EP 9
炎上神ワイズの悪意〜平和な村に迫る絶望の大群と、沈黙する防衛システム〜
天界の片隅に存在する、薄暗いモニタールーム。
無数のディスプレイが青白い光を放つその部屋で、新入りの男神――第3種惑星創造神格公務員である『炎上神ワイズ』は、マイタンブラーに入ったカプチーノを不快げに啜っていた。
「……クソが。どいつもこいつ、イカれちまったのか?」
ワイズは専用のノートPCを乱暴に叩き、苛立ちのままに舌打ちをした。
彼の視線の先にあるのは、ゴッドチューブのランキング画面。
ワイズが裏で台本を引き、契約勇者に悲劇の村を救わせるという『炎上・ざまぁ企画』は、いつもならPVランキングのトップを独占しているはずだった。
読者もとい視聴者は、血の惨劇と、それを解決するカタルシスを求めている。それがワイズの絶対的なマーケティング理論だ。
しかし現在、ランキングの1位に君臨し、全宇宙の神々から莫大なスパチャ(魔力)をかき集めているのは――辺境の村で、ただ野菜を育て、ファミレスで飯を食っているだけの『気弱な農夫の日常配信』だったのだ。
「なんだこの農夫は。こんな刺激ゼロのヌルい配信が1億PVだと? ふざけんな。ゴッドチューブのアルゴリズムがバグってるとしか思えねえ」
ワイズはギリッと歯を食いしばる。
このままでは、彼のプロデュースする勇者配信が埋もれてしまう。最悪の場合、来期の予算を削られかねない。
「平和なスローライフだァ? そんなもん、視聴者がすぐ飽きるに決まってんだろ。エンタメにはな、理不尽な『絶望』と『炎上』が必要不可欠なんだよ」
ワイズはノートPCのキーボードを高速でタイピングし始めた。
アクセス先は、アナスタシア大陸の地下深くに封印されている『天魔窟』。死蟲王サルバロスの端末だ。
ワイズは自らの『上限無限』の権限を使用し、天界のシステムをクラッキング。ポポロ村を覆うルナミス帝国製の『魔導防衛フィールド』のシステムに細工を仕掛けた。
「さあ、見せてみろよ。お前らが大好きな農夫が、絶望に顔を歪め、愛する村や畑ごと蹂躙される姿をな。……最高の炎上コンテンツにしてやるよ」
ワイズの歪んだ笑い声と共に、モニターの奥で、無数の黒い影が這い出し始めていた。
◇ ◇ ◇
「ユリウス様! この太陽芋、ホクホクで甘くて最高ですわーっ!」
「あはは、リーザさん、顔に芋がついてますよ」
翌朝のポポロ村。
僕の畑は、今日も平和そのものだった。
収穫したての太陽芋をふかして、リーザさんとネギオと一緒に朝のおやつタイムを楽しんでいるところだ。
「マスターの土作りは本当にエグいぜ。俺が百年かけても無理な魔力循環を、たった一晩で安定させやがった。この土なら、どんな繊細な魔法植物でも育つぞ」
「ネギオさんにそう言ってもらえると自信がつきますね。次は、村の特産品を増やしたいですし……」
僕が和やかに笑い合った、その時だった。
――ジジッ……ジジジジッ……。
村の中心にある魔導通信塔から、不快なノイズ音が鳴り響いた。
それは本来、敵襲を知らせるための警報サイレンのはずなのだが、まるで何かに妨害されているかのように、まともな音を出せずに沈黙してしまった。
「……なんだ? 魔導レーダーの異常か?」
ネギオがいぶかしげにネギカリバーを肩に担ぎ直した直後。
「緊急事態だァッ!! 全住民は直ちに地下シェルターへ避難しろォッ!!」
凄まじい蹄の音と共に、自警団長のマンミアさんが血相を変えて駆け込んできた。
その顔は青ざめ、額には滝のような冷や汗が流れている。
「マ、マンミアさん!? どうしたんですか!?」
「ユリウス! お前も早く逃げろ! なぜか村の魔導防衛フィールドが完全に沈黙している! そこを狙って、北の山あいから『死蟲機』の大群が押し寄せてきているんだ!!」
「死蟲、機……?」
聞き慣れない言葉に僕が首を傾げていると、村長のキャルルさんが信じられないものを見るような顔で空を指差した。
「嘘、でしょ……。なんで、古代の生物兵器が、こんな辺境の村に……ッ!?」
キャルルさんの震える指先。
僕がそちらへ視線を向けると――北の空が、真っ黒に染まっていた。
ブゥゥゥゥゥゥンッ……!!
空を覆い尽くすほどの羽音。
それは、巨大な蜂の姿をした『死蜂機』の群れだった。
さらに、地平線からは、強酸を滴らせる顎を持った『死蟻機』が、黒い津波のように大地を埋め尽くして押し寄せてきている。
カチカチカチッ。ギチギチギチッ。
無機質で、生命に対する純粋な殺意だけを持った機械蟲の足音が、地鳴りのように響く。
「ひぃっ……! な、なんですかあれええぇっ!?」
「ユリウス、下がるんだ! あれは触れたものをすべて食い尽くし、魂を抜き取る最悪のバケモノだ! 防衛フィールドなしで、この村の戦力だけで止められる数じゃない!」
マンミアさんが僕の前に立ち塞がり、パイルバンカー式の盾を構える。
キャルルさんもダブルトンファーを抜き放ち、決死の表情で前衛に出た。
「リーザ! あんたはユリウス君を連れて、早く地下へ!」
「きゃ、キャルル! でも!」
「いいから早く! 村の……そして、彼の居場所は、私たちが絶対に守るから!」
キャルルさんとマンミアさんが、絶望的な数(数千、いや数万)の大群へ向けて武器を構える。
自警団の兵士たちも魔導ライフルを乱射し始めたが、死蟲機の分厚い装甲に弾かれ、波に飲まれる砂の城のように前線が押し込まれていく。
「きゃああっ!?」
ついに、死蜂機の一匹が上空から村の中へと侵入し、巨大な毒針を降らせた。
毒針は村の建物を破壊し、そして――。
ドサッ。
僕がさっきまで手入れをしていた、ふかふかの『極上の黒土』の畑に、数匹の死蟻機が雪崩れ込み、自慢の巨大な顎で太陽芋の葉を無惨に噛みちぎり、踏み荒らしたのだ。
「あ……」
グチャリ。
僕が精魂込めて育てた、大切な野菜たちが、黒い鉄の塊に踏みにじられていく。
村人たちが泣き叫び、キャルルさんたちが絶望の悲鳴を上げる中。
「…………」
僕の視界から、ゆっくりと『色』が消えていった。
「ユリウス様! 早く逃げ――ひっ!?」
僕の腕を引こうとしたリーザさんが、小さく悲鳴を上げて固まった。
それは、ただの勘違いなんかじゃない。
気弱で、オドオドしていて、争い事が大嫌いな農夫の姿は、そこにはもうなかった。
僕の瞳から、恐怖も、焦りも、すべての『感情』が抜け落ちていたのだ。
「――マンミアさん。キャルルさん」
絶対零度よりも冷たい、静かな声。
「下がっていてください。……そこから先は、僕の畑の領土です」
僕は腰の『三徳包丁』にゆっくりと手を伸ばした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「炎上神ワイズのクズっぷりが限界突破!」
「絶望の大群が村を襲う……!」
「そして、畑を踏み荒らされたユリウスが、ついに『覚悟完了』モードへ移行!」
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次回、「蹂躙される畑と、気弱な農夫の静かなる怒り〜緑樹の絶対使役〜」。
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