君への愛を世界に叫ぶ
7
真夜中、風が毛先をもてあそぶような感触に誘われ、ヴァンは目が覚める。何だろう――不意に覚醒したことを彼は訝しんだ。
森の木立の間で、獲物を求める屍食鬼のように人影が千鳥足で歩いている。
――? 不審に思い、ヴァンは起き上がった。
不吉な予感に自然と手が腰の騎兵刀に伸びた。
そうしている間にも四方から影が近づいている。その正体は町の住人だ。老若男女の、茫洋とした表情の者たち……
寝ている他の住民を起こさないように避けつつ接近してきている。
「起きてる、ヴァン」傍らから声が聞こえた。いつの間にか、アンジェラが木立の陰から姿を現している。彼女の表情は冷静さを保っていた。
「どうなってるんですか、師匠?」とヴァンは困惑顔で尋ねる。
「接ぎ木よ」眉間に深い皺を寄せ、アンジェラは応えた。視線は近づいてくる住民たちに向けられていた。
「何ですか、それは?」ただならぬ状況に顔を強張らせながらヴァンは訊く。
「ホムンクルスの頭脳や脊髄パーツを埋め込むことでホムンクルスをサイボーグにし、強制的に操る――」
アンジェラの声には嫌悪感が滲んでいた。
既に包囲の輪は十数メートルに縮みつつある。
「も、元に戻す方法は」ヴァンは声を上擦らせながら問いかけた。
「……ない」アンジェラは苦渋の声音で応える。
「そんな――ッ」ヴァンは悲痛な声を漏らした。
「――これがオートマータとホムンクルスの戦争の現実よ。多分、以前から徐々に町の住民は接ぎ木に造り変えられていたはず」
最早、師の言葉はヴァンの耳には届いていない。極限まで高まった心音が、暴力的なまでに聴覚を翻弄していた。
――隣でアンジェラがカービン銃を構える。沈痛な表情を浮かべているが、その照準に迷いはない。
「し、しょう……?」信じられない思いで、ヴァンは彼女を呼んだ。
「死にたくなかったら戦いなさい。急所は頭と脊椎よ」アンジェラは厳しい表情で淡々と告げる。
――……ついに、接ぎ木たちが手の届く場所へと移動してきた。
酔漢のような動きで掴みかかってくる。
銃声が夜のしじまを切り裂いた。
「何だ?」「あぁ!?」アンジェラの発砲で、接ぎ木になっていない住人たちが飛び起きる。
「ここから離れなさい!」彼らに向かって、アンジェラが声を張り上げた。避難を指示しながらも、銃撃。
「ヴァン、何してる!」アンジェラが彼のことを叱咤する。
ヴァンのすぐ側に接ぎ木が歯を剥き出しにして迫っていた。
――パトリシアがそこへ割って入る。猟銃で相手の頭を吹き飛ばす。
飛び散る脳漿と血に、ヴァンは背筋が凍った。
次の瞬間、パトリシアに他方向から近づいてきた中年の男の接ぎ木が掴みかかる。身動きが封じられた彼女に、敵は喰らいつこうとした。
正気の住民たちが逃げ惑い、周囲は火事場のような騒ぎだ。
剣光一閃――ヴァンは騎兵刀を抜いて敵……元住民を斬りつける。
幼なじみの危機が、彼の躊躇に竦む身体を突き動かした。
両腕を切断されながら、相手はこちらに目標を変更、噛み付こうとする――ヴァンの腕が霞む。確かな手応えと共に接ぎ木の首が地面に落ちた。
罪悪感がヴァンの心臓を鷲掴みにする。だが、動きを止めている暇はない。アンジェラ、パガニーニ、パトリシアと戦える者は皆、交戦していた。
「うわぁぁぁぁぁあ!」ヴァンは半泣きになりながら剣を振るう。泪を押し流そうとするように、鮮血が顔を汚した。
†
夜が明けた。だが、その場の空気は通夜のように重く昏い。
辺りには血の濃い臭いが漂い、数十人のホムンクルスの死体が転がっている。中には幼い子供の姿さえあった。
ヴァンは地面に座り込み、顔を覆っている。氷室の中に閉じ込められたように寒気を感じていた。
「ヴァン――」近づいてきたアンジェラが、ヴァンに話しかけてくる。だが、全てを云い終える前にヴァンは口を開く。
「メディアを奪還します――そして、悲劇を終わらせる」
ヴァンは悲愴な決意を瞳に漲らせていた。




