンの頭を軽く撫でた。

「元気になったら、またキャッチボールしような」

 父はそう言い残し部屋を出て行く。母親もそれに続き名残惜しそうに退室した。

 ヴァンは目を閉じる。何も出来なくて退屈だから、大人しく眠ろうと思ったのだ。

 ――が一、二分経った頃、耳をつんざく轟音が鳴り、表通りに面する部屋の窓が割れる。吹き上がる焔が、一瞬網膜を()いた。

――え、何!? 幼いながらも、第六感で不吉なことが起きたのではないかと察する。彼は身体をフラつかせながらも起き上がった。

不用意に窓辺に近寄り、足の裏をガラスの破片で切る。痛みに涙が(にじ)んだが、視界に入った光景のせいでそれもすぐに忘れてしまった。

 車が引っくり返って焔に包まれている。激しく変形し焼け焦げているが、その色、形には見覚えがあった。

 ヴァンの背筋を寒気が走る。顔を強張らせ、反射的に部屋を飛び出していた。

 玄関を蹴破るようにして開け放ち、アパートの階段を駆け下りる。裸足であることなど一向に気にならない。

 道路に飛び出し、巨大な松明の如き状態になった自動車に駆け寄る――が、大人の男性に止められた。

たまに、家に遊びに来るおじさんだった。確か名前はルーテルだ。

「坊や、危ないから止めなさい!」彼は必死の形相で、ヴァンを抱きしめ身動きを封じようとする。

「嫌だ! パパとママがッ!」幼い彼は必死に抵抗した。腕を振り回し、足の裏で地面や相手の脚を全力で蹴りつける。

 だが、相手は大人だ。ビクともしない。

「うう……」数メートル離れた車の残骸の中から、(うめ)き声が聞こえてきた。

 弾かれたようにルーテルが動く。燃え盛る車輛へ駆け寄り、上半身を窓から突っ込んだ。中から人影を引きずり出す。

 火傷が酷くて、泥で人型を作り襤褸(ぼろ)を着せたような有様だ。辛うじて豊かな胸が女性であることを訴えていた。

嫌だ……――それが母親であるはずがない、と現実から眼を逸らそうとするヴァン。泣きそうな表情を浮かべていた。

「ヴァン……」

 しかし、人影は彼の名を呼んだ。それはとても恐ろしかった。ヴァンの身体が震える。

 彼女が母親であることを認めれば、そう遠くないうちにその命が失われることも受け入れなければならなくなる。

 だが、身体は勝手に動いていた。

夢遊病者の如く、彼は彼女の側らに近寄り膝をつく。そんなヴァンを、ルーテルが悲しげな表情で見下ろしていた。

「ママ……?」とヴァンは消え入りそうな声で呼びかけた。

「……恨ん、じゃダ、メ、よ」彼女は肯定の台詞さえ惜しいとばかりに言葉を紡ぐ。

「ホムン、クル、ス、とオート、マー、タ、は仲、良く、出、来るのよ……」

 そして、彼女の胸の上下が止まった。優しい微笑みを浮かべ、目尻に泪を溜めた顔が凍りつく……息絶えたのだ。

 最期の瞬間まで、母はホムンクルスとオートマータの共存を望んでいた。

 そして、ヴァンが物心ついたときに、オートマータを仇として認識しないよう「恨むな」と言い残したのだ。

 ……何かの予感、虫の報せをヴァンは感じた。得体の知れない感覚に従って、彼は視線を動かす。

周囲に集まる野次馬の中の一人、感情を殺ぎ落としたように無表情な男が目についた。あいつだ――理屈など微塵もないが、判った。

ヴァンは悲しみを押し殺した表情で、相手を睨み据えた。だが、それ以上の行動には出ない。今思えば、あれはパガニーニだった。

――命尽きるその瞬間さえ捨てることのなかった母の(こころざし)――それをヴァンは確実に受け継いでいる。


 確かにオートマータを恨んだこともあった。

 だが、母の遺した言葉を思えば、それは彼女に対する裏切りだ。だから、ヴァンは平和を求め、実現するために動いていた。


      †


 ゴォォォォォォォ、という血液が流れる音が耳を(ろう)する。全身が熱くなり、視界が怒りで真っ赤に染まった。

 激怒の撃鉄が起こされ、暴力の弾丸が撃ち出された――ヴァンはパガニーニの頬を思い切り殴りつける。岩を殴打したような感触が、拳に痺れと痛みを走らせた。

人工皮膚の下は金属で出来ている……痛くないはずがない。

「すまなかった」とパガニーニはどんな仕打ちでも受け入れ入る姿勢、全身から力を抜いた状態でただ謝罪する。その表情は泣きそうに歪められていた。

 ヴァンは何度も深呼吸を繰り返す。

 静かに(トランクィーロ)……静かに(トランクィーロ)……、自分の心に言い聞かせる。

 ()えた獣のように吼え猛る殺意を必死に抑え込んだ。

「これで、チャラだ」彼は殴った拳を掲げてみせ、感情を押し殺した表情で告げる。

 その一言を口にしたことで肩の力が抜けた。

シートに全体重を預ける。虚脱感が身体を包み込み、逆に胸の裡は怒りや悲しみや安堵で溢れかえった。

 ヴァンは膝を抱え、顔を手で覆う。心の中から感情が漏れ出すように、頬を泪が流れた。


 彼の様子を、パガニーニは無言で見つめている。

 機械の身体故、無意識のうちに力が抜けるということはない。だが、精神は弛緩していた。

 釣りに行った日、ヴァンとメディアの食事の風景を、パガニーニはただ無言で見つめていた。彼はオートマータだから、食べ物を摂取する必要はない。

 燃料電池が彼のエネルギー源、そして彼の身体は機関(カラクリ)螺旋(ネジ)と金属で大半は構成されている。

 それでも、彼らの団欒(だんらん)に加わっていると、胸の裡の、自分でさえ把握していない場所が満たされた。

 これが「楽しい」ということなのかもしれない――そのとき、彼はそんな思いを抱いた。

 直属の上官のイグネイシャスも、ホムンクルスを殺傷するときに「ははは、楽しいなぁ、オイ!」などと叫んでいる。

 しかし、そんなことをしなくとも、親しい者と穏やかに過ごすだけでも充足感は()ることが出来た。

 同時にそのとき、彼の誕生して間もない感情は(うず)いていた。それは(くら)い、罪の意識だ。

 ブルースとパトリシアの告白と懺悔を目撃したときから、自分もヴァンにすべてを打ち明け謝罪するべきだという思いが膨れ上がっていた。

 親愛の情を抱いている相手だからこそ、偽りを胸の裡に秘めたまま接するのはもう限界だった。

 彼の両親を殺したのは、命令されたからだ。それに兵士が従うのは当たり前のことだ。そうでなければ軍という組織は成り立たない。

だが、その価値観に対し、ヴァンの共存を目指す生き方が疑問を生じさせた。

 どんな報復を受けても仕方がないと思った……ところが、(ふた)を開ければ一発殴られて終わりだ。それを喜ぶべきなのか、そんな程度で自分を許すべきではないとヴァンに伝えるべきなのか――

 様々な思いが交錯して、パガニーニは茫然自失の状態に陥っている。そんな彼の心とは関係なく、ハンドル捌きには一点の曇りもない。


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